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穴家林さんは、右手の人差し指を僕に、左手の人差し指を長谷田に向け、言った。
「児玉君、それに長谷田さん。私は、君たちが羨ましい」
彼は、両手の人差し指を、今度は自分の両乳首にあてがい、小刻みに震わせはじめた。
一見破廉恥なその行為は、不思議な神聖さに満ちていた。しかし、長谷田にはそのあたりの繊細微妙な気配が感じ取れないらしく、「やっぱ、いっぺん殴るわー」と呟き、固く握りしめた拳をグルグル振り回し始めた。
「アンパンチかよ!」
僕は慌てて、両手で、荒ぶる長谷田の拳骨を諌めた。必然的に、オポンティーヌが露わになった。だが、今度は穴家林さんが、僕のオポンティーヌを両手で覆ってくれたので、事なきを得た。
穴家林さんは、僕のオポンティーヌを隠したまま話をつづけた。
***
穴家林さん、再度かく語りき。
「児玉君。
君はものすごく運が悪く、同時に、ものすごく運が良かった。
乏青春症候群のなかで、もっともタチが悪いのは、変態性の高い症状だ。
つまり、この点において、君は運が悪かった。
なぜそう言えるのかというと、変態性欲とは、あらゆる青春を暗黒色に塗り替えてしまい得るからだ。
たとえば、青春砂漠に魅入られた少年にガールフレンドが居たとしよう。ガールフレンドが居るというだけで、その少年の青春性は、ある程度のポテンシャルを保有していると言える。しかし、そのガールフレンドが、彼氏に愛想を尽かしてしまった場合、そのポテンシャルは雲散霧消する。そして、変態性欲は、いともたやすく、通常人の生理的嫌悪感を惹起して、恋愛関係を修復不可能なレベルにまで破壊してしまうのだ。
これは、君達の様な幼馴染の関係性においてもあてはまる。幼馴染の有する青春的ポテンシャルの高さは、あえて言及するまでもないだろう。だが、変態性欲はそんな強固な関係性すらも、容赦なく破壊する。たとえ、それが漫画『タッチ』の上杉達也と浅倉南レベルの幼馴染でも、ひとたび変態性が介在すれば、二人の青春は早急に終わりを告げる。
仮に、達ちゃんが肛門に氷を挿入していたとしよう。そして、その現場を南ちゃんが目の当たりにしたとしよう。そうなれば、翌週には、彼女は隣町に引っ越してしまうだろう。もはや永遠に、上杉達也は浅倉南を甲子園へは連れて行けない。
けれど、君達は違った。
長谷田さん。
君は、本当にイイ女だよ。
児玉君の運が良かったところは、長谷田さんという幼馴染を有していた点だ。
通常の婦女子ならば、尻尾を巻いて逃げだしかねない様な圧倒的変態性……それを見せつけられながらも、長谷田さんは児玉君を拒絶しなかった。逃げるどころか、ヌポッチャの狂気に立ち向かう勇気と胆力を持っていた。加えて、田所君を正気に戻したいという強い意志があった。
これらのメンタリティを背景に、田所君を無慈悲に暴行することによって、やや変則的ながらも、青春性を高めることに成功したんだ。
かくして、青春砂漠は児玉君から引き剥がされ、正気を取り戻したって訳さ。
ただ、今回の相手はイレギュラーだった。
本来、青春砂漠は人の精神に作用するのが関の山であり、物理的な零障を起こすことはない。しかし、田所君に憑りついた青春砂漠は一旦田所君から祓われるや否や、強力なポルターガイストをもって君たちに襲いかかった。
それが先程の津波だよ。
これが全く予想外の事態でね、こんな事態にすらならなければ、私の出る幕ではなかった。早く家に帰って、娘とSMAP×SMAPを見るつもりだった。
私の存在自体も、本来はイレギュラーだからね。
面倒事はなるべく当事者に解決させるべき、
というのが私のスタンスだ。
だが、霊障が発生した以上そんな悠長なことを言っていられない。やむなく、介入せざるを得なくなったというわけだ。
かくして私は焦りつつも君達を救出し、曙光で除霊を図った。
しかし、それもうまく行かなかった。
今回はただのイレギュラーではない。
イレギュラー中のイレギュラーといえる事態だったんだ。
青春砂漠は自らを構成要素とする『結界』を展開した。つまり、自身を限界まで希釈することで、私の曙光の直撃を回避しやがったんだ。
この無限プール地獄こそが、その結界だ。
プールがループなんて、味な真似をしやがるぜ。
ちなみに、結界の展開は霊障の中でもかなり高等な部類に属するから、雑念の多い青春砂漠風情が実行できるものではない。
よほど強烈なの喪男と喪女の怨念が溜まっているのか――、
――あるいは君たち二人に個人的な怨恨があるものと考えられる。
もっとも、敵はこの空間に擬態するので精一杯らしい。
私がプールで無防備に個人メドレーをしている間全く霊障が発生しなかったのがその証拠だ。
結論としては、我々は単純に閉じ込められたというだけらしい。
換言すれば、現在敵は防戦一方。
今度は我々が攻める番だ。」
そう言って、穴家林さんは不敵に微笑んだ。




