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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
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10話

 しばらく二人はにらみ合うように無言でいたが、先に折れたのはアルクの方だった。

「…挨拶はこれくらいにして、本題に入ろう」

「本題?」

 訝しげに見つめるルキアを、彼は冷めた眼差しで見返す。

「婚儀は一月後に行うということは、もう知っているな」

「ええ」

「そこで一つ、私からの提案だ。もし、一ヶ月以内に互いの病が治った場合、婚儀は取りやめるのはどうだ」

「!」

「陛下!」

 驚くルキアの背後から、フィンソスの不満の声があがる。

「黙れ、フィンソス。元々この婚儀は互いの病を治すことが目的だ。それが婚儀を結ぶ前に治った場合、婚儀をする必要がなくなる。もちろんこちらから取り消すのだがら、それ相応の対価を支払うことを約束する」

 その言葉はまるで、ルキアは病の治療薬だけとして見ていないその態度に、ルキアの全身に震えが走る。

「返事は?」

「な……ぜ?」

 返事より問いを返したルキアに、アルクは皮肉げに笑う。

「元々病が原因での婚姻関係だ。それが解決すれば、無理にここに留まる必要もないだろう。国同士の婚姻ではあるが、最初から体裁を繕うためのものなんだから、治ってしまえば療養のためだったと公表すればいい。もちろんここが気に入れば留まっても構わないし、相応の待遇を約束しよう。どちらにしても国交は続けるつもりだから、俺としてはどちらでも構わない」

「そう……ですか」

 頭が真っ白で何もわからないのに、ルキアはそう答えていた。

「では理解したのなら、この件は問題ないな。では用意した部屋で休んでくれ」

 仕事のように片付けるアルクについていけず、ルキアは疲れが一気に押し寄せ、頭痛がしてきた。

「では…そうさせていただきます。失礼します…陛下」

 とにかくこの場から離れたくて、ルキアは返事も待たずに扉へと向かう。

「待て、ルキア王女」

 うつろな表情で振り返るルキアに、一瞬だけ彼の瞳に動揺が走る。

 ルキアの様子にアルクはばつの悪い表情を浮かべると、少しだけ口調が柔らかくなる。

「……しばらくは婚約者同士だから、これからそなたをルキアと呼ぶ。だから俺のことも、アルクと呼んでくれ」

「わかりました……」

 やっとそれだけ吐き出すと、ルキアは今度こそ謁見の間を後にした。

 ルキアを見送った後、フィンソスは非難する眼差しを向ける。

 何が言いたいのか容易に察したアルクは額を押さえつつ、軽く手を振って退出の合図を送ると、執務室へと歩き出した。

 しかしフィンソスはアルクの指示を無視して、執務室へと入ってきた。

 そんなことはいつものことなのか、アルクはさして気にした様子もなく、机に向かって山積みの仕事を処理し始める。

「陛下、あの態度は酷すぎます。何故遠路はるばる来た王女に、優しい言葉一つも掛けられないんですか? しかも長旅で疲れている王女を、あそこまで追い詰める必要はないでしょう? しかも一ヶ月以内に病気が治ったら結婚を取り消すだなんて、どうしてそんな無茶なことが言えるんですっ」

 冷たい口調で食ってかかるフィンソスに、アルクは書類を書いていた手を休める。

「確かに……多少言い過ぎたことは認める。だが、春眠病で苦しんでいるかと思って見れば、血色もいいし、見たところ健康そうに見え、少し腹がたったんだ。それに長旅で疲れたとはいえ、我が王城に着いたのなら、主である私に挨拶をするのは当然のことだろう? …そして結婚の取り消しだが、早く治れば、その分人生のやり直しができるだろう。婚姻で縛られるのは王女も気の毒だし、もっと若い相手の方が嬉しいに決まっている」

「若い相手って……陛下は私より年下じゃないですか」

 言い返すフィンソスだが、アルクは自嘲気味に笑いながら、自分の手を凝視する。

「確かに俺はフィンソスより年齢的には若い。だが……俺をよく見ろ。まだ二十を過ぎたばかりだというのに、俺は病のせいで何十倍も老けて見える。従兄弟のお前も血がつながっているのに、直系と言うだけで俺はこんな姿だ。数々の文献や資料、医者に調べてもらったが、こんな奇病はないそうだ。唯一の手がかりは、クローブ国の奇病となんらかの関係があることだけ。だから直系の王女を迎えたんだろう?」

「そこまで知っていながら、王女にあんな態度を?」

「呼び寄せるには名目が必要なのさ。そして王女がきた。これで条件がそろったんだ。病は治ったも同然じゃないか。わざわざ治ってからも一緒にいる必要はないだろう。王女も本心ではそれを望んでいるはずだ」

 唇を歪めて笑うアルクに、フィンソスは冷たい一瞥をする。

「そんなに簡単に病が治るなら、とっくに治っているはずだ」

 口調ががらりと代わり、フィンソスはアルクを真っ向から睨みつける。

「アルク、お前も知っているはずだ。何代か前、同じ病が原因でクローブ国の王女を迎え入れたことを。だが病は沈静するどころか悪化していった。そして再び同じことをしようとしている。今度失敗すれば、オーク国は滅ぶぞ」

「脅しか?」

「事実だ」

 にらみ合う二人だが、先に視線をそらしたのはアルクだった。

「……どうすればいいんだ」

 囁くような声音に、アルクの本音をかいま見たフィンソスは、優しく微笑む。

「まずは謝罪から始めるのがよろしいかと。そしてお互いの距離を縮めることが重要です」

「それと病とどう関係があるんだ」

 顔をしかめるアルクに、フィンソスはこれが正しいのだと言わんばかりに、微笑む。

「そこからすべてが始まるのです」

 それはかつて自分も同じ過ちを犯し、それが後悔という熾火がずっと胸の奥でくすぶっていた。

 けれど再び見つけた今、自分のすべきことはただ一つ。

 今度こそ全てを手に入れるのだ。

 今更過去を変えることは無理でも、修復することはできる。

 アルクを見つめながら、フィンソスはそう心の中で決意した。

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