15話
緑の香りが心地よく、暖かい室温と鮮やかに彩る植物を眺めながら、ルキアは幸せそうに微笑む。
「やっぱり植物に囲まれると、落ち着くわ。それにこうやって温室の中を歩けるようになるなんて、夢みたいだわ」
クローブ国では春眠病が悪化するといわれて、植物の手入れはもちろんのこと、花に触れることすら許されなかった。
ただただ植物を離宮でしか見ることしか出来なかったのが、今はこうやって触れるほど近くにいられる喜び。
そしてもう一つ。
「クローブにはない植物はないかしら」
一つ一つ植物に触れながら、ルキアはクローブ国にはない種類の植物を探索する。
しかし……。
「……この雑草だらけの温室を、なんとかしないと駄目ね」
腕まくりをし、ルキアは気合いを入れて草むしりを始めた。
しかし十分後。
「ううっ、手が痛~い!」
思っていた以上に雑草の根が深く、一つか二つむしっただけで、手のひらは真っ赤に腫れてしまった。
しかもちょっとでも指を動かすと、痺れるような痛みが走る。
「これ以上やったら皮がむけちゃうわ」
両手を吹きながら、ルキアはよろよろと立ち上がる。
「私だけじゃ、この雑草の山はどうにもならないわ」
アルクに頼んで、なんとかしてもらった方がいいかしら?
あれこれ思案しながら歩いてたルキアは、はたと気づいた。
「あれ? 休息所はこっちで合ってたかしら…」
密林と化している温室の中で、ルキアは再び迷子になったことに気づいた。
雑草をよけながらルキアが大理石の小道を探して歩いていると、向こうから同じく雑則をかき分けてくる音が聞こえてきた。
「……やっと見つけたぞ、ルキア」
ため息交じりの呆れた声を漏らし、アルクはルキアを頭からつま先まで眺めながら尋ねる。
「休息所に荷物があるからいることはわかったが、いったい温室で何をやっていたんだ?」
「えっと…雑草の除去をしてたんだけど……手が痛くなったから一度休息所に戻ろうかと思って…」
「雑草を? 手を見せてみろ」
そう言ってルキアが返事をする前に、アルクは赤く晴れた手のひらを見て顔をしかめた。
「ルキアがそんなことをする必要はない。すぐに庭師を手配して、手入れさせる」
少し怒ったような口調でそう言うと、アルクはルキアの手を掴み、道を戻り始めた。
「ちょ、ちょっとアルク、どこに行くのっ」
「どこって休息所に決まっているだろう。手当をするほどの怪我ではないが、冷やした方がいいな。…ちょうど差し入れも持ってきたから、休憩にしよう」
「えっ、差し入れ?」
「ああ、侍女頭のムルガから、焼き菓子とお茶の差し入れをもらったから、手当が終わったら食べよう」
「嬉しい! ちょうどお腹が空いていたのよね」
「それは良かった」
初めて見るアルクの笑顔に、ルキアはどきりとした。
一瞬とはいえ柔らかな笑みを浮かべたアルクは、年相応で若々しくルキアの心臓が高鳴った。
頬が熱くなるのを見られたくなくて、ルキアが俯くと訝しげな様子でアルクが立ち止まる。
「? 急にどうした、顔が赤いが……具合でも悪いのか?」
覗き込もうとするアルクにルキアは何でもないと頭を振る。
「だ、大丈夫だから。動いたらちょっと暑くなっちゃって」
空いている手で顔を仰ぐように振りながら、ルキアはなんとか誤魔化す。
「まったく。慣れないことは二度とするな。次に来るときまでに、温室はなんとかしておく」
「…うん、わかったわ」
「それと……今着ているルキアの服なんだが……」
「この服がどうかし……あっ、もしかしてアルクもこの格好が変だって思ってるっ?」
「変……というか……俺の方こそ悪かったな」
「えっ、それってどういう…?」
「…フィンソスが、王女に宝石やドレスではなく、見習い騎士の衣装を渡すなんて、礼儀がなっていないと言われてな」
「ああ、別に気にしていないわ。それに元々私の方から動きやすい衣装が欲しいって頼んだんだもの。別にアルクが謝ることなんてないわ」
「だとしても、もっと別の衣装を渡すべきだったと思う。それに……」
ちらりと赤くなったルキアの手を見て、アルクはため息を漏らす。
「お前が温室の手入れをするとわかっていたら、そんな衣装も渡さなかった」
「そ、それは…」
「まあ、過ぎたことを言っても仕方ない。今後は温室の管理は庭師に頼むから、ルキアは何もしなくていい」
「そんな……せっかく楽しみが出来たと思ったのに…」
「守らないなら、温室への出入りも禁止するが」
「……わかったわよ、アルクの言うとおりにします!」
ふてくされた様子で視線をそらすルキアに、アルクは少し言い過ぎたかと思い、多少の妥協案を出す。
「もし約束を守れるなら、温室の内装は好きに変えても構わない。何でも好きな植物を植えるといい」
「本当っ!」
途端にぱあっと顔が輝くルキアに、アルクは単純な奴、などと思いながらも機嫌が直ったことにホッとする。
「さっ、早く休息所に戻ろう」
「ええっ」
ルキアは笑顔で頷くと、アルクに手を引かれながら歩き出した。