20話
凶華と呼ばれた花は、艶めかしく大輪の白薔薇の姿をしており、異様な雰囲気で咲き誇っていた。
茎には鋭利な棘があり、蔦のように壁や植物にからみついては、まとわりつくような甘い芳香を放っている。
しかも絡みついた蔦は、樹木の幹や茎にまで伸び、食い込むように棘が刺さっている。
その姿が植物から養分を吸い取っているように思え、ルキアの背筋に冷たいものが走る。
「初めて見るわ……こんな植物」
クローブ国でも見たことのない、美しくぞっとさせる薔薇だった。
植物なのに、まるで意思でもあるかのような、そんな雰囲気を醸し出す程のなにかがあった。
目を見開くルキアの隣で、アルクは歯ぎしりしながら凶華を睨みつける。
「なぜ…こんなものがあるんだ! しかもこんなにたくさん…」
「おそらく…処分し損ねたんだと思います。長いこと、ここは手入れされてませんでしたから…」
恐ろしげに凶華を見上げながら、ヴェルは青ざめた顔でアルクを見上げる。
「いかが…」
「この温室は閉鎖するっ。ここにあるものは全て処分しろ! 特に凶華に絡まっている植物、土も全て取り出し焼き払え!」
「へ、へえ」
「その作業が終わりしだい温室を取り壊せ。いいなっ!」
「ちょっ、ちょっとアルク、急にどうしたのっ! せっかく温室を綺麗にしたのに……それに薔薇が可哀想じゃない!」
戸惑いと怒りが交じった表情でルキアは抗議するが、アルクの冷たい一瞥に何も言えなくなる。
「ルキア、これは命令だ。二度とこの場所に入ることは許さない。温室は、取り潰す」
「そんな! …アルク…どうして」
呆然とするルキアと、怯える庭師達を見回しアルクは脅すような口ぶりで宣言する。
「このことは誰にも言うな。もし、このことが漏れた場合、誰であろうと厳しい処罰が下ると思え」
「…わかりました」
ひれ伏すように頷く庭師達にきつい眼差しを送り、事態が飲み込めてないルキアの腕をつかんで、アルクは早足で歩き出した。
「いたっ、痛いわアルク! は、離して」
引きずられるように歩かされたルキアは、休息所のあたりでやっと手を離された。
「どうしたって言うのよ! やっと手入れが終わって、温室に入れたのに閉鎖だなんて……それに、あの薔薇…」
「それ以上凶華のことを口にするんじゃない!」
「!」
憎悪で目がギラつき、忌々しげに吐き捨てるアルクの口調に、ルキアの身体が強ばる。
初めてアルクが本気で怒り狂う姿を見て、ルキアは責められているようで、瞳から涙が溢れてきた。
「わ、私……」
喉にものが詰まったようでうまく言葉にできず、ルキアはよろめくように後退る。
「ご…ごめ…な……い」
はっと我に返ったアルクだが、すでにルキアは逃げるように走り出していた。
「ルキア!」
急いで追いかけると、アルクはルキアの前に回り込み、両肩を押さえた。
「や…離して!」
もがくルキアを、アルクはなだめるように強く抱きしめた。
「悪かった。ルキアに当たるつもりはなかったんだ。本当に…すまない」
「だったら……」
もがくのを止め、ルキアは潤んだ瞳でアルクを睨みつけた。
「だったら、何故あんなふうに怒ったのか理由を教えて。…なにも知らないのに怒鳴られるなんて…」
「ああ……そうだな。ちゃんと説明するよ」
そっとルキアの涙を指でぬぐうと、クッションを敷き詰めた長椅子にルキアを座らせ、アルクはその隣に腰を降ろす。
怒りと苦悩が入り交じった表情を浮かべながら、アルクはどう説明しようか思案していた。
その姿をじっと見つめながら、ルキアはアルクが落ち着いて話を切り出せるまで辛抱強く待つ。
「あの薔薇……凶華がこの国にもたらされたのは、今から数百年前になる」