26話
中庭の一角にある四阿にルキアとレントは隣り合って座っていた。
部屋を出てからずっと黙っているルキアに、レントも合わせていたが、四阿に着いた早々声を掛ける。
「どうしたの、さっきから深刻な顔をして…」
心配げと訝しげな眼差しで見つめられ、ルキアは周囲に人気がないことを確認した。
「…お母様に聞きたいことがあるの。だけどこれから話すことは、とても重大なことだから、誰にも言わないって約束して」
緊張した面持ちで、ルキアはレントの両手を握りしめながら、真摯な瞳で見つめる。
ただならぬルキアの雰囲気に、レントも顔を引き締め先を促すように頷く。
ルキアは落ち着かせるように呼吸を整えると、アルクが話してくれた内容をレントに話し出した。
話を聞き終わったレントは、思案する表情を浮べ腕を組む。
「凶華、呪い……ねえ。とても信じられない話ね。けれど、土地の争いをしていたっていうのは、王族の手記に載っていたと思うわ」
「手記って…母様、それって国王以外、読んではいけないものなんじゃ…」
「本来はね。でも国王…テイズが亡くなる前に、全てを私に委譲したの。シエルが戴冠式を迎えるまでの、限定的なものだけどね。その時に読んだの」
「そう…」
父の話が出て、ルキアは亡くなる直前のことを思い出した。
虚ろな瞳、生気のない表情で、母の助けを借りながら執務室へと向かう父の姿。
もう幻のようにしか見えない世界で、それでも父は国王としてあり続けようとした。
けれど長くは続かず、父は玉座で倒れ、そのまま起きることはなかった。
まだ四十代半ばだという若さで父は他界した。
その時兄は十四歳になったばかりで、十六歳の誕生日を迎えるまで、母が代理として王の責務を果たしていた。
そして父である国王崩御と同時に、ルキアとシエルに春眠病が降りかかった。
当時ルキアは十歳になったばかりのうえに、何故か兄よりも病状が重かった。
それ以降、母と医者達以外は外部からの接触を絶ち、長い闘病生活が始まったのだ。
「父様……」
ルキアは俯きながらそう呟くと、目頭を押さえる。
「泣かないで、ルキア。悲しいけれど、今は干渉に浸っている場合じゃないわ。そうでしょ?」
優しいけれど、断固とした口調で言うと、レントはそっとルキアの涙を拭う。
「……呪いかどうかはともかく、オーク国で病を治す薬が見つかる可能性があるかもれないわ」
「ええ。私も、図書室に何か手がかりがないか探してみるわ」
「ええ、お願いね。だけど無理は禁物よ。病が落ち着いているといっても、いつ発作が起こるかわからないのだから」
「はい、母様」
素直に頷くルキアを見つめると、レントは悪戯っぽい笑みを浮べた。
「まだテッサン達が戻ってくるまで時間があるわ。その間、アルク陛下のことを教えてちょうだい。ふふっ、久しぶりに会ってみて思ったんだけど、貴方とても綺麗になったわ。シエルから政略結婚の話を聞いて反対したんだけど、随分と顔色がいいこと。もしかして陛下に恋をしているのかしら?」
「かっ、母様!」
レントに突っ込まれて、ルキアは顔を真っ赤に染める。
「あらあら図星のようね。それじゃ、氷のような冷たい男性をどうやって落としたのか、私に教えてちょうだい」
「母様! それってアルクに失礼よ! た、確かに最初は冷たくて酷い人だって思ったけど、話をしたらそんなことなくって…」
「まあ、ほほほっ。名前で呼び合うほどの仲なのね」
ますます顔を赤らめ、恥ずかしがるルキアに、レントは嬉しそうに微笑むと、テッサンが戻るまで娘との楽しい一時を過ごし始めた。