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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
24/102

24話

「オーク国国王陛下に、初めてお目にかかります。アガパンサス商会の代表を務める、テッサンと申します。後ろに控えているのは私の部下達でございます」

 茶髪を白い布で覆い、ひょろりとした身体に動きやすい衣装を身につけた男を筆頭に、後ろに控えていた五、六人の男女が深々と玉座の前で礼をとる。

「このたびはご成婚されると聞き、急ぎこの地へと馳せ参じた所存でございます」

 アルクに礼をとってから、テッサンはルキアの方に向き直り、テッサンは瞳を和ませながら嬉しそうに微笑む。

「お久しぶりでございます、ルキア王女殿下。此度のご成婚、アガパンサス商会一同、心よりのお祝いを申し上げます」

「ありがとう、テッサン。そして皆も…」

 ルキアもテッサンに負けないくらい嬉しそうに微笑み、アルクに視線を移す。

「クローブ国では、アガパンサス商会をよく利用しているのよ。それに」

「ああ、知ってる。確かルキアの母君のご生家だったな」

「ええ、そうなのよ。だからお祝いに駆けつけてくれたのね」

「はい、その通りでございます」

 テッサンが指を鳴らすと、後ろに控えていた部下達がいくつもの箱を抱えて、玉座の前に並べていく。

 その中でも軽い箱をテッサン自ら両手で持ち上げると、ルキアの方に一歩近づく。

「これは前々からルキア様がご成婚なさるときにと、約束していた最上の品でございます」

 ゆっくりと蓋を開けられ、ルキアは驚きを通り越して呆然としてしまった。

「こ…れは……」

「ご成婚の時には是非、このヴェールを身につけて式を迎えてください。ベドック族の絹織物は大陸一でございます。きっと王女殿下の美しさに、磨きがかかることでしょう」

 ベドック族とはクローブ国より南東の森に住む民族で、絹織物では右に出るものなどないほどの技術力を誇っている。

 しかし一枚織るのに数人がかりで、最低でも一年はかかるといわれており、値もかなり張る。

 ゆえに持っているのは王族か、限られた貴族しか保有していないという。

 そんな貴重なヴェールを、ルキアの婚姻に合わせて作るのは何年も前から注文していたに違いない。

 薄絹のヴェールには細かい金糸の刺繍が施され、縁には小粒の真珠が鈴なりにあしらわれていた。

 とても手が込んでいる貴重な品に、ルキアは恐る恐る触れてみる。

 鳥の羽のように軽くて心地よい肌触りと、微かな振動で真珠が揺れて優しい音を鳴らす。

 ルキアは嬉しさのあまり涙ぐんだ。

「こ…んな、高価な品物を……ほんとに、私…に?」

「もちろんです。王女殿下がご成婚するときには、最上の贈り物をすると、お約束しましたからね」

「ありがとう…。とても言葉では言い表せないくらい、嬉しいわ」

 目頭を押さえながら微笑むルキアに、テッサンは満足げに微笑む。

「王女殿下が喜んでいただけて、我々も嬉しく存じます」

 テッサンは微笑みながら頷くと、今度はアルクの方に向き直る。

「陛下にもお祝いの品と、これから末永くお付き合い願いたく、ご挨拶の品を贈らせて下さい」

 テッサンが目で合図すると、控えていた部下が次々と大きな箱を開けていく。

「これは…!」

 周囲の大臣達がどよめく中、アルクは感嘆の声を漏らす。

「すごいですね…」

 フィンソスの言葉に、アルクは無言で頷く。

 東方の香辛料、真珠やべっ甲、西方の薬草類や絹織物、南国の果物や鮮度の保たれた魚介類など、どれもオーク国では入手できないものや貴重な品々が箱の中に収められていた。

「いかがでしょうか。どれもオーク国では手に入りにくい物ばかりを取り揃えました。我が商会では手に入れられない物などない、と自負しております。ご入り用があれば、ぜひ我が商会をお呼び下さい。他のどの証人達よりも早く、ご用意することをお約束いたしましょう」

「……さすが大陸一、と言われるだけのことはあるな。しかも商売に抜け目がない」

「お褒めいただき光栄でございます。是非この機会に、オーク国と親交を深められれば、商人としてこれほどの栄誉はありません」

 笑みを浮べながらテッサンは深々と礼をとる。

「陛下、もしお許しいただけるならば、数日オーク国に逗留することをお許し頂けないでしょうか? 何か交易になりそうな物があれば、交渉したいと考えているのですが」

「ああ、わかった。あとで使いの者を城下街の宿屋に案内させよう。その時交易に関しての打ち合わせをするといい」

 テッサンの勢いに苦笑しながらアルクがそう約束すると、テッサンは深く頭を下げる。

「ありがとうございます、陛下」

 もう一度深々と礼を述べると、テッサンはルキアに視線を送り、そのまま謁見室を退出していった。

「…すごいな。アガパンサス商会は、噂以上に手広く商売をしているな。あれだけの品を見せられて、心を動かされない人間はいないだろう」

 嘆息するアルクに、ルキアはにこやかに笑う。

「ええ。それがアガパンサス商会のやり方なのよ。相手が欲しいものを目の前でみせて、次も欲しくなるように促すの。そして代わりにその国の特産物と買い付けていくのよ。そうやってアガパンサス商会は大きくなっていったの」

