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7月14日(火)27:05頃。


―― 懐かしいお話である。


 夕方、日没前の学校で忘れ物を取り、日没後に学校を出ると、『帰れない通学路』に飲まれてしまう。そして、飲まれた者はその無限地獄で永遠に迷い続けることになる――という怪談だ。

 子供の頃は大して怖くは思わなかったその話であるが、今思い出してみると妙に恐ろしい。きっと、自分が置かれている状況に類似しているからだろう。

 実をいうと、僕は小学校に向かう途中だった。その途中ヤンキーに出くわし、迂回ルートとしてこの一本道に迷い込んだ。小学校に向かう途中の道なのだから、ある意味この道も『通学路』に該当すると言える。

 

 ひょっとしたら、他にも『帰れない人』が居て、この一本道を彷徨っているのかもしれない。


「フヘヘッ。笑っちゃうよ、まったく」


 僕はわざとらしく噴き出し、独り言を垂れた。

 冷静に考えて、そんな怪談みたいなことが現実に起こるはずがないからだ。

 ――これはきっと、連日徹夜でPCゲームに挑み続け、疲れ切った僕の神経が見せる幻なのだ。

 そう、無理にでも思い込もうとしたのである。

 その、矢先。


 ――――ヒタ。

 ――――ヒタ、ヒタ。


 音が聞こえた。

 湿った音だ。


(足音か?)


 僕はアスファルトに張り付いたまま耳を澄ませた。


 ズ、

 ズズ、 


 ヒタヒタいう音の合間に、微かだが衣擦れの様な音も聞こえる。

 断定はできないが、人の気配によく似ている。

 

 それも、わりと近くに居る。


 僕は考える。

 これだけ静かな場所に居て、足音だけがいきなり聞こえるのは不自然だ。家屋から出て来たなら、それに伴う音も聞こえるはず。例えば、鍵を開ける音。ドアや門扉の開閉音。静寂の中に、それらの音が響くはずだ。しかし、今回そういった予兆は全く無かった。

 と言うことは、この音の主は元々路上に存在していたことになる。

 けれど、それも考えにくい。

 何故なら、僕はついさっきまで血眼になって、脇道や誰か他の人間を求めて彷徨っていたのだ。誰か居たなら倒れる前に気付けたはずだ。

 となると――、

 ――この気配の主は、僕が倒れているわずかな間に、通路上に出現したことになる。


 それも、忽然と。


 ゾクっとした。

 確かに、寂しい、人恋しい。この状況で、自分以外の誰かに出会えるのは僥倖ともいえる。しかし、それはあくまで出会った『誰か』が人間の場合である。

 

 振り向いた瞬間、髪の長い半透明のお姉さんがずぶ濡れの体で『ウラメシヤ』なんてしてたらどうしてくれよう。

 

 ベタベタの展開である。

 フィクションじゃあ見飽きてしまったパターンである。

 でも、それが現実に起こったなら、想像を絶する恐怖に他ならない。

 トキメキとは別種の作用で胸が高鳴ることは確実だ。下手すると心臓が梅干しみたいに縮こまって脳味噌へ血が回らなくなる可能性もある。卒業論文も書けていないというのに、酸欠でボケるわけには行かない。どうせボケるなら色恋沙汰でボケてしまいたい。相手がオバケなんて真っ平御免だ。

 

 僕は地面にオデコをくっつけて、体中の神経を束ねて両耳に繋いだ。

 音は断続的に聞こえている。しかも徐々に近づいている。


 いつまでも倒れているべきでなかった。

 ややもすれば、気配の主は件のヤンキーという可能性もある。だとすれば無防備に後頭部と尻を晒し続けるのは得策でない。酸欠でボケるのは仕方ないとしても、命と純潔だけは守り抜かなければならない。相手が変態ヤンキーなんて真っ平御免だ。


 そして僕は覚悟を決めた。



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