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――――「裕子ちゃんッ」スパーンッ「ンハァッ」「ユウコちゃんッ」スッパーンッ「ひゃうッ」「ユウコちゃァんッ」シュバーンッ「ハグゥッ」「ユウコCHANッ」ビシュバーンッ「ヒギィッ」「ユゥウコォCHAAANッ」ドバシューン「んギュッ」「ユッ・ウッ・コッぢゃぁぁああああああああン」ビシュシューン「ぽメラッ」「ユゥゥウウゴォオオオCHAァァアアNNNNNNNN」シュベバッシャーン「アギャア!」――――。


 まるで予め示し合わされたかのようなコンビネーションだった。穴家(けつげ)(ばやし)さんが「裕子ちゃんッ」と叫ぶ度に、長谷田は僕の尻は打ち据える。穴家林けつげばやしさんの声音が昂ぶるほど、長谷田の手にも力がこもる。

 理不尽なことこの上ない。

 不可解なことこの上ない。



 傍から見れば地獄絵図だっただろう。

 なにせ、鬼に折檻を受けているのだから。

 しかも、変態に煽られているのだから。

 親が見たら泣くだろう。

 何も知らぬ子どもが見ても泣くだろう。

 そんな凄惨な光景だったはずだ。


 涙はとめどなく溢れ出る。それは、痛みや恐怖だけに由来する涙ではなかった。羞恥心や情けなさが綯交(ないま)ぜにされてた、絶妙な涙だった。

 不意に、奈良の十津川市で暮らす祖母のことが思い起こされる。リウマチで手が痛むにもかかわらず、受験本番になる冬に向けてセーターを編んでくれているらしい。そのことを思うと、また別種の涙がこみあげてきて、僕は慟哭を堪えられなかった。

 

 しかし、このとき不思議なことが起こった。

 今更なにを不思議がる必要があるのかと思う人もいるだろう。

 だが、こればっかりは不思議で仕方が無かった。


――――嬉しくなってきたのである。


 それは事件だった。

 僕の内面で起きた大事件だった。

 ケツをシバかれて喜ぶだなんて、どうかしている。だけど僕は、自分の中に眠る、一つの欲求を理解し始めていた。理解しつつ、理性がそれを拒んでいた。それでも、心はどこまでもそれを求めているという、実にアンビバレントな精神状態に、僕は陥っていた。

 しかし、それがまた心地イイのだった。


 みっともない恰好で、身動きすらとることが出来ず、理不尽にも尻を叩かれ続けるという状況にありながら、どういう訳か、ハッピーだった。

 その心境は、この日体験したどんな不可思議よりも不思議なものだった。


 なぜだろう。

 鋭い痛みの中に、安らぎを感じる。

 まるで、聖母の胸に抱かれるような心地よさを感じる。

 痛みと衝撃が大きいほど、彼女に受け入れられているような安心感を覚える。

 みっともなくて醜悪で矮小な自分自身が、どんどん浄化され、許されて行くような気分になる。


「ありがとうございますッありがとうございますッ」

 

 そんな言葉が自然と零れた。

 長谷田は相変わらず柔和な微笑を絶やさない。

 穴家(けつげ)(ばやし)さんの表情はパンティに覆われて伺えなかった。それでも僕には彼が微笑んでいる事が分かった。唯一見えるその眼には、息子の成長を見守る父親のような慈愛が籠っている。

 

 さながら、僕たち三人が一個の幸福なファミリーであるような気さえしてくる。

 

 そして、ついに――

 

 ――我々は、言葉を超えた世界で解り合った。


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