「なるほどな。だったら俺の国では鉱石類と黒炭、石材を買い付けるくらいだろうな」

「あら、氷河の氷も立派な商品になると思うわ。南国の方では、氷を細かく削った氷に、甘いシロップをかけた菓子がとても人気があるんですって。私も一度食べたことがあるけど、とても冷たくておいしかったわ!」

「ああ、それなら夏になるとたまに食べるが……あれも特産物になるとは思わなかったな」

「きっと他にも出てくると思うわ。アガパンサス商会は、どんなものも売り物にする能力が、他の商人達より優れているから」

 嬉しそうに話すルキアに、アルクは片眉をあげながら目を細める。

「嬉しそうだな。確かルキアの母君のご生家だと聞いているが、それにしては随分はしゃいでいる様だが…そんなに会えて嬉しかったのか?」

「もちろんそれもあるけど……」

 ルキアはすばやく周囲に視線を走らせ、手をそっとアルクの耳元に寄せて囁く。

「特別な人が来ているの。アルクに会わせたいんだけど、時間は取れるかしら?」

「? 誰だ」

「それはここでは言えないの。私の部屋に来てくれれば教えてあげるわ。それで、時間は大丈夫?」

「……わかった。一時間後に、ルキアの部屋に行く」

 ルキアの耳元で同じように囁くと、吐息がルキアの頬にかかる。

 その途端、あの時の口づけを思い出し、ルキアは慌ててアルクから離れる。

「そ、それじゃまた後でね!」

 言うなり、ルキアは赤らむ顔を隠すように、そそくさと謁見室から出て行った。

「なんなんだ…」

 ルキアの背中を見送りながら、アルクは訝しげな表情を浮かべる。

「ルキア王女、顔が赤かったですね。…さては王女と何かありましたね?」

 後ろで控えていたフィンソスがにやにや笑いながら、椅子の背もたれに身体を預けながらアルクを見下ろす。

「何があったんです、陛下?」

「別に何も……あっ」

 アルクも口づけのことを思い出し一瞬動揺したが、すぐに平静を取り戻す。

 が、フィンソスは素早くアルクの態度に気づく。

「おやおや、ルキア王女と何かしらの進展があったみたいですね、陛下。もし何か困ったことがあれば、私が恋愛についてご教授いたしましょうか?」

 フィンソスのからかい交じりの声音を無視し、アルクは勢いよく席を立つと、大臣達を下がらせる。

 そして何事もなかったかのように、自分も執務室へと足を進める。

 だがフィンソスも同時に執務室まで追ってくると、肩を組みながら尚もからかってくる。

「なんだかんだとごねた割には、急に積極的になりましたよね。いったい、どういう心境の変化なんです? 女性に無関心だった陛下がここまで変わるなんて……これは是非聞いてみたいですね。もしかしたら今後役に立つかもしれませんし」

 ニヤニヤと笑いながらからかい続けるフィンソスに、アルクの中で何かがぷちりと切れた。

「…そうか!」

 アルクは勢いよくフィンソスに向き直るなり、力強く両肩をつかんだ。

「執務室まで追いかけてくるほど、お前は俺の仕事の手伝いがしたかったんだな。だったら遠慮なく手伝わせてやるよ!」

 怒りで目が据わっているアルクに、フィンソスはからかいすぎたと、顔を引きつらせた。

「陛下……何を?」

「仕事がしたいんだろう? ちょうど俺一人で抱えるには大変な量だと思ってたが、フィンソスが一緒なら早く終わりそうだ。ああ、一時間後にルキアと会う約束があるが、俺が抜けてもフィンソスなら問題なく仕事が進められるだろう。ほんっとうに俺は、優秀な部下を持って幸せ者だな」

「えっ、いや……陛下。…陛下にしか処理できない書類があるものを、私が勝手に処理することはできないか…」

「なぁに、心配するな。それ以外の仕事もたくさんあるから、遠慮なく片付けてくれ。そうそう、何かと頭を使う仕事だ、俺が抜けた後はムルガに頼んで、お茶の用意を準備させておく。案外一人の方が集中して仕事に励めるだろよ」

 怒りで目をぎらぎらさせながら、意地悪く笑うアルクにフィンソスは深いため息を漏らす。

「……二度と口に出さないよう心がけます…」

「無理だとおもうがな」

 そう切り捨てると、アルクは険しい顔で山角の書類をフィンソスに押しつけた。



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