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「あのおっさんをブッ飛ばそうつってんの。」
長谷田が過激な提案をした。
「いや、何もいきなり暴力を振るう必要はないんじゃないか?」
「女のアタシにはわかる。アレは変質者だ」
男の俺にも彼が変質者だということくらいは分かる。しかし、それほど危険な男には思えなかった。
それに、事実関係はどうあれ、いきなり暴力に訴えるのは賛成しかねる。
「彼は敵じゃないと思う。」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「根拠はない。だけど、彼からは敵意が感じられない。それに、少なくとも、彼は溺死寸前の僕たちを救出してくれた。」
長谷田は訝しげな視線を男に投射した。彼は既にクロールへと取り掛かっていた。個人メドレーも大詰めである。
どうやら長谷田は、全身タイツおじさんに対して悪しき先入観を抱いているようだ。
まあ、無理もない話である。
僕だって、彼女の立場に立てば、先ずはあの男を警戒するだろう。しかし、事実として、彼は命懸けで、僕たちの命を激流から救ってくれた。
彼女が意識を失っている間の出来事を、僕はありのままに伝えた。ありのままに伝え過ぎた結果、自分でもシュール過ぎると思う文言を口走ることとなった。現代文の偏差値が40前後の長谷田には、理解困難かと思われた。
理解できないことを嫌う長谷田のことだ。逆上し、何かしらかの攻撃を加えてくるだろうと予想した。かつて、彼女に積分を教えている時「説明がよくわからないから」という理由で睫毛を燃やされかけたことがある。その記憶が再燃した。
だけど、僕のシュールな述懐は「そう。不思議なこともあるのね。」と、以外にも、あっさり受け入れられた。少なくとも『ハァ?』と威圧ぐらいはされるだろうと覚悟していた僕は、少し物足りなささえ覚えた。
「納得できるのかい? 今の言葉を」
「納得はできないけど信じるわ。どうやら、アンタ正気みたいだし」
「え? ケツ丸出しなのに!?」
「ケツは出てるけど前隠してるだけ先程より100倍正気よ」
僕には彼女の発言の意図が分からなかった。
「先程よりって、どういう意味?」
長谷田は足元に落ちていたスマートフォンを拾い上げると、僕に向き直ってこう言った。
「真実を知る覚悟は出来てる?」
僕は生唾を飲み込んだ。
ゴクリと咽喉が鳴った。その音は了承と捉えられたらしく、彼女は静かに頷いた。そして、スマホを操作し、ある画像を僕に提示した。
そこで僕は、悍ましいものを目にした。オポンティーヌを晒しながら、笑顔で歩み寄る変態の姿が映し出されていたからである。
今でこそフルチンではあるが、本来の僕は、公序良俗を重んじる絵に書いた様なジェントルマンなのである。そんな僕は、画像の男に対し、怒りさえ覚えていた。その男出で立ちよりも何よりも、猥褻な微笑に我慢がならなかった。このプール地獄から脱出した暁には、必ずやこの変態の詳細を暴き、風紀委員に密告してやろうという決意を固めた。
そこで、ふと気付く。
「OH……。」
悲しいかな、そいつは僕自身に他ならなかった。
一瞬、加工された画像だろうと思った。だが、冷静に考えると長谷田に画像処理のスキルがあるとは到底思えなかった。
何か言おうとしたが、舌がのた打ち回るばかりで言葉にならなかった。
「まだまだ、こんなもんじゃなかったわよ」
長谷田は次に、動画ファイルを再生した。
ケツに氷をブチ込む変態の映像が映し出される。
顔は映っていないが、その風貌からして僕であることは疑い様が無かった。
「ジス イズ ユー」
長谷田は悪戯っぽく言った。
本当に、悪戯だったら良いと思った。
「信じないぞッ!CG加工したものだろッ!だって……この僕が……こんな……あまりにも変態的な……」
「受け入れて、児玉。これは合成でもソックリさんでもなく、アンタ自身のありのままの姿よ。アンタはヌポッチャとかいう架空の競技を行う妄想に取りつかれ、しきりに肛門を自虐していたの。覚えてない?」
僕は股間を押さえたまま、両膝からプールサイドに崩れ落ちた。
「嘘だ!ウソだ、うそだ、U・SO・DA!」
僕は現実を拒むようにして耳を塞ごうとした。しかし、耳を塞ぐとオポンティーヌが露出してしまうので断念せざるを得なかった。
そのとき、背後から水柱が上がる気配がした。
また津波か?
と、一瞬警戒する。
しