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穴家林さん、かく語りき。
「ここは青春砂漠だ。
砂漠といっても、君達にはピンと来ないだろう。なにせ、水なら潤沢過ぎる程に存在しているのだからな。
この砂漠を砂漠たらしめている要因……。
君達が、それに気付くことが、ファーストステップと言える。
面倒臭い説明を端折って言っちまえば、青春砂漠ってのは生霊であり死霊でもあるものだ。それも、とても攻撃的で、それでいて、とても静かな怨霊だ。
満ち足りた青春を過ごせなかった者は、自らの過去に未練を残す。その遺恨みたいなモノが堆積し、人に害悪をなすまでに至ったモノ……それが、青春砂漠。
この砂漠に足りないのは水ではない。
時間だ。
それも、ただの時間ではない。
あらゆる意味で、充実した時間……ソレが絶望的に欠乏しているんだ。
代わりに、どうしようもなく無駄で、無意義で、非常に非生産的な時間が充満している。
まるで、オアシスから遠い砂漠の大地に、夥しい砂が充満しているかのようにね。
害意を伴った、無駄な時間の塊――それが青春砂漠の本質だよ。
青春砂漠は充実した青春の気配を察知すると、瘴気を撒き散らす。そして、その瘴気はこの世のすべての青春を台無しにする方向に作用する。部活や恋愛、勉強、その他何でもいい。とにかく有意義なことに心血を注ぐ若者の精神に働きかけ、その青春を台無しにする。
この作用によって青春を侵食された者が呈する症状を『乏青春症候群』という。
乏青春症候群の症状は多様であり、一般化して説明するのは難しい。単にうつ病のような生気の枯渇をきたす場合もあるし、逆に意味不明な衝動とバイタリティに満ち溢れて不可解な行動に走るケースもある。共通していえるのは、いずれの症状であっても、発症した者の青春は無価値で無意義な時間の集積に作り変えられてしまうということだ。
かくして青春を台無しにされた人間の無駄な時間が堆積し、青春砂漠は成長して行くのだ。
少年よ。
たしか、児玉君と言ったか。
君はその青春砂漠に憑りつかれ、乏青春症候群を発症していたって訳だ。
それも飛び切り凶悪なタイプの症状をね。
端的に言えば、瘴気の影響で、君の精神はまっ二つに分割されてしまった。そのうち一方は精神世界に幽閉され、他方だけが現実世界に取り残された。
元来一つであった精神が分裂した結果、当然、いずれの精神断片も機能不全を生じる。
おおかた、精神世界の精神は時間感覚を狂わされ、現実世界の精神は変態化してしまったというところだろう。
現実世界の君が勉学の道を捨て、未知のエクストリームスポーツに人生を捧げつつあったのは、そう言う理由からだ。あのまま症状が進行すれば、良くて大学受験失敗、悪くて廃人経由人工肛門ルートってところだったね。
しかし、どんなに凶悪な青春砂漠でも、憑りつかれたら最後という訳ではない。
対抗策はちゃんとある。
それも、一般人でも可能な方法がね。
方法は単純。
言うのは簡単。
だが、実践するのは難しい。
青春砂漠の攻撃対象は、若人の過ごす有意義な時間――。
――すなわち、素敵な青春そのものだ。
同時にそれは、青春砂漠のコンプレックス、つまり弱点たり得る。
要は、
青春を謳歌してみせればいいのさ。
青春砂漠に呪われながら――、
――有意義な青春を体現する。
青春砂漠は、青春そのもので克服できるんだ。
そして君達は、無意識のうちに、一旦それを成し遂げて見せたんだよ。」
穴家林さんによる状況説明は、もう1パートだけ続きます。




