11話
まぶだの痛みに、ルキアは目が覚める。
ぼんやりとした視界で上を見ると、螺鈿細工の施された美しい天蓋に、ルキアは戸惑う。
だがすぐにここがオーク国だということを思いだし、瞼を再び閉じる。
「そっか……私、泣き疲れて寝ちゃったんだ」
昨日、オーク国国王、(今後はアルク)と呼ぶ予定になる相手から拒絶されるようなことを言われ、ルキアは部屋で珍しく癇癪を起こしたのだ。
そんなルキアをカルは優しく慰め、寝間着に着替えさせ、ルキアが眠るまで付き添ってくれたのだ。
カルに八つ当たりしてしまったことを後で謝ろうと考えたルキアだが、重く熱を帯びているまぶだの痛みに目頭を押さえる。
「今…私の顔は酷いことになっているわよね…」
このまま一日中寝台に籠もって過ごしたいなどと考えたが、そんなことをすれば、アルクに何を言われるかわからない。
いいわよ、アルクが病が治れば結婚を取り消しにしてしてくれるっていうなら、こっちだって願ったり叶ったりよ。
ただし一ヶ月以内だけど……。
無理かもしれない、けど出来るかもしれない。
やってみなくちゃわからないんだから、何だってやるわよ。
そうすれば私だってこんな寒い国にずっといなくて済むんだもの、とっても幸運なことだわ。
「だけど…その前に、腫れた瞼をなんとかしないと」
寝台から降りると、毛足の長い絨毯を踏みしめ、ルキアは素足のまま浴室へと向かう。
天井まで届く大きな鏡台をみると、思ってた以上に酷い顔が映り、ルキアはがっくりと項垂れる。
「……最悪だわ」
洗面器に水を注ぎ、瞼を中心に顔を洗う。
何度か洗うと瞼の腫れがひいたのか、少し痛みが和らぐ。
それでも再び鏡で確認すると、そんなに変わった様子はなかった。
仕方なく布を水で濡らし、ソファに横になりながら瞼に当てて冷やす。
その間に思い浮かべるのは、昨夜言われたアルクのことだった。
いつもだったら、嫌なことを言われたら一晩眠れば大概忘れることが出来るのに、何故がアルクの言葉だけは何度もルキアの脳裏を駆け巡る。
慣れない環境のせいなのか、自身の結婚のことだからなのか、それとも気温のせいなのかわからないけれど。
ただ一つわかっているのは、ルキアにしては珍しく、ちっとも眠くならないことだった。
いつもだったら二度寝は当たり前だし、常に眠気と戦っているはずなのに、今はちっとも眠くないのだ。
もしかしてもうそろそろカルが起こしに来る時間なのではと、ルキアはバルコニー側のカーテンを開けてみる。
うっすらと東の空が白やみ始め、朝日が昇るまで後数時間はかかりそうだった。
「嘘…まだ日が昇ってないのね」
もしかしたら、初めて朝日が見れるかもしれない。
なんだか嬉しくなって、寝間着のままバルコニーの扉を開けたものの、あまりの寒さにすぐさま閉める。
「さ、寒い…」
寝間着の上から室内着を羽織り、ルキアは恨めしそうにバルコニーを見つめる。
「……朝日は見たいんだけど、外がこんなに寒いなんて」
あきらめにも似たため息を漏らし、ルキアは再び寝台に横になる。
しかし眠気が訪れないことがわかると、ルキアは再び寝台から起き上がる。
そして室内着の上からカルが用意してくれた厚くて重い、けれど暖かい長衣をしっかりと着込む。
「やっぱり、眠くない今しか朝日が見れないと思う。寒いけど…これくらい厚着をすれば大丈夫よね」
環境に慣れていない今だけ、眠くないのかもしれない。
きっとオーク国に慣れ始めれば、また春眠病で朝日を見るのが難しくなるかもしれない。
だったら、今寒くたって見たいものをみよう。
「それに…この時間だったら人目も少ないし、こんな酷い顔を見られることもわ」
朝日を見ながら城内を散歩、しかも誰に憚ることなく歩けることなんて滅多に出来ることじゃない。
そう考えると楽しくなって、ルキアはフードを目深くかぶると、燭台を手に持って部屋を出た。