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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
25/102

25話

 ルキアにあてがわれた部屋の一室に、ルキアとカル、そして二人の商人がいた。

 ルキアが座っている背後にはカルが控え、ルキアの対面には顔半分をフードで隠した小柄な商人が座り、その斜め後ろにはテッサンが控えていた。

「久しぶりね、ルキア。一年ぶりかしら?」

 柔らかな声と同時にフードが外され、赤みがかった金髪の女性が微笑む。

 翠色の双眸が細められ、ルキアを見つめながら懐かしげな眼差しを向ける。

「ええ。母様こそ、相変わらず忙しそうね。ここへ来る前はどこへいらしていたの?」

「南の方よ。貴方の婚姻の話をシエルから教えてもらったのよ。急な婚姻だって聞いて、いろいろ大変だったのよ、頼んでおいたヴェールを受け取って、オーク国の貢ぎ物を急いで揃えて、こちらへ向かったのよ。だけど急いだ甲斐があったわ。私からの贈り物は、気に入ってくれたみたいね」

「もちろんよ! あんな素敵な贈り物……私、一生忘れないわ」

 感動が甦ってきたのか、瞳を潤ませるルキアにレントは悪戯っぽい笑みを浮べる。

「あらあら、こんなことで喜ぶのはまだまだ早いわよ、ルキア。次は、出産祝いの贈り物を準備をしなくてはね」

「そんな出産祝いだなんて……私達はまだ婚姻もしていないのよ…」

 顔を真っ赤に染めるルキアに、レントは含み笑いを漏らす。

「でもいずれそうなるでしょう? 貴方と陛下の子供なら、さぞかし可愛らしいでしょうね。…そういえばルキアにはまだ、夫婦生活のいろはを教えてなかったわね」

「お母様!」

「王妃様!」

 三人が一斉に叫ぶと、レントは顔をしかめながら両耳を押さえた。

「大声で叫ばないでちょうだい。悪かったわよ、こういう話は後でルキアにだけ話すわよ」

 顔を赤らめそっぽを向くルキア、微苦笑を浮かべるカル、そして呆れた顔でテッサンはレントを睨んだ。

「王妃様のことは、長年仕えていて知っているつもりでしたが……今の言葉はとても王族の振るまいとは言えませんね」

 白い目で見られるものの、レントはさして気にした様子もなく、肩をすくめる。

「あら、今のわたしは王妃ではなく一介の商人よ。そしてルキアの母親として、娘の結婚生活を心配しているだけじゃない。そんなことで目くじら立てることじゃないでしょ」

「ですが」

 尚もたしなめようとするテッサンを目で制止し、レントはまだ顔が火照っているルキアに視線を向ける。

「それで? 贈り物のお礼や、身内とただ楽しくおしゃべりをするだけで、ここに招いたわけじゃないんでしょ、ルキア」

 急に真面目な顔になるレントに、ルキアは戸惑いながら頷く。

「え? ええ…そうなの。アルクにお母様のことを紹介しようと思って…その…」

 今ここで言うべきかどうか迷っていると、カルが扉の方に視線を一瞥し、口を開いた。

「お見えになったようですね」

 そう言ってカルは、扉の方に向かう。

「ルキア、わたしを陛下に紹介して構わないの?」

「もちろんよ。どうしてそんなことを…」

「後々…あなたがこの城で居づらい思いをするんじゃないかと思ったから」

「そんなことないわ。アルクはそんな人じゃないし……母様の素性も知っていると思うわ」

「まあそうでしょうね。でも私が商人の一人として、ここに潜り込んでいることを知ったら…どう思うかしら?」

 人を試すような視線を投げかけられ、ルキアは一瞬躊躇うもののきっぱりと言う。

「アルクはそんなことで動じないわ。…むしろ都合がいいと思うかもしれない」

「? それいったい…」

 困惑するレントだが、カルに案内されてアルクが現れ、会話はそこで途切れた。

「アルク!」

 席を立つと、ルキアは笑みを浮かべながらアルクを迎える。

 アルクもルキアに微笑を浮べながら近づくが、退出したはずの商人がいることに訝しげな表情を浮かべる。

「? 何故お前達がルキアの部屋に…?」

「…改めてご挨拶申し上げます、陛下。私の名はレント・クローディアと申します」

