16話
「すごい食べっぷりね……」
呆然とするルキアに、アルクは焼き菓子片手に紅茶を飲みながら首を傾げる。
「何がだ?」
「何って……私も甘いものは大好きだけど、アルクが甘党だなんて思わなかったから」
「なんだ……甘い物を食べてはいけないのか」
むっとするアルクを、ルキアは慌てて否定する。
「違うの。ただ、意外だなって。今まで私の周りにいた男性で、甘党の人がいなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」
「それは偏見というものだ。少なくとも、俺の周りの人間は甘い物が嫌いな奴はいないぞ」
「えっ、まさかフィンソスもそうなの?」
驚くルキアに、アルクは焼き菓子をほおばりながら頷く。
「ああ。たまにお茶の時間にやってきて、お菓子をつまんでいくから、嫌いじゃないと思う」
「そうなんだ。オーク国の男性ってみんな甘党なのかしら?」
「さあな。そこまでは、俺もわからない」
「そうよね……でも、なんだか羨ましいわ」
「羨ましい?」
困惑するアルクに、ルキアは紅茶を飲みながらため息を吐いた。
「だって、一緒にお菓子を食べて、お茶が飲めるなんて羨ましいもの。カルは甘いものが駄目だから、付き合ってはくれるけど一緒に楽しめないし」
「カルって…ああ、あの侍女か。俺に言わせれば、女性は皆甘い物が好きなんだと思っていたが」
「私も最初はそう思っていたんだけど……ある日告白されたのよ。これ以上お茶を一緒に過ごすことは出来ないって」
そう言ってルキアは、クローブにいた頃の話を始めた。
最初はお菓子もお茶も、進めてもあまり手をつけなかったこと。
最初は遠慮しているだけかと思っていたので、毎回菓子の種類を変えたりしていたが、それでもなかなか手をつけなかったこと。
「きっと嫌いな物でも入っているのかと思って、直接カルに好きな物を聞いたの。そしたら」
「甘い物が嫌いだと?」
「そんな直接的な言葉じゃなかったけど、駄目だってことを言われたわ。あと、お茶も」
「お茶?」
「ええ。クローブではハーブティを好んで飲む習慣があるのよ。もちろん紅茶も飲むけど、数種類のハーブを混ぜて飲むことが多いかしら。カルはそのハーブティが駄目みたい。カルに言わせると、草の味にしか感じられないって。全くひどいと思わない?」
「ひどいと言われても……俺も飲んだことがないから、なんともいないな」
「まあ、そうなの。ハーブティなら、クローブから持ってきた物があるから、今度ハーブティをごちそうするわね」
「ああ、楽しみにしている」
和やかな雰囲気で会話が落ち着き、アルクは話すなら今だと、ゆっくりと息を吐く。
アルクの様子に嫌な予感を覚え、ルキアは表情を曇らせた。
「どうしたの…急に」
「話さなければいけないことがあるんだ…」
アルクは一呼吸置いてから、ゆっくりとルキアに向き直った。
「この前約束した……病が治ったら婚姻を取り消すと言ったことだが、守ることができなくなった……すまない」
ルキアの顔を見ることが出来ず、アルクはそっと目蓋を伏せながら、遺言のことを切り出した。
話し終わった後、二人の間には沈黙と、微かに聞こえる吐息。
非難されることを覚悟してアルクは身構えていたが、ルキアの一言に驚いた。
「やっぱり、ね」
「えっ」
呆然とするアルクに、ルキアは諦めに似た笑みを浮かべる。
「何となく、わかっていたの。たぶん無理だろうなって」
「……だったらどうして」
「病を治したい気持ちは同じだし、ほんの数回しか会ってないけど、アルクは嘘はつかない人だって思ったの」
ルキアに図星を指され、アルクは誤魔化すように顔をしかめる。
「どうしてそんなことがわかる。前国王の遺言だって、本当は俺が勝手に作った嘘かもしれないじゃないか」
「あら、あんなに婚姻に反対していた人が、どうしてそんな無意味な嘘をつくの? 貴方は信頼できる人だわ」
キッパリと言い切るルキアを、アルクは困惑した表情で見返す。
「互いのことをよく知らないのに、何故そう簡単に信じることができる」
「私、幼い頃からずっと春眠病にかかっていたの。でも今よりずっと症状は軽かったけど、外へでることは出来なかったわ。その時、よくお見舞いに来る人達がいて、私の顔色を見ながら接してきたわ。だからわかるのよ。その人が何を考えているのか、信用していいかどうか」
そう言うなり急にルキアが顔を近づけてきたので、アルクは咄嗟に後ろに下がる。
「な、なんだよ」
「ほら、今も私の視線をそらさないで喋ってる。嘘をついたり、誤魔化そうとする人はね、目線を反らすの。だけど貴方はしないわ」
間近で微笑まれ、アルクの心臓が早鐘を打つ。
引き寄せられそうなほど、深く澄んだ翡翠の瞳に覗き込まれれば、誰だって視線をそらすだろ!
などと思いながらアルクは視線を上に泳がせる。
「わ、わかったから早く離れてくれ。確かに俺は今までのことについては嘘はついてない」
「これからもお互い嘘はつかないようにしましょう」
戸惑うアルクに、ルキアはそっと目蓋を伏せる。
「……私ね、正直不安だったの。この婚姻は上手くいかないんじゃないかって。見知らぬ相手と、異国の地で一人でやっていけるのかどうか……今も不安でたまらない」
「…今も、俺は見知らぬ相手なのか?」
やや不満げに呟くアルクに、ルキアは微笑みながら微かに頭を振る。
「いいえ。貴方のこと少しはわかった気がする。だけどまだよく知らないから、もっと知りたいと思う」
「それを言うなら、俺だってルキアのことをよく知らない」
「ええ。だからお互いを理解するためにも、また温室で会ってお話をしましょ」
「ああ。時間が許す限り、ここへくるよ」
「それともう一つ。早く病を治すようがんばろうね!」
満面の笑みで握り拳を作るルキアを見ながらアルクは、本当に病が治るんじゃないかと、すでに忘れかけていた希望を感じ始めた。