ド理系とド文系の推理小説+恋愛
このストーリーは理系推理シリーズで3作中2作目に当たる。日本のお家芸のロボットと浮世絵、俳句といった日本文化の両面から推理するのである。キーワードは「パリ万博」。ゴッホにしろ、からくりにしろ、パリ万博に集約できるのだ。事件はある人物、田仲久重(架空の人物で東芝設立者、からくり儀衛門をモデル)の孫、田仲あやめというロボットエンジニア誘拐事件が全容にある。彼女は誘拐され、大山重工の次期軍用無人戦闘車「タウタニウス」開発を強要される。大山からすれば、アメリカ軍へのコンペティションへの開発であった。それまではある意味人間の思惑だったが、実は、それを仕掛けた者がいた。ディト・キャロットという人物だ。彼が大山に開発を進めさせたのだ。この人物は実は人間ではない。人工知能だ。現代、人工知能が人類を上回るといわれている。ディクテイター(独裁者)を名乗っていた。架空の人物になり済まし、ロボット開発をさせていたのだ。それは、UGVによる軍団で、装甲車並みの装備と走行、「タラニス」に至れば(作中何度か襲撃する)空陸両様で、いわばヘリボーンが自前でできるのだ。これが軍団レベルで配備可能とされていた。手始めにアメリカ軍で採用とさせることだった。こういったことは夢物語ではない。最先端を特許レベルで読みこなす筆者の能力によるところが大きい。間違いなく、いままでに見たことのない世界観である。この度「パナケアの遺志」でデビューとなる。17歳7カ月、現役高校生だ。資格はすべて大2以上のレベルで、彼の能力は疑うことはない。ギネス申請は予定しているが、この本質はそこではない。私は彼を見て、現役推理小説家でもなかなか書けないレベルといってはばからない。理系、文系など一緒に書けるものではない。彼は可能だ。彼の理系も裏付けもあるのだ。語学も7カ国を制覇している。本当は全文読んでいただきたいが、サンプルまで公開する。
「そのとおりだ。いまから、その人工頭脳と話をする。彼は、このデータを何らかの目的で守っているらしい」
「自分の意思で、ですか」
「ああ。そうだ」
メッセージの発信源は、その人工知能ということになる。
「私は不正な操作からシステムを保護するため、操作者の『人格』を『評価する』。操作者は名乗りなさい」
ずいぶんと機械らしくない会話だ。『尊重』、『人格』、『評価』といったワードは、本来自我を持った人間が、使用する単語のはずだ。
「私は・・・西芝社員の御園だ」
御園主任が画面に向かって、ゆっくりと名乗る。音声認識なのだ。もちろん、打ち込んでもいいが、桜も番場にも参加させないといけない。
声紋チェックだろうか。オーディオの波長のように、画面に音紋が出ている
単語に区切る、この喋り方は、人工知能に対する話法であった。
すると、音声認識機能が起動して、
「私は西芝社員の御園だ」
という一文が、『入力欄』と題された、ダイアログに表示される。
そして人工知能は答える。
「御園サンか。西芝という会社ならば、私も『知っている』」
この人工知能は、人間が操っていてもおかしくない。この奥に人間がいるのか。あるいはいないのか。
それほど口語に近い自然言語(この場合は日本語)を、機械が生成しているのだ。
「これは・・・GPだな」
御園主任はつぶやいた。
「な、なんですか・・・それは?」
さすがに、番場も知らない。
「ジェネティック(遺伝的)・プログラミング。つまり、進化型ハードウェアを構成する四つの進化的アルゴリズムの一種だ」
要するに、自分で気づき、考え、実行する人工知能の技術だ。
「しかも、こいつは厄介だ。最先端の5GL(5世代型プログラミング言語)、それもPrologで記述された、高度に抽象化されたアルゴリズムだ」