 椅子から優雅に立ち上がり、丁寧に一礼してからちらりと後ろに控えているテッサンに視線を向ける。

「こちらに控えているのは私の護衛を務める、シュウ・ラドリウス将軍です」

「…初めてお目にかかります。シュウ・ラドリウスと申します。今は隠密に行動しているため、アガパンサス商会のテッサンとお呼び下さい」

 胸に手を当てて礼をとり、顔を上げたテッサンの表情は人の良さそうな顔つきをしていた商人から、隙のない気配を見せる将軍の威厳へと変わっていた。

「ラドリウス……名前は聞いたことがあるが、貴公がシュウ殿か。そして貴方がルキアの母君…レント・クローディア王妃…」

 アルクの瞳を見つめ、レントは唇に優美な曲線を描きながら微笑む。

 その堂々とした姿は、嘘をついている様子も、虚栄を張っている様子もなかった。

「……なるほど」

 二人の瞳を交互に見つめ返し、納得したような表情をみせるアルクに、ルキアはホッとした表情を浮かべる。

「母様を信じてくれるのね」

「信じるも何も、よく似ている母娘だと思って。だが、謁見の時には気づかなかったな」

「それは後ろに控えていたからですわ。本来なら、引退して城内の離宮で過ごしていることになっていますから」

「なるほど…。そのクローブ国の王妃である貴方が、何故このような商人の真似事をしているです?」

「そうですわね……話が長くなりますが少しよろしいですか?」

「ああ、構わない」

 そう言うとレント達に座るよう促すと、アルクは対面に座り、ルキアはその隣に腰を下ろした。

 全員が座ったのを確認し、レントは話し出した。

「王子であるシエルの戴冠式が済み、私はかねてから計画していたことを実行に移すことを決めていたのです。それは春眠病で苦しんでいる私の子供達を治すこと。そのために必要なものを、私は持っていることも知っていましたから、それを最大限利用しようと考えましたの」

「それが商人、だと?」

 困惑と疑惑の入り交じった顔でアルクが尋ねると、レントは手を口元に当てて軽やかに笑う。

「ええ、そうですわ。陛下はご存じかと思いますが、私はアガパンサス商会元締めの、一人娘なんです。本来ならば一人娘の私が後を継がなくてはならないのですが、いろいろあってクローブ国の王妃になり、二人の子供に恵まれました。けれどクローブ国では代々王家の血を引く者は春眠病という不可解な病に悩まされ、シエルもルキアも例外ではありませんでした。私は病気を治すことが次にやるべきことだと考え、生家であるアガパンサス商会を利用することに決めました。ただ他人に任せる訳にはいきませんし、子供達の病状を詳しく知っている私自ら動くほうが、早く治療薬を見つける可能性が高いと考えたのです。元々、王家に嫁ぐ前は商人として父から叩き込まれましたから何の問題もありませんし、表舞台に立つのはもっぱらテッサンですから、何ら問題ありませんわ」

 そうでしょう? とレントは同意を求めるように、テッサンを見上げた。

 シュウは眉間にしわを寄せてレントに一瞥すると、困惑しているアルクに向かって苦笑する。

「陛下や私を含め重臣達も止めたのですが、王妃様は一ヶ所にじっと留まることが苦手でして。強引に閉じこめようとしたら、城出をするとまで言い出してしまい……こうやって私が警護を務めるという条件で、城を出ることを許可されたのです」

「…なるほど、理由はわかりました。それで、治療薬の方は…」

「ご存じの通り、まだなのです。ですが手がかりはいくつかあります」

「それはっ」

「本当なの母様!」

 アルクとルキアが同時に叫び、身を乗り出す。

「ええ。でもまだ確証がないので、ここで言うのは差し控えさせていただきますわ。もし違って、ぬか喜びさせたくありませんから」

「そう…」

 落胆した様子で背もたれに寄りかかるルキアだが、アルクは食い入るようにレントを見つめる。

「それは…その中に、もしかしたらオーク国に関係している可能性もありますか?」

 その言葉にレントきらりと瞳を光らせ、きゅっと口角を上げる。

「さすがは陛下、鋭くていらっしゃる。とはいえ、ここは私達にとって未開の地。まだなんとも言えませんが……恐らくオーク国とクローブ国が抱えている問題は、繋がっている様な気がするのです。これはあくまでも私の感ですが」

