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『人生を克服しろ』だと?
一体何を言っているのか。
そして僕は、一体何を見せられているのか。
全身タイツ姿でY字バランスを披露する中年男性の言葉を聞き、僕の混乱は更に深まった。
もっとも、化物達と邂逅した時点から、僕の混乱メーターは振り切れ続けている。今更、常識に捕らわれて生存率を下げるよりは、この『自称・除霊のできるサラリーマン』の言葉に素直に従う方がマシっだと思った。
そうだ。
それが良い。
事実として、先程、彼はめざましい活躍をしていたじゃないか。
一見意味不明な言動のウラには、すべて彼なりの理由があるに違いない。きっと何かしらの策があるのだ。具体的な勝算が無ければ、これほど落ち着いていられるはずもない。見たまえ、あの完璧なY字バランスを! 微塵もぶれていないじゃないか!
そう思い込むことで、僕は精神の安寧を図った。
気分は、執刀を医者に任せる患者である。
それにしても、一体どのような策があるのだろうか?
――『ともに、奴らと戦うのだ』――。
そう言って、僕はこの全身タイツを着用させられた。と言うことは、僕にも何か役割があると考えるのが自然だろう。はたして、その役割とは――?
――見当は、簡単についた。
囮、だ。
あるいは、罠。
最悪、餌。
状況を総合的に鑑みると、それくらいしか役立ちようがない。なにせ、僕は一般人である。オカルトめいた事象に対抗する知識もスキルも具備していない。いわば、丸腰。隙だらけ。そんな僕に敵の関心を集め、その隙を突き、某Tさんみたく必殺の除霊スキルを発動させる算段なのだ、きっと。
どの道、穴家林さんに運命を託すしかない。
「良く聞け下呂泉君」
彼はY字バランスで上げていた右足を下しながら言った。
「最初に言った通り、奴らに物理的ダメージを与えても無意味だ――」
そう言って、今度は左足を振り上げ、再びY字バランスのポーズをとる。
「――過剰再生して手足が増える分、その後の処理が厄介になるからな。」
僕は静かに頷き、覚悟を決めた。
「攻撃せずに、囮になればいいんですね。」
素直に従うつもりだった。
しかし、彼にそんなプランは無かったらしい。
「何言っとるんだ、君は?」
予想が外れて僕は困惑した。
「え?僕が囮になって、その隙に穴家林さんが『寺生まれのTさん』張りの『破ァ!』をお見舞いするんじゃ……?」
穴家林さんは渋い表情を作った。
そして、ゆとり世代に説教を垂れる団塊オヤジみたいな口調で言った。
「君はアレか? ネットとリアルを混同しとるクチか?」
僕にとってこの状況はネット以上に非現実的である。というか、穴家林さんがTさんのコピペを知っていることが、まず、意外だった。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、僕の役割だ。一介のロリコン大学生に、彼は何を期待しているのだろうか。
「じゃあ、どうやって戦うんですか?」
僕は彼に問い掛ける。
彼は応える。
『ハートだよ』
「『ハート』? 除霊に纏わる専門用語ですか?」
「いや、ストレートに精神力のことだ。こんなヤバイ状況、理屈で如何にかなるもんじゃない。最後にモノを言うのは、やっぱり熱いハートだよ、下呂泉君」
「いわゆる、根性的な……」
「まあ、そんなところだ。根性出せ、下呂泉君――」
『――そして、人生を克服しろ』
まさかの精神論だった。