31話
オーク城の一角、騎士団が所属している重厚な建物がある。
今夜は月が雲に隠れているせいか、明かりなしでは歩くのが困難なほど暗い。
けれど慣れた様子で、小さな人影が建物のの裏側に回り込む。
衣擦れと共に、軽く扉を叩くと、見張り戸か少しだけ開き、相手を確認すると、静かに扉が開かれる。
室内の中にするりと入ると、扉が閉まり錠がかけられた。
「待っていたよ、カルスティーラ。それともカル、と呼んだ方がいいのかな?」
冗談交じりの口調だが、明かりを灯したフィンソスは真剣な眼差しで黒い影を凝視する。
「……好きな名で呼べばいいわ」
フードを外し、苦々しい表情を浮べながら乱暴に髪をかき上げるカルを眺め、フィンソスは微かに頷く。
「ではカル、と呼ぶことにするよ」
軽く目を見開くカルに、フィンソスは自嘲気味に微笑んだ。
「そんなに意外だったかな。君は……カルスティーラの名を嫌がっていたからね。それに…私もあれから冷静に考えたんだ。いくら昔の面影が残っていても、今の君は私の知らない女性だとね。……それでも、私の知っているカルスティーラだと思いたかったんだ。だから過去の話をすれば、昔のように戻れるかと思ったが強く拒絶されて…私は怖くなった。全てをまるでなかったかのように振る舞われて、あんな風に強引に迫ってしまった。すまなかった」
深く頭を下げ、謝罪するフィンソスにカルは戸惑う。
「フィンソス……」
「だが、私はまだ諦めてはいない。君の過去を受け入れ、納得できたなら、私は今度こそ二人の未来を歩んでいくつもりだ」
カルの全てを受け入れる、そう決意を込めて見つめるフィンソスに、カルはその言葉を信じてしまいそうになる。
過去を知って同じ事が言えるはずなどない、そう考え直してカルはぐっと顎を引く。
「……話すわ」
フィンソスの横を通り過ぎ、カルは一人掛けの椅子に腰を降ろし、机を挟んでフィンソスが座る。
落ち着かせるように深く呼吸すると、カルは記憶を辿るように話し始めた。