「やはり……。俺…私の父もそのように考えていました。ただ、病という観点からではありませんでしたが…」

「? それはどういう」

「王妃様、人が」

 レントが話の先を促そうとしたが、その前にシュウが話を遮る。

「残念。時間切れね」

 そう言って二人は立ち上がり、アルクに退室の礼をとる。

「話の途中ですが、ここでお暇させていただきます」

「いや、俺が退出しよう。人が来たということは、俺を呼びに来たんだろう。そろそろ仕事に戻らないと、フィンソスでは処理できないものがあるんだろう」

「えっ、フィンソスがアルクの代わりに仕事をしていたの?」

「ああ、是非とも仕事を手伝いたいと執務室まで追いかけてきてな。むげに断るのも悪いと思って、いくつか仕事を頼んだんだ」

 底意地の悪い笑みを浮かべるアルクに、ルキアを含め周囲は押しつけてきたんだな、と声にならない呟きを漏らした。

「そ、そうなの。だったら早く戻ってあげないといけないわね」

「俺個人としてはもう少し仕事をしてもらいたいんだが、これ以上ここに長居すると、フィンソス本人が飛んできそうだからな。仕方ないが、戻ることにするよ」

 アルクは席を立つと、ルキアもその後に続き扉まで見送ろうとする。

 が、アルクは必要ないと軽く頭を振る。

「俺のことはいいから。久しぶりの再会みたいだし、いろいろ積もる話もあるだろう?」

「それはそうだけど……」

「なんだか悪かったな。久しぶりの再会なのに、いろいろ話もしたかっただろうに、結局病の話になってしまって」

 申し訳そうに謝るアルクだが、ルキアは頭を振りながら微笑む。

「ううん、そんなことないわ。会えただけで嬉しかったし……それにアルクに母様を紹介したかったの。そ…その、私のお、夫だってことをっ」

 言った途端かあっと顔を赤らめ俯くルキアを、アルクはこの場で抱きしめて口づけたい衝動に駆られた。

 が、周囲に人がいることもあり、アルクはぐっと堪えると優しくルキアを抱きしめる。

「ありがとう、ルキア。時間が合えばまた会いたいと、今度は商人ではなく、クローブ国の王妃として、と伝えておいてくれ」

「…ええ」

 こくこくと頷くルキアの頬に掠めるように口づけすると、名残惜しげに頬に触れる。

「では、また後でな」

 そう言ってアルクは、ちょうど迎えにきた重臣と共に部屋を出て行った。

 その場に残されたルキアは、アルクの行動に嬉しさと恥ずかしさが混じった表情を浮かべる。

「あらあら、随分と仲がいいのね」

「! 母様っ」

 自分以外に人がいたことに気づいたルキアは、慌てて後ろを振り返る。

 と、楽しげに笑いながら壁により掛かっているレントと、その後ろで視線を反らすカルと、額を押さえるシュウの姿が目に入った。

「母様……もしかして今までのこと…」

「最後の抱擁くらいから、かしら。話し声も聞こえなくなったし、私達も一度退出しようと思ったら、ちょうどその場面だったから、ごめんなさいね」

「か、母様!」

 顔を真っ赤にして怒るルキアだが、レントはさほど気にした様子もなく、肩をすくめる。

「別にそんなに怒ることはないでしょう? アルク陛下は私達に気づいていたみたいだけど」

「ええっ」

「王妃様……知っていて覗くなんて、悪趣味ですよ」

 シュウがすかさずとがめるが、レントはむしろ意地悪な笑みを浮かべる。

「あら、ちょっと試してみたかったのよ。母親である私の目の前で、娘に何をするのか、ってね」

「か、母様っ!」

「しーっ、大きな声で言ったら私の正体がバレてしまうじゃない」

「だ、誰のせいだと思ってるのっ」

 顔を赤らめ叱りつけるルキアだが、レントはさほど気にした様子もなくドアの方に近づく。

「さて、私達もそろそろ退出させてもらうわ。これから逗留先の打ち合わせをここの大臣達としなきゃならないし、貴方も忙しいでしょうから」

「ま、待って母様!」

「? どうしたの、ルキア」

「その……まだいろいろ話したいこともあるから…途中までお見送りたいわ」

 曖昧な笑みを浮かべながら口を濁すルキアに、レントは何かを悟ったのか笑顔で頷く。

「そうね。私もしばらく会っていなかったし……アルク陛下との話も聞きたいわ」

 そう言ってシュウとカルに視線を送る。

「そういうわけだから、悪いけどカル。シュウを大臣のところまで連れて行ってくれないかしら」

「しかし…」

 眉間に皺を寄せるシュウに構わず、レントはさっさと行けとばかりに手を振る。

「そんなに心配するなら、早く打ち合わせを済ませてきてちょうだい。アガパンサスの責任者は貴方なんだから」

「……ごめんなさい、シュウ。私が我が儘を言ってしまって…」

「…いえ。ではすぐに済ませて、戻ってまいります」

「ええ、そうしてちょうだい。ああ、そういえばここに来る途中、素敵な中庭があったわね。あそこにいるから、終わったら迎えに来てちょうだい」

「…わかりました」

 やれやれと言った感じで頷くシュウに、黙っていたカルが口を開く。

「ではテッサン殿、大臣のところにご案内いたします」

「へいへい…」

 王妃達とは口調ががらりと変わるシュウだが、カルはさほど気にした様子もなく、部屋を出て行った。

「では私達も、中庭に行きましょう?」

「…ええ」


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