38話
愕然としながらカルは、ルキアを凝視する。
「王族だから、かしら。政略結婚に年齢なんて関係ないわ。でも…今の私では嫁ぐことはできないから、病気がもう少し良くなってからかもしれないわね。貴方は知らないけど、クローブ国はそんなに裕福でもないし、確固たる後ろ盾もないの。どこかの大国と縁故関係を結ぶには、私が嫁がなくてはならない。だからがんばって生きて、お兄さまの、そしてクローブ国のために役に立たなくてはならないの。でなければ私の生きている意味がないし、ただのお荷物になってしまう。……私、それだけは絶対に嫌なの。王族としての証をたてることが生きる理由なの!」
決然と吐き出す言葉に、カルは呆然とするしかなかった。
甘えたい年頃なのに、口に出す言葉は王族、責任ばかりだ。
いったい乳母は、どれだけルキアを追い詰めるようなことをしてきたのだろう。
カルが同じ年の時は両親に甘えたり、我が儘を言って侍女達を困らせてきた。
なのに今、目の前にいる少女は自分の気持ちを押し殺して、王族という鎖に縛られ続けている。
「あなたは……自分が幸せになりたいとは考えないの?」
「私は幸せよ。だって国のために…」
「違う! そんなの幸せじゃない! 貴方はまだ子供で、甘えたり我が儘を言ったりすることが許される年齢なのよ! 王族だとか、役目だとかそんなの関係ないっ。どんな肩書きがあっても子供らしく振る舞う権利があるの。責任とか役目なんか、大人になれば嫌でもつきまとってくるわ。無邪気でいられるのは今だけなのよっ」
生きる意味なんて今まで考えてたことなかった。
ただ毎日を当たり前のように幸せに過ごしていた。
そう考えて、カルは自分がいかに幸福だったことを改めて感じた。
ただしそれは父が亡くなるまでだ。
クローブ国で保護されるまでのことを思い出すと、受けた傷は今も生々しく、カルの心を苛む。
それでもいずれ傷は癒され、過去の幸せだった日々を懐かしむこともあるかもしれない。
しかしルキアにはその幸せだった思い出がないのだ。