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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
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眠り姫に口づけを

 ガジュロ大陸の東に花と湖に囲まれた、クローブ王国がありました。 

 そこにはクローブ国の華と呼ばれるほどの美しい王女がおりました。

 名をルキアといい、亜麻色の髪と翡翠の瞳が美しい王女でした。 

 ただし……王女には一つだけ欠点があったのです。 

 それは……。 


 柔らかな日差しと、甘い香りが漂う庭園を、ルキアは窓辺からぼんやりと眺めていた。

 その後ろ姿に向かって、そろりと忍び寄る影。 

「わっ!」 

「……あら、カル」 

 ゆったりと振り返るルキアに、カルと呼ばれた侍女は、がっくりと項垂れた。 

「もう、慣れてしまったのですか……」 

「…みたい。ごめんね」 

 申し訳なさそうに謝るルキアに、カルは途方にくれた顔で天を仰ぐ。 

「あたし……姫様のお世話をするようになってから、随分経ちますけど……これ以上はもうどうしたらいいかわかりません」 

「そうね。カルには本当に申し訳ないと思ってるのよ。でも……こればっかりは自分でもどうしようもないのよ」 

 ルキアは力なく笑うと、自分を含めこのクローブ国に蔓延している病に悩まされていた。

 名前を春眠病という。

 原因はクローブ国に咲き誇る花々の花粉…ということなのだが、未だ原因究明中だ。 

 国民病ともいえるこの春眠病なのだが、特に王族に顕著に表れる。

 治療薬として調合された薬、催眠療法だが、最初は効果を発揮するものの、すぐに効きかなくなり、これといった成果が出ない。

 だが少しでも何とかしようと、カルも思いつく限りくすぐったり、物音で驚かせたり、手を叩いたり、叫んだりと、いろいろ手を尽くすのだが、あまり効果はなかった。

「諦めちゃ駄目です! きっとよその国で療養すれば治るかもしれません」 

 力説するカルに、ルキアは苦笑する。 

「そう言って西の都に数ヶ月滞在したけど、あまり効果がなかったじゃない」 

「それでもやらないよりはましでしょう?」 

 にらみつけるカルの視線を受け止めるルキアだが、ややあってため息を漏らす。 

「諦めたくはないわ。でも、春眠病はクローブ国の人間だけ病にかかるのよ。現にお母様は西の都から嫁いできたけど、未だ発症していないし……カルだってそうでしょう?」  クローブ国では珍しい白い肌と黒髪と、目の覚めるような紺碧の瞳は、北方の民を表している。 

 ただクローブ国で生活するうちに肌は少し褐色に焼けてしまったが、ルキアは密かにカルの肌色が羨ましいと思っていた。

 ただしこれはカルには秘密だが。

 そんなルキアの気持ちなど知らずに、カルは難しい表情を浮かべる。

「たしかにクローブ国で働き出してから、春眠病にはかかってはいませんけど……一生ならないとは限りませんでしょう?」 

「それならもっとおかしいじゃない。私達クローブ国の人間の方が花粉に抗体があるはずなのに外部の人間はかからず、クローブ国の住民のみがかかる病なんて……」 

 項垂れるルキアに、カルはこめかみを押さえながら呟く。 

「たしか医者の一人が、クローブ国民のみがかかるのは、花粉を何世代にわたって過剰に体内に吸収しすぎたせいって言ってましたわ。その反動で眠くなるんじゃないかと」 

「そしたらもうお手上げじゃない。だってそんなに長く蓄積されてしまったものを、どうやって、体の外に出すって言うのよ」 

「それを医者達は考えてもらっているのさ」 

 第三者の声に二人は振り返った。 

「お兄様!」 

「陛下!」 

 慌てて礼をとるカルを横目に、ルキアは眉根を寄せた。

「盗み聞きなんて、礼に反しているわよ」 

「何度も扉は叩いたんだが、あまりにも二人が春眠病について熱心に語っているものだから、水を差すのは申し訳ないと思って」 

 悪びれもせず言い切る兄現クローブ国国王シエルに、ルキアは片眉を上げる。 

「あらそうなの。だったら、私達の話を聞いて、お兄様の考えはどうなの?」 

「姫様!」 

 たしなめるカルを、シエルは苦笑しながら制した。 

「いいんだ、カル。兄としては……我が麗しの妹の体調に、日々心を砕いているよ。それで、今日の調子はどうだい?」 

 軽口を叩くものの、若草色の瞳は心配そうにルキアを見つめる。 

 ルキアはシエルの視線を避けるように顔を伏せる。 

「なんとか起きていられるわ。ただ……ぼんやりする時間が前よりも長くなったような気がするわ。お兄様は?」 

「睡魔には襲われるが、仕事に支障がでるほどではないかな。ルキアのように、突然白昼夢をみることはないから」 

「そう……」 

 春眠病にせいでクローブ国は春から初夏までの間、突然の睡魔に襲われる。

 それは昼夜関係なく波のようにやってきては、身体が怠くなり、思考を緩慢にさせる。

 ただしその時期を過ぎればは何の問題もなくなるのだが、王族だけは多少波はあるものの、一年中症状が治まることはなかった。

 特に王族でも直系の女性に顕著に表れ、特にルキアは酷かった。

 睡魔が常にルキアを襲い、時々白昼夢をみるほどだった。 

 しかも最近は記憶さえも曖昧になりつつあった。 

 今もカルとシエルと会話をしているものの、話していることが現実なのか、それとも夢なのかわからなくなる。

 眠気を払うように軽く頭を振ると、ルキアはシエルに視線を向ける。

「それでお兄様……まさか私の様子見に来ただけではないのでしょう?」

「まあ…そうなんだ」

 歯切れの悪い口調のシエルに、ルキアはなんとなくだが用件が理解できた。

 これは国がらみのことで、おそらく自分はどこかに嫁がされるのだろう。

 まさか病持ちの王女をもらってくれる酔狂な相手がいるとは、思ってもみなかったが。

 ずっと嫁ぐことなく、離宮で眠るように亡くなっていくものだと考えていたからだ。

 それが少しでも王女として役に立てるのならと、ルキアは姿勢を正し微笑んだ。

「お兄様、どうか遠慮なさらずにおっしゃってください。こんな私でも役に立てるなら喜んでどこへでも参りますわ」

「ルキア…」

 少し躊躇したものの、シエルは真剣な表情で口を開く。 

「国王の命令として……厳冬オーク国へ嫁いで欲しい」 


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