21話
そう切り出してから、アルクは記憶を掘り起こすかのように組んだ両手を額に当てる。
「昔…オーク国は肥沃な土地を求め、クローブ国と戦をしていた」
「なんですって!」
「ああ。ちょうどクローブ国とオーク国の国境付近の土地を、オーク国国王は欲していた。その土地さえ手に入れば、二度と食料に困ることもないし、あわよくばクローブ国を占領しようとさえ試みた。だが……」
「できなかった」
「そうだ。武力では勝っていたオークだが、クローブ国も地形や知略でなんとか戦いをしのいでいた。だが長引く戦でクローブ国は多大な人命を失い、オーク国は気候や食糧難で疲弊していた。そこで西国マセットが調停役を申し出て、和平条約が成された。ここまではルキアも知っているだろう?」
「ええ、歴史の授業で習ったわ。確か和平条約でクローブ国はオーク国と正式に交易を始めたんでしょう。それと凶華とどういう関係があるの?」
困惑しながら眉根を寄せるルキアに、アルクは苦々しい表情を浮べる。
「確かに表向きは和平を結んだが、両国の戦争の傷痕は生々しく、また再戦が起こるほど互いの憎悪がくすぶっていた。それを押さえるために、西国マセットに極秘で両国の王族を人質として交換したんだ」
「まさか! そんな話……聞いたことがないわ」
青ざめるルキアに、アルクは厳しい眼差しで見返す。
「当たり前だ。極秘だと言っただろう? 知っているのは王族の中でも限られた者だけだ。……クローブ国からは第一王女がオーク国に嫁ぐ形で引き渡され、オーク国からは留学という形で第一王子が引き渡された」
「第一王子ですって! そしたら王位は…」
「第二王子が継承した。というのも第一王子は病弱で、周囲からは王位を継ぐことは無理だと言われていたからだ。だが、そのことはクローブ国には伏せられていたらしい」
「なんてこと…」
「だが、クローブから嫁いできた王女もまた、祖国では疎んじられていたらしい。何故なのかまではわからないが…今となっては疎んじられた理由は身をもって知ったわけだしな」
なかば吐き捨てるような形で言い切り、アルクはルキアから視線をそらす。
「王女は始め、第三王子の花嫁にと決められていた。第二王子にはもう婚約者がいたし、次期国王の后にするには危険だと、大臣達は反対していた。だが大臣達の計画をよそに、第二王子とクローブ国の王女は出会い、そして惹かれていった。周囲の猛反対に、第二王子は婚姻ができないならば、王位継承権を放棄すると言い出した。これには周囲は折れるしかなかった。だが……式を目前に、二人の間に亀裂が入り、王女は自殺したんだ。さっき見ただろ…あの白薔薇。あれに囲まれながら、王女が呪いの言葉を吐き捨てて亡くなったんだ」
「!」
「だが勘違いだとわかり、第二王子は絶望で発狂しそうになった。それを元婚約者が立ち直らせ、結果二人は婚姻を結んだ。それからだ、王子の体調が崩れ始めたのは。最初は重責の緊張で不眠なのだと考えていたが、徐々に深刻化し、見る間に年老いたような姿になっていった。その姿を異様に感じた王妃は、王女の呪いではないかと考え、王女が亡くなった場所でひたすら祈り続けた。だが、病は治らず王妃が子を宿すと第二王子は眠るように亡くなった。次に第三王子が王位を継いだが、同じように病が発症し、王妃の子供が成人すると同時にやはり同じように亡くなった。これは王女の呪いと周囲に知れ渡り始め、国内に動揺と、そして内乱の予感が漂い始めた。だが、何故か王妃の子供が即位してから間もなく、母親である王妃が同じ場所で自殺。それ以後、呪いは前よりも緩やかな速度で、即位した歴代の王達の身体をむしばみだしたというわけだ」
一気に話終わると、アルクは乾いた笑い声を上げた。
「呪いだなんて、信じられるか? 信じていたのは亡くなった俺の父上くらいだ。父上は異常に史書に出来事にこだわっていたが……もっとも、凶華を見た俺も呪いじゃないかって半分信じ始めてるがな」
「呪い……何故、王妃は温室で亡くなったのかしら? それにクローブ国の王女はどうして、白薔薇の中で自殺したの? 呪詛を口に出すほどの何が、二人の間に起きたのかしら。……ねえ、アルク。まさか王女が自殺した場所ってさっきの…」
「いや、違う。記録では王女に関わる全てのものは、処分されたと記されていた。おそらく温室も取り壊されているはずだ。この温室は、俺が使うまで長い間放置されていたしな」
「……そうなの。あの白薔薇は手入れされていたくらい見事だったから、てっきり庭師のだれかが手入れしているものかと思ったわ」
「まさか! オーク国中の人間は、あの花を恐れ嫌っているし、仮に育てた者がいたら、追放か死罪だ。それくらい凶華はオーク国にとって災いの花と言われているんだ」
そう言ってアルクは立ち上がり、ルキアに手を差しのべる。
「これ以上ここに長居はしたくない。凶華の話について聞きたいことがあるなら、後日にしよう」
ルキアは差し出されたアルクの手を見つめ、軽く視線をそらす。
「もし……あの花が本当に凶華だったら、アルクは私を恨む?」
「何を…」
困惑するアルクに、ルキアは勢いよく立ち上がると食ってかかる。
「だって! 今までアルクが温室を使っていたときは凶華はなかったのでしょう? なのに私が来てから見つかるなんて…。それにクローブ国の王女が原因ならば、私が来たせいで呪いが復活したとしたら私……私のせいで!」
「ルキア」
両手で顔を覆い、肩を震わせるルキアを、アルクは優しく抱き寄せる。
「落ち着け、ルキア。……確かに凶華のせいで、代々王位継承者は不眠病に悩まされている。だがその責任全てが、クローブ国にあるとは思ってない」
「アルク……」
ゆっくりと顔を上げるルキアの涙を拭いながら、アルクは苦笑する。
「それに……ルキアがそんなに気に病む必要もない。前に言っただろう。父の遺言でルキアを花嫁に選んだと。おそらく父は凶華が呪いによって起こるものだと、確信していたんだ。事実、こうやって凶華が現れた。だが……まさかこんなに早いとは思ってなかったがな…」
「そんな……それじゃ呪いを解く方法もわかっているの?」
「いや、そこまで突き止めることはできなかったらしい」
「そう…」
「そんなに心配するな。必ず呪いを解く方法を探し、治して見せる。だからルキアも何かあったら教えてくれ」
「ええ、もちろんだわ」
微笑むルキアの瞳に吸い寄せられるように、アルクの指が頬から唇をなぞる。
「ルキア…」
アルクの甘やかな雰囲気と声音に囁かれ、ルキアはゆっくりと瞼を閉じる。
それを合図に、アルクはルキアの震える唇にそっと重ね合わせた。