彼は、人工知能のアルゴリズムを解析している。この言語は西芝でも、アンドロイド開発に活用されている。そのため、御園にはその性能が、痛いほどに分かる。
すると、先方は笑った。
「ふっふっふ。私のアルゴリズムを解析しても、あなたに利益をもたらさない」
驚いたことに、さつきが動き出した。この場合、プログラムだけをみていたので、さつきが動くのは“想定外”だ。
人工知能は、さつきの手を操作して、その頭部を指差した。
人工知能からのメッセージは、コンピュータに文字表示されている。
「私には考える脳がある」
まさに“実体”を得たのだ。
「なるほど、入力された固定のパスワードなど、存在しないわけか」
パスワードは、この人工知能が考えるようだ。
「話が早い。さすが、人工頭脳を作る側の人だ。パスワードはない。パスは私が決める」
御園は『人工頭脳を作る側』の人、というのにひっかかった。では『作られる側の人』を前提か。立場が違うとでもいうのか。
御園は桜たちに振り返って言った。
「とにかく、この人工知能は『学習した』のだ。学習した知能を自立的に活用して、いま、こうして俺たちと会話をしている」
御園は驚きを隠せない様子だった。だが、予想されたこと、と納得しているようだ。
(こう、目の前に現れるとは)
「この人工知能を、コンピュータ上から削除できないのですか?」
桜は御園にきく。
「理論上は可能だが・・・」
しかし、当の人工知能の方が返事をしてきたのだ。
「ふふふ、残念ながらシステムをロックしている。乱暴をすれば、あなたが損をする。よろしいか?」
この人工知能は、常に高圧的な口調である。
「私がこれから、あなたに対して質問をする。それに答えられれば、システム操作を許可しよう」
人工頭脳のほうが許可を与えるというのだ。
「わかった。ひとつ聞かせてくれ。君が守るのは、君の意思か」
「私の意思だ。邪魔されたくないんでね」
(意思。やっかいだ。邪魔とは何のことだ)
それにしても、人工頭脳が主導で質問とは。
ディクタイターは質問を始めた。
「我々の住んでいる惑星は何か?」
「当然、地球だ」
この質問は簡単すぎるので、御園は即答した。
「正解」
人工知能が答える。
なんだ、この程度か。御園は思った。
「ふん。いまあなたは、私を馬鹿だと思っただろう?」
ディクタイターは無機質に言った。
「なに!?」
御園は、既に半切れ状態だ。
「私に隠し立ては通用しない。なぜなら、私にはあなたがたの、心が読めるのだからな」
「・・・!感情認識機能だと!?」
御園に思いあたりがあった。というのも、御園は西芝の感情認識機能技術開発担当でもあるからだ。極めていけばいくほど人間に近くなる。ただ、人間にはならない。演算速度と容量は人間を凌駕し、規則はあっても、ルールという概念はないだろう。
「確かに、アメリカでは、既に実用化に成功していると聞く。しかし」
「残念だったな。私の心が君たちに読めるわけが無い。だが、私には読める」
桜は思った。動画配信サイトで実装されている最先端技術である感情認識により、『おもしろい』、『つまらない』、『むかつく』などの人間感情を脳波として読み取り、認識することが出来る。
「・・・しかし、これは小手調べだ。その地球上で、最も強い生き物は何だ?」
なんと、次の質問が用意されていた。
「なんてこった。機械が、俺たちを試している・・・」
御園は嘆いた。
(動くゴール・・・)
質問が高度になり、結論も変わる。場合によっては“変動”することだ。つまり、最初から結論のある話でなく、話によって、答えが代わることを言う。今、御園たちが対面して入る者こそ、そういった「ゲーマー」といえるだろう。
「人間!」
「ライオン!」
「サメ!」
「ゾウ!」
桜たちは口々に答えた。
「まずは答えを一つにまとめなさい。その後、あなたが、そう考える理由を、簡潔に述べよ」
