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僕は絶叫しながら臍と耳からケツ毛の束を引っこ抜こうとした。
しかし、植物が地中に根を這わすように、ケツ毛繊維の一本一本が僕の体内に侵食しており、とても抜けそうになかった。無理にでも力を入れれば、ケツ毛ごと内耳や内臓が引っ張り出されそうな感覚があった。
「あひいい! 穴家林さんのケツ毛が、僕と一体化しているうううッ!」
「おっさん、テメェ! 児玉が毛深くなったらどうしてくれるんだ!」
長谷田が見当違いの不服を申し立てつつ、硬式テニスラケットで穴家林さんに殴りかかった。硬化グラファイトのフレームが、彼の鼻っ柱を叩き潰そうかという正にその瞬間、僕は叫んだ。
「待て、長谷田ッ!」
長谷田は動きを止めた。
穴家林さんは不敵に微笑んでいる。
間一髪、長谷田は暴行事件の加害者とならずに済んだらしい。しかし、良く見ると、彼の鼻の穴から鮮血が滴っている。暴行罪を通り越して傷害罪へと発展してしまった。
しかし、今はそんな事どうでも良かった。
――きこえるかい? 児玉君。
自分の絶叫に紛れて、かすかに聞こえる声があった。
それでいて、確かに聞こえる声があった。
「漸く聞こえたか、少年」
穴家林さんが鼻血で濡れた唇を震わせて言った。
「なんだよ! あぁん? この期に及んで、この変態糞親父の肩を持つって言うのかよ!」
長谷田が息巻いている。
そんな二人に、ぼくは返答できなかった。
ケツ毛イヤホンから聞こえる不思議な声音に聞き入っていたからだ。
――ぼくだよ。
――浜名だよ。
「浜名って、あの浜名望夫……もっちー……モッチーなのか!」
――そうだよ、ぼくだよ。
――モッチーだよ。
「生きていたのか、モッチー」
――死んでいるよ。
「幽霊ってことか? まさか、そんなことが本当にあるとは。しかし、この状況下では信じざるをえないな。というか、ひょっとして、君がこの青春砂漠の正体なのか?」
――ちがうよ。
――それは、ヒドイ誤解だよ。
――どちらかというと、むしろ僕は被害者だよ。
「ナニッ?」
――少し前、僕も青春砂漠に憑りつかれたんだ。
「まさか、それが原因で川で溺死してしまったというのかい?」
――そうだよ。
――僕は青春砂漠に憑りつかれて、盗撮マニアになってしまった。
――あの日、僕は、川の中から橋の上に居る同級生のパンティを盗撮しようとして、溺れちゃったんだよ。
「お……おう。そうか。大変だったな。しかし、君が既に死人ということは、このケツ毛イヤホンは、今、天国と繋がっているのか?」
――ちがうよ。
「じゃあ、このイヤホンは、一体どこに繋がっているというんだ?」
――児玉君の、お腹だよ。
「いや、それは見ればわかるのだが……」
――見ての通りだよ。
――僕は今、君のお腹の中に居るんだよ。
「なんだって?」
――青春砂漠に殺害された僕は、天国にも地獄にも行けなかった。
――浮遊霊となった僕を、青春砂漠は怨念の材料として取り込もうとしたんだけど、僕は鋼の精神力でそれを拒んだんだ。
「鋼の精神力?」
――そうだよ。
――ぼくは、君が知っている頃のぼくよりも、随分強くなったんだよ。
――《浮遊霊になって、自由気ままに婦女子のプライベートを浸蝕したい》という強い意志によって、ぼくは怨念となることを免れたんだよ。
「そうか。それは何よりだ」
と言いつつ、『単に浜名君は青春砂漠とは無関係な変態だったのではないか?』という疑念が脳裏を過った。しかし、それを口にすると、逆ギレした浜名君に内臓を食い破られる恐れがあるので、黙っておいた。
「しかし、怨念化を免れて、どうして僕の腹の中に入ることになったんだい?」
――君に協力するには、こうするしかなかったんだ。
「協力?」
――そうだよ。
――いろいろな高校のJKを視姦して回っているうちに、僕は気付いたんだ。
――児玉君に、とても厄介な青春砂漠が接近していたことを。
――どうにかして、知らせようとしたんだけど、生憎ぼくは幽霊になってしまった。だから、普通に話しかけることが出来ない。
――《虫の知らせ》を駆使して合図を送ったりもしたけれど、まったく気付いてくれなかった。
「ごめん。虫嫌いなもんで……」
――そうこうしているうちに児玉君が憑りつかれちゃって『うっわ、やっべぇ!』と焦っていた時に、穴家林さんに出会ったんだ。
――穴家林さんはバリバリの霊能者だから、僕のメッセージをきちんと理解してくれた。そして、君がいよいよ危ない時には、必ず救出すると約束してくれたんだ。
――そんなこんなで色々あって、今日、穴家林さんは曙光を放った。
――それに巻き込まれそうなったぼくは、慌てて君の体内に逃げ込んだという訳さ。
「そうなのか。僕を救おうとしてくれたことについては、素直に感謝するよ。それにしても、旧友が腹の中に居るというのは、どうも落ち着かないな」
――出て行って、ほしいの?
「ぶっちゃけ、その通りっす」
――それは出来ない相談だね。
「なぜ?」
すこし思わせぶりな浜名君の口ぶりに、僕は少し警戒した。
旧友とは言え、浜名君は亡者である。
それも、変態性欲を抱えた亡者である。
ややもすれば、この肉体を乗っ取られるかもしれない――そういう不安が、少なからず存在していたのだ。
しかし、次に浜名君が繋いだ言葉が、僕の不安を一掃した。
――いざとなったら、僕が身代わりになる。
――そのためには、体内に居るのが都合がいいんだ。
――中学の頃の恩返し、結局できないまま死んじゃったからさ、これがぼくにとって、最後のチャンスなんだよ。
「おい、モッチー、君は一体なにを……?」
――今度は僕が守るよ。
――児玉君と、長谷田さんを。
――この魂と引き換えにね。




