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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
30/102

30話

「いい香りだな…」

「でしょう?」

 優雅な手つきでポットの中に少量のお湯を回しながら注ぐと、すぐに別の器に全部出す。

 アルクはその香りを堪能しながら、甘い香りが漂う容器に手を伸ばすが、ルキアにたしなめられた。

「それは香りを楽しむものだから、飲まないでね」

 そう言いながら、ルキアは同じように回しながら、ゆっくりとポットの中にお湯を注ぐ。

「少し時間はかかるけど、味は保証するわよ」

 弾む声で言うと、アルクは思い出したようにルキアに向き直った。

「そういえばさっきもう一つの趣味を教えてくれると言ったが、なんなんだ?」

「それはね、この花茶のことなのよ」

「花茶?」

 頭の上に疑問符が浮かぶような顔で聞き返すアルクを、ルキアは楽しげに見つめ返す。

「そう。きっかけは私が春眠病にかかった時なの。初めは花粉が原因じゃないかって医師達が言い出して、母さまがだったら花を乾燥させて飲ませたらどうかって言ったの。毒には毒をもってってことだったらしいわ。もちろん周囲は反対したんだけど、私は母さまの意見に賛成したの。だって試してみなきゃわからないじゃない? それに花を飲んだら、どんな味がするんだろうって好奇心もあったわ。それであれこれ試して飲み始めたんだけど……最初はものすごい不味かったの。だけど香りだけは良かったから、いろんな種類の花を組み合わせて改良してみたの。そしたらどんどん美味しくなっていったんだけど」

「春眠病の治療にはならなかったわけか」

「ええ。だけどハーブを混ぜることによって、多少睡魔が押さえられることがわかったの。それからは花茶にハーブも加えて、楽しむようになったわけ。そしてこのお茶も、私がブレンドしたのよ」

「ルキアが?」

「ええ。…そろそろいいわね」

 ポットを手に取り、それぞれの茶器の中に中身を注ぐ。

 薄い琥珀色の液体を疑り深い眼差しで見つめながら、アルクは茶器を手に取る。

「とてもいい香りがするが……味はどうなんだ?」

 ルキアも茶器を手に取り、香りを楽しみながら一口飲んだ。

「うん、美味しい。アルクも飲んでみて、貴方のために私がブレンドしたんだから」

 笑顔で進められ、アルクは深く香りを吸い込んでから、一口飲んでみた。

「  うまい!」

「ほら、私の言ったとおりでしょう?」

 喜ぶルキアをよそに、アルクはもう一口、今度は味を確かめるように飲んでみた。

「…果物のみたいに甘いのに、花の蜜のような香り。けれどくどくなくてさっぱりしている。……材料は何なんだ?」

「乾燥した林檎の果実にリコリス、ラベンダー、あとは薔薇の蕾と薄荷を混ぜてあるの。味に気をつけながら、安眠作用のあるもので組み合わせてみたんだけど…」

「俺のために…ありがとう、ルキア。だが、お前が飲んだら病気が悪化するんじゃないのか?」

 気遣うアルクに、ルキアは苦笑した。

「それに関しては、私にはあまり効果がないみたい。たぶん、身体に耐性ができているんじゃないかってお医者様に言われたわ。それよりもアルクの方が多少なりとも、効果があるかもしれないわ」

「俺がか?」

「ええ。だって初めてアルクは花茶を飲んだんですもの。もしかしたら、今日はよく眠れるかもしれないでしょ?」

「…だといいんだがな」

「だったらよく眠れるよう、毎日花茶を用意するわ。そしたらアルクだってそのうち眠れるようになるかもしれないわ」

 楽しそうに微笑むルキアに、自然とアルクも微笑む。

「ああ、それは楽しみだな」

「ええ、期待して待っていてね。ねえ、アルク。私もっと石のことを知りたいわ。アルクはたくさんある宝石の中で、どれが一番好きなの?」

「うーん…そうだなぁ」

 少し考えるように眉根を寄せてから、ぱっと思い出した。

「星を秘めた石だ!」

「え?」

 きょとんとするルキアから離れ、アルクは机の引き出しの鍵を開けると、天鵞絨ビロードで覆われた小箱を持って戻ってきた。

「これだよ」

 ゆっくりと蓋を開けられ、ルキアは感嘆の息を漏らす。

「綺麗……」

「これはスタールビーという名前なんだ。ほら、こうやって光の加減で光が瞬いているようだろう?」

「本当に…でもどうしてこんな風になるの?」

 不思議そうに見つめながらぽつりと漏らすと、アルクは小箱から石を手に取り、そっと星の跡を指でなぞる。

「石の中で細い針のような内包物で偶然できたものなんだ。とても貴重な宝石で、まだ数個ぐらいしか発見されていないらしい」

「アルクの言うとおり星を秘めた石なのね。深紅に白い星  とても神秘的だわ」

「ああ。これを見ると、星を手に入れているような気分になる。そして…」

「そして?」

 先を促すルキアを、アルクはじっと見つめながら少しだけ恥ずかしげに頬が赤くなる。

「……笑うなよ。この石に俺は願掛けをしているんだ」

「願掛け…って、どんな?」

「それを言ったら願いが叶わなくなるから秘密だが、叶ったら教えてやるよ。あっ、笑ったな。ちぇっ、やっぱり言うんじゃなかった」

 ふて腐れてそっぽを向くアルクを、ルキアは微笑みながら首を軽く横に振る。

「違うの。そんな大切なことを教えてくれて嬉しかったの。だって私達、あと数週間で婚姻を結ぶのに、お互いのことほとんど知らなかったから、それが嬉しいの。これからずっと二人で暮らしていくんですもの、もっといろいろなこと知っていこうね」

 優しい微笑みを浮べながらアルクを見つめてから、ルキアはそっとアルクの手の中にあるスタールビーに視線を移す。

「アルクの願いが叶ったら教えてね。私、楽しみに待ってるわ」

「ルキア…」

 スタールビーを握りしめ、アルクはルキアを強く抱きしめる。

「ああ、そうだな」

 そうなって欲しいと、アルクは強く願わずにはいられなかった。

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