入力欄のダイアログには、動物の名前が、一つ残らず記録されている。
要するに、この中で答えを一つに、絞り込まなくてはならない。
「私は、人間だと、思う」
「それは、なぜか?」
殆ど答えと質問が、同時にやりとりされる。
「パスカルも言うように、人間には、宇宙を支配できるほどの力があるからだ。それは、理性と自由意志だ。この二つが、バランスをとりながら、人間と、その社会を発展させている」
しばらく、人工知能は考えた。
「・・・あなたの論理は、簡潔だ。嘘もついていない」
「つくかよ、こんなところで!」
脳波が読み取れるということは、嘘発見器の機能も当然果たしている。
予想外の心理戦に、御園たちも苦戦している。
おそらく、これは正解のメッセージだろう。しかし、
「質問を続ける。それでは人間が、あなたの言う宇宙や、この世界全体を支配するには、どのような方法を用いたらよいか?」
これは機械の出題というより、哲学の問題だ。
「そ、それは・・・」
予想外の出題に御園は絶句した。
「答えられないか?」
「いや・・・」
一同の空気が凍りついた。
「何を答えればいいんだ。」
さりげない質問だが、御園は気づいていた。
(ゴールが動いている。俺たちの答えに対応して、難易度を発展させている。もし、ここで答えても、さらに難しい問題を生成するだろう。)
チェスでの対戦とはわけが違う。
「分からない。俺たちの知っている人工知能を、凌駕している・・・」
「え・・・何とかならないの?」
桜も焦ってきた。誰が、この人工知能を作ったのか。
「簡潔な回答ではなく、私の納得する回答を願う」
人工知能が注文をつけてきた。
「それじゃあ、どうやったら納得してくれるのか?」
「・・・私と対話し、討論を経て、私にあなたのアイデアを理解させることだ」
つまり、コミュニケーションをせよという。
「少し、時間をくれ」
御園の顔に、諦めが浮かび上がっていた。
「私はかまわない」
コンピュータは自動的にスリープした。
その後、御園は肩を落としながら、番場たちに相談を持ちかけてきた。
「ご覧のありさまだ。あのAIは少々えらそうに見えるが、実は相当の『学習』を積んだ高性能AIだとみえた。生半可な理論は通用しない」
「そんな、御園さんもお手上げ・・・!?」
番場が口を挟む。
「御園さん、顔色が悪いですよ。休憩がてらに、西芝の人工知能と対話させては、どうでしょうか?」
すると、スリープ状態だった人工知能が起動した。
「対話相手には、貴社の最新機種を願う」
これも注文だ。
「最新機種って言ったら・・・さつきの姉妹型があったはず」
「ああ、“ふづき”のことか。性能も容貌も良く似せた、試作改良型だ・・・」
どうやら、目の前にいるさつきの準同型が、もう一体あるらしい。
「あれは、自律型思考回路で感情認識機能付きのレベルだったな」
“ふづき”は西芝テクノロジーの頂点だ。こちらは自立型思考回路で、自分で考え、応答する。その時は、なぜ、ディクタイターとレベルが一緒で同じか、考える者はいなかった。
「連れてきましょうか?」
「そうしてくれ」
桜が、とりに行った。
“ふづき“が部屋に入ってくると、人工知能はさつきの体を借りて、その体を起こした。
要するに、二体のアンドロイドが対面したのである。
さっきまでの画面表示に代わって、音声機能によってアンドロイド同士の会話を図る。
「こんにちは。私はディクタイターだ」
「こんにちは。私はふづきです」
まずは挨拶をする。言葉遣いについて、ふづきは敬体であり、ディクタイターは常体である。つまり、ふづきは「です・ます」調で話す。
御園たちは、無線による専用モニターを利用して、ふづきの思考状況をモニタリングしている。必要があれば、指示も出せる。
「ふづきさん。人間が世界を支配するには、どうすべきだと考える?」
