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更新間隔安定しなくて済みません。
必ず完結させます。
「そう……」
長谷田は言った。
いや、「そう」と聞こえただけで、本当はため息だったのかもしれない。
しかし、そのため息は、どこか落ち着いているようで、何故か悟っているようで、彼女には似合わない穏やかな気配があって、同時に懐かしい子供時代の想いでも想起させるような……そんなニュアンスが含まれて聞こえた。
「長谷田……お前?」
テンションの潮流に弄ばれつつある長谷田に、僕は声を掛ける。
「わかった」
いつもの調子で、彼女は言った。
なにが「わかった」のか定かではないが、その返事には平素の彼女らしい粗暴さが復活していて、僕は少しだけほっとした。
しかし次に彼女が、
「完璧に理解したわ!」
と宣言した瞬間、僕の内心で不安が膨らんだ。
カンペキニリカイ……。
このフレーズを口にするとき、大抵……というか100%、彼女は何も理解できていないのである。いや、理解できていないだけならまだマシな方だ。最悪、彼女は全く逆ベクトルでモノゴトを誤解しており、その後自ら間違いに気付くと、逆ギレしつつ致命的な一撃を与えてくるという悪癖があった。彼女の勉強をサポートするようになって、最低3回ほど殺されかけている僕が言うのだから、これは確かな経験則である。
そんな僕の不安をよそに、長谷田は穴家林さんに向き直る。
そして、彼に対し、こう問い質したのだ。
「具体的に、あと何発ぐらいブチかませばイインよ、オッサン」
「『ブチかます』というのは曙光のことかい?」
「ソレだよ。あのビカァーって光るヤツ」
「今の手応えだと、最低でも20発は必要だな。それも短時間のうちに、一気に畳み掛ける必要がある」
20発。
はたして、その数字の大きさをどう捉えればいいのかは分からない。しかし仮に、曙光とやらが、男の《アレ》と同じ機構で生じるものならば相当キツいだろう。『短時間』が一体どれほどの時間を意味するのかは分からないが、中学生でもそれだけの数を熟すには相当の時間を要すると考えられる。
だが、女性にはその感覚が分からないのか、長谷田は平然と、
「余裕っしょ」
と言い放った。
穴家林さんは口には出さなかったものの、
『えッ?』
というような表情をした。
僕もまた、
『えッ?』
と思いつつ長谷田を見た。
長谷田は平然と言い放つ。
「じゃあ、さっさと二発目いってみようか」
そう言って、ラケットを弄ぶ長谷田の眼には、サディスティックな輝きが灯っていた。
次の瞬間、穴家林さんを虐げにかかった。
流石は長谷田。
なんという加虐的瞬発性!
などと感心している場合ではない。
「オラァッ、オッサン出せよ光! ホラ、ホラ、出せよ!」
そう言って長谷田は穴家林さんの身体をラケットで小突き回す。
僕は小突き回される穴家林さんをやや哀れに思った。普段、予備校でいつも長谷田に小突き回されている自分と境遇が重なり、シンパシーを覚える。
それ以前に、年端も行かぬ小娘にイビリ倒される中年男性というのは、理屈抜きで正視に耐えない。美人局にまんまと引っかかった、哀れな中年を彷彿とさせるからだ。
「やめろよ、長谷田! そんなことしたら出るモンも出ないよ!」
僕は思わず彼女を窘めた。
しかし、彼女は手を休めず、
「え?でも、ちゃんと光ってるよ、ホレホレ」
といって、穴家林さんの股間を示すのだった。
「マジかよ……」
見ると、たしかに、彼の股間は、ほんのりとした輝きを放っている。
――JKにラケットでなじられることにより発動する霊能力――。
そんなものに一命を託すと思うと気が沈んだ。しかし、長谷田の方法が効果的と分かった以上、無下にそれを止めさせることもできない。なにより穴家林さん自身がまんざらでもない表情を示している。時折「あっ」「チョッ」「ソコだめ……」などと呟いて身悶えるだけで、彼女に全てを委ねているようだ。
そうやって、なされるがまま翻弄されているうちに、彼の光はどんどん強くなっていく。やがて、「裕子ちゃん、裕子ちゃん」などと、訳の分からないことを口走り始めた。
「ホレホレ、オッサン。出しちまいなよ、ナァ……出せったら出せよッ!」
そう言って、長谷田がひときわ強く、ラケットを彼の押し付けた瞬間のことである。
「ンぬぐぅッ!」
穴家林さんは低く野太いうなり声をあげた。
途端に股間が強力に輝き、あっという間に我々の視界を奪った。それは、先程プールの中で水柱を上げた時よりも、はるかに強烈な輝きであった。
一瞬にして目がくらむ。
瞼を閉ざしても、顔を背けなければ耐え難い。
それほど強烈な光の洪水に、しばしの間、|視界が光に塗りつぶされる《ホワイトアウト》。
やがて、すぅっと光が収まり、我々は視覚を取り戻した。
目が夜の世界に慣れた所で辺りを見渡す。
「あれ?」
なんら変化は見られなかった。
「ダメじゃん!」
長谷田は穴家林さんを罵った。
彼は顔をテカテカさせながら息を荒げている。しかし、その表情は非常に満ち足りた物であった。そして、疲労と恍惚の入り混じったアンニュイな微笑を浮かべると、無言で天を指さした。
長谷田は示された空を見上げた。
「何よ……アレ……」
と彼女が呟く。
僕も彼女につられて空を仰いだ。
「アッ!」
思わず声が漏れた。
空の一角に《ヒビ》が入っている。
言葉で言い表すのは困難だが、空間に亀裂が入っているという雰囲気。
白く輝く光のスジがクモの巣状に広がっている。距離感は良く分からない。さながら、亀裂の入った車のフロントガラスから、夜空を見上げているようにも見える。しかし手を伸ばして触れられるような場所には存在していない。安物の3D映像を見ているような違和感を覚える。
「変態性を極限まで高めた一撃だ……。亀裂ぐらいは入ったか……」
そう呟く穴家林さんを見て、僕は初めて、この人を心強く思ったのであった。




