6
時刻は深夜。
場所は帰れない通学路。
全身タイツの男が二人、並んで仁王立ち。
一人はサラリーマン霊媒師。そして、もう一人はロリコン大学生。
決戦に備え身構える我々の姿は、さぞかしシュールなものだっただろう。
「来るぞッ」
穴家林さんが睨みつけた。
僕も目を凝らして前方を確認した。しかし、目前に続く無限の小道の先には、途方もない暗黒が立ち塞がっている。通常人の視力では、とても気配の正体を視認するに至らなかった。
「み……見えないっす……サーセン……」
「ビギナーは生地を透かしてみると良い。」
僕は言われた通り、額の部分の生地を鼻先のあたりまで伸ばし、目を覆った。
すると、徐々に視界が開けて行った。
やがて、ぼんやりと異形の姿が明らかになってくる。
ピンホール眼鏡的な原理なのだろうか。それともNASA的なハイテクなのだろうか。はたまた、オカルト的な効果なのだろうか。その仕組みは不明である。しかし、とにかく事実として、視力が飛躍的に向上していった。
「スゲー」
見える。
どんどん、見える。
視覚の明確度が上がってくる。
それに伴い、覚える違和感が増長した。
――何かがオカシイ。
いや、最初っから最後まで全部オカシイのは百も承知だ。
だが、何と言うか、オカシサさの感触が異なっている。
どうも、出鱈目な動きに見える。
それが、違和感の根源だった。
曲がりなりにも、『奴ら』のフォルムは人型だった。そう記憶している。
頭と、
体幹と、
四本の肢。
それらで成り立っていたはずだ。しかし、視界に映るその挙動は、そうした記憶とは整合し得なかった。
(こんな動きは見たことない)
奴らは走っていなかった。
とはいえ、歩いている訳でもなかった。
珍妙不可思議な挙動で、ソレは迫ってくる。
それでいて、追撃のスピードは凄まじく見える。
集中して目を凝らすと、奴らの形状の詳細が把握できた。
実に、不穏な事実が判明した。
「手、手足が増えてますよ!? あいつらッ」
視覚的なおぞましさに磨きがかかっている。
穴家林さんに付けられた傷口や切断面から、新しい腕や脚が伸びている。
それらを闇雲に動かしながら、アスファルトの上を這っているのだった。
ネットでたまに見かける『ホモォ』のアスキーアートをグロテスクかつ凶悪にしたような戦慄のヴィジュアルである。
僕は震え上がった。
対照的に、穴家林さんは落ち着いている。
というか、落ち着きすぎている。
なんか、準備体操とかしてる。
Y字バランスとかしてる。
ストレッチではない。
もはや、パフォーマンスの域に達している。
「なあ、下呂泉君」
「な、何ですか?」
「一つだけ、これから、君に要求したいことがある。聞いてくれるか?」
とても恐れ多くて拒絶できなかった。
「はい……何でしょうか……」
彼はY字バランスのまま僕に向き直ると、言い放った。
「克服してくれ」
一体、何を克服しろと言っているのだろうか。
そう思い、言葉に出して問いかける。
「恐怖を、ですか?」
彼は静かに首を左右に振った。
そして、告げる。
『人生を、だ』
言って、彼はニヒルに微笑んだ。