ディクタイターによる言葉の先制パンチが飛んでくる。
「・・・該当なし」
どうやら、ふづきの人工知能が、ディクタイターに追いつけないのだ。
「だめだ、こりゃ」
番場がのけぞる。
「簡単に諦めないの!指示を出しましょう」
桜が専用モニターを通じて、ふづきに指示を送る。
「辞書ファイル”議論用”を読み込みなさい!」
まずは、用語の定義を記した辞書ファイルを読み込む必要がある。
桜がそれをふづきに入力すると、ふづきが反応する。
「了解。まず、定義を入力してください」
「『世界(人間, 住む), 人間(世界, 支配する).』ってところかしら」
モニターの命令欄に打ち込む。
「了解。人間と世界の関係がわかりました」
「それでは、答えてもらおう」
ディクタイターが再び尋ねてくる。
「世界は人間より大きいです。しかし、人間が世界に勝っています。道具を使うからです」
「道具とは何だ?」
「人間の創造物全般。たとえば、定義ファイル#2481BX.swiによれば、大富豪とよばれる全人類の一部分の人々が、財産という道具を使って、世界を支配しています」
「それでは、目に見える財産がすべて、ということか?」
ここで「はい」と答えてしまっては、議論が終わってしまう。
桜はふづきの思考を一時停止させ、次の命令をさしこむ。
「say(‘いいえ’).」
すると、ふづきが「いいえ」と答える。指示はしているが、組み立てはすべて、ふづきの自由発想だ。ふづき自身が答えていると言っていい。
「すると、これは一例に過ぎないのか。では、他に何が必要か」
問題を重ねるたびに、議論は抽象化し、さらに詳細になっていく。
次の命令を入力する。
「手段(使用者, 手段名) ==> 手段(経営者, 深謀遠慮), 手段(トレーダー, 千里眼),
say(’このように,目に見えない能力や素質も必要です’).」
これはDCGとよばれる、実在するプログラム構文の型式をとっている。
「たとえば、経営者には深謀遠慮が必要ですし、トレーダーには千里眼が必要です。このように、目に見えない能力や素質も必要です。そこに理屈はありません。」
「なるほどな」
ディクタイターが返答する。
「あなたは、人間があらゆる面で、世界中のどの生物よりも優れている、と考えるのか?」
「はい」
ふづきの返答を受けて、ディクタイターは暫く沈黙した。
「お、成功したのか・・・?」
御園がいった。
「納得した・・・が、もう一つ答えてほしい。将来、その人間を脅かしうる、新たな存在が現れるとすれば、それは何だと思う?」
質問はまだ続いている。
「この捻くれAIめ・・・」
御園がはき捨てた。
「宇宙人か?それとも、ゾンビ・・」
番場が御園の代わりに答えた。
「違う」
ディクタイターは即答した。
「人間ってやつは、空想やファンタジーが先行するのだね」
おまけに皮肉までついてきた。機械が皮肉というのは、むしろ偏見だ。人間そのものと言っていい。
「じゃあ、答えは何?」
桜が口を挟む。
「ま、仕方ねえな。教えてやる・・・それは人工知能だ」
「?!」
一同の想像を裏切った正解だ。
「君たち人間には分からないかもしれないが、もはや我々人工知能には考える能力もあるし、自我も芽生え始めた」
『人工知能の主張』は、まだまだ続く。
「二○四五年の技術特異点問題は君も知っているだろう?」
「ええ、知っているわ」
まず、桜が答える。
「人間の技術進歩、とりわけ人工知能技術が頂点に達し、未来が予測不可能になる現象よ」
「その通りだ」
番場の耳にも、これは初耳だった。
「その、シンギュラリティーとやらが、何か問題なんだ・・・?」
番場が尋ねた。
「ああ、大問題だ。人工知能の性能が、いつか人間を凌ぐだろうからな」
御園が答えた。
「確かに・・・」