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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
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19話

 土と新緑の芳香の中に、ルキアは興奮した面持ちで立っていた。

「すごい…」

 あれほど苦戦していた雑草が綺麗に除草され、綺麗に土がならされている。

 そのせいか、土色と緑色の対比が美しく、ルキアには植物が息を吹き返したように見えた。

 おまけに大理石の通り道も綺麗に掃き清められ、温室は本来あるべき姿へと戻ったような気がした。

「綺麗になっただろ?」

 隣で自慢げに言うアルクの顔を見つめ、ルキアはくすりと笑う。

「アルクが掃除したわけじゃないでしょ?」

「それはそうだが…俺が命令を出さなきゃ、温室は綺麗にはならなかったんだぞ」

 口を尖らせながら反論するアルクに、ルキアは笑いながら頷く。

「その通りね。アルクには感謝しなくっちゃ」

 そう言いながら、ルキアは再び綺麗に整備された温室を見回す。

「本当に……綺麗になったのね。それにしても……二、三日でここまで綺麗にするなんて…庭師の人はとても大変だったんじゃないの?」

「ああ。でも、綺麗になったのは入り口から休息所までだ。奥の方はまだ作業中だから、行かないように…って、方向音痴のルキアに行っても無駄か」

「ひどーい」

 怒ったようにぶつまねをするルキアの腕をつかみ、アルクは笑いながら引っ張っていく。

「方向音痴は治らないだろうから、迷子にならないように目印をつけておいた」

 アルクに腕を引かれるまま連れて行かれたのは、休息所から入り口へと続く敷石だった。

「?」

 訝しげな表情を浮べるルキアに、アルクは敷石の側に植えてある常緑樹の枝を指す。

「ほら、あれを見ろよ」

「……あっ!」

 ルキアより少し高い樹木の枝に、不器用に結んだリボンが結んであった。

 間隔を開けながら、ルキアが見やすい位置に結ばれ、色も赤や黄色、桃色と目立つ色ばかりで、微かに揺れていた。

「こ…れ、アルクが?」

 びっくりすると同時に、結ぶのに悪戦苦闘しながらやったのだろうと思うと、ルキアの頬は自然に緩んできた。

 だけとせっかく自分のためにやってくれたのに、笑うのは失礼だと思い、ルキアは笑いを堪える。

「あ、ありが…とう。た、大変だった、でしょ。今度…から、リボンを目印に、来る、ね」

 涙を浮べながらお礼を言うが、アルクは笑われたことで慣れないことをするんじゃなかったと怒りでそっぽを向いてしまった。

「笑いたければ笑えばいいだろ。なんだよ、ルキアのためにやったのに。もういい、こんなの外してやる!」

 乱暴にリボンを外そうと手を伸ばすアルクを、ルキアは笑いながら抱きついた。

「やめて、アルク! 笑ったのは悪かったわ。私のために一生懸命やってくれたんでしょう? その気持ちがとても嬉しいの。ありがとう、アルク」

 アルクの顔を見上げ、ルキアは柔らかな微笑を浮べる。

「……ルキア」

 抱きしめられたアルクは、そっと腕をルキアの背中に回す。

「アルク……」

 じっと見つめられ、ルキアは戸惑いながらも、アルクの顔が降りてくるのに合わせて目蓋を下げた。

「……下!」

 遠くでアルクを呼ぶ声が聞こえ、二人は慌てて離れると互いの顔をしないよう背中を向け合う。

「陛下、どちらですか?」

「……ここだ、ヴェル」

 まだ心臓がドキドキしているルキアをよそに、先に平静を取り戻したアルクはヴェルに声をかけ、休息所の方へ向かう。

 まだ頬が赤いルキアは俯きながら、一歩下がって後についていく。

「ああっ、ここにおりましたか、陛下」

「どうした……何のあったのか?」

「へえ、それが……」

 困惑した表情で話を切り出そうとしたヴェルだが、ルキアの存在に気づいて言うのを躊躇った。

 それを察したルキアはその場を離れようとしたが、アルクは目線で留まるよう合図をすると、ヴェルに先を促す。

「お前も知っていると思うが、私の花嫁である、ルキア・クローディア王女だ。ルキア、彼が庭師のヴェルベールだ」

「…初めてお目にかかります。クローブ国から参りました、ルキア・クローディアと申します」

 膝を折って丁寧に礼をとるルキアに、ウェルは慌てて帽子を取りながら深々と頭を下げる。

「あっあの、あっしは庭師のヴェルベールっていいます。その、お会いできて光栄です」

 やや赤みがかった顔に緊張した笑みを浮べ、やや薄くなりつつある髪と同じ灰色の瞳が落ちつかなげに動く。

 背はルキアと同じくらいで、がっしりとした身体に長年の土仕事で固くなった手。

 泥やシミのついた前掛けをかけているヴェルは、これ以上ルキアと話すことに気まずさを覚え、アルクに用件を伝えた。

「それで陛下、奥のほうで作業してたんですが……仲間の一人が見つけたんですよ」

「見つけた? …まさか!」

 さっと顔を強ばらせるアルクに、ヴェルは深く頷く。

「ええ……凶華です」

 怯える視線で促すと、ヴェルは二人を温室への奥へと案内した。

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