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正直、僕は穴家林さんが言っていることを信じることが出来なかった。いきなり霊だの結界だの、そんな胡散臭い単語を連発されて易々と納得できるわけがない。
もっとも、現に僕は数々の不可思議体験を経ているのであり、信用の余地が皆無というわけではない。「ヌポッチャの狂気」だけならともかくも、「達磨さんが転んだ時空」に言及するような内容も伺えた。前者については現場を目撃することも出来ただろうが、前者、すなわち「時間感覚の異常体験」については、僕の口から説明しない限り知り得ない内容だ。それを知っているとなれば、あながち出鱈目とは断言しにくい。
それに、先入観で全てを否定して人の話に耳を貸さないというのは僕の性分に適さない。とりあえずは、彼の言い分が真であることを前提に論議し、矛盾点にぶつかってから追求するのが合理的かつ建設的だと思った。
「穴家林さん。あなたはいわゆる霊能力者――なんですか?」
僕は問答を通して、穴家林さんが真に信用に足る人物かどうかの判断を試みることにした。
「霊能力者をどう定義するかによるが、悪霊を退散させる能力者を意味するなら、私は間違いなく霊能力者だ」
回りくどい言い方ではあるが否定はしない模様である。
「その……悪霊を退散させる能力っていうのは、さっきのピカッて光るヤツのことですか?」
「いかにも。あれは曙光といって、邪気を払う作用がある」
「そして、この空間自体が青春砂漠とかいうオバケ――いわば、悪霊なんですよね」
「その通り。物わかりが良くて助かるよ」
「そこで提案っていうか、素朴な疑問なんですけれど、この空間自体がオバケなら、手当たり次第曙光を打ちまくれば、青春砂漠とやらを撃退できるんじゃないですか? 敵が空間自体なら、空間内での攻撃はいずれも直撃するように思うのですが、何故そうしないのですか?」
インチキ霊能者なら『今は調子が悪い』とか言って誤魔化すだろう。あるいは、もっともらしい小理屈を並べ立てて正当化を図るはずだ。前者なら信頼性はその時点で乏しいと判断できる。後者の場合は、更に小理屈の矛盾点を指摘して行けば、いずれボロが出るはずだ。
僕はことさら穴家林さんの瞳を注視した。未だ完全な信頼を得ていないということを勘付かせるために、あえて訝しげに振る舞う。
「君の言うことにも一理ある。しかし、考えてみてくれ。空間はこれだけの容積を有している。残念ながら私の曙光の射程距離ではカバーしきれない。絶対的な威力を持つ攻撃でも、本体が希釈していれば、その効果も相対化されてしまう。曙光を乱発しても、私がテクノブレイクを起こす方が先だろう」
「テクノブレイク?」
意外なワードが登場して僕は少し驚いた。聞き間違いかとも思ったが、穴家林さんはご丁寧にも復唱してくれた。
「ああ。テクノブレイクを起こしてしまう」
テクノブレイクとは性ホルモンの過剰分泌により身体に異常をきたすことを意味する。主に自慰行為に耽る男性を揶揄するためのネットスラングだ。はたして除霊と性ホルモンにいかなる関係があるのか理解に苦しむ。矛盾点がどうのこうの言っている場合ではない。
そんな僕の混乱を見越したのか、穴家林さんは次のように続けた。
「曙光は変態性欲をその根源としている。一般的に悪霊とは『生』とは逆ベクトルの存在であり、『生』に根差した精神エネルギーに弱い。『性欲』はその典型例だ。変態性欲とは究極の『生』たる『性欲』を『変態性』により斜め上に昇華させたものであり、大抵の霊的存在に致命的ダメージを与える。」
小理屈を畳み掛けてきた。彼がインチキ霊能者ならば、先程の例で言う後者のパターンだ。しかし、その小理屈がまさかの『変態性欲』ときたもんだ。ツッコミどころが多すぎて、どう指摘すればいいのか分からない。
僕の困惑を知ってか知らずか、穴家林さんは話を続ける。
「ただし、相手が生霊の場合には若干効き目が落ちてしまう。生霊は死霊と異なり『生』のエネルギーに耐性がある。だから、本来は呪術の類で対抗するのが定石なのだが、私は自分の変態性欲に絶対の自信を持っていた。『性欲』は奏功しなくても、『変態性』は生霊にも十分作用するからね。しかし、それが慢心だった。」
そう言って、穴家林さんは表情を曇らせる。
「生霊? 生霊だったんですか?」
「生霊だったというか、曙光により死霊が淘汰され、純粋な生霊だけが残ったと言う方が正確だろう。青春砂漠の怨念は、いわば生霊と死霊の混成体だからね。駆逐し損ねた生霊が、結界の中に希釈するという方法で逃げていったというわけだ。相手が亡者ならばこの状態でも致命傷を与えられるのだが、生霊となると話は別だ。とても1発や2発では倒せない」
「ちょっと、頭痛くなってきました……」
そう言って僕は力なく項垂れた。単なる嘘や詭弁なら、やりようによっては相手の真意を見抜けるだろう。だが、穴家林さんの話はシュール過ぎる。彼が真面目に話しているのか、ふざけているのか、それすらも判断しかねる。
そこで、僕はアプローチを変えてみることにした。
彼が正真正銘の霊能者であったとしても、「青春砂漠」なる生霊が実在するとしても、それだけでは解せない点がある。
僕は思い切ってい聞いてみた。
「それにしても、あなたはどうやって僕等のピンチに遭遇できたんですか?」
言った後で気付いたのであるが、この質問はなかなかクリティカルである。偶然通りがかったとも考え得るが、それでは話が出来過ぎている。また、単に二学期の始業式からずっと僕の動向を見守っていたとしても、それはそれでヤバイ。ややもすれば、彼が「青春砂漠」とやらを焚き付けたという可能性だって否定できない。そうなってくると、本当の敵は穴家林さんだということになってくる。
僕は少し緊張しながらも、穴家林さんの応答を待った。
彼は答えた。
「それはだね、浜名君が教えてくれたんだよ」
「は、浜名君?」
意外な名前だった。それゆえに、僕はまたしても面食らった形となり、二の句が継げなくなってしまった。この辺りのメンタリティの脆弱さは、長谷田を見習って克服しておきたいものである。
しかし、それだけでは済まなかった。穴家林さんは、更に意外な行動に打って出て、僕の動揺を誘ったのだった。
「その点については、本人に聞いてもらった方が良いだろう」
そう言うと、穴家林さんは、何処からともなく黒い紐のような物を取り出した。途中から二股に分かれていて、先端には空豆大の黒い毛玉がついている。
「何ですかこれ?」
「イヤホンだ。とりあえず装着したまえ」
僕はそれを受け取って、言われた通り装着した。イヤホンというか、太めの繊維を縒って作った毛糸のような質感である。
「なんだか、ゴワゴワしますね」
「そりゃそうさ、だってそれは私のケツ毛を縒って作ったイヤホンだからな」
なにか恐ろしい事実を聞かされた気がするが、その意味を理解するよりやや早く、穴家林さんは僕の臍に指を捻じ込んだ。痛みは無いが、こそばゆい。見ると、臍からケツ毛イヤホンのコードが伸びている。臍からケツ毛の束が伸びて、僕の耳と繋がっている。恐ろしい事態である。
「ウワァァァアアアアア!!!」
絶叫する僕をよそに、穴家林さんは囁いた。
「Welcome to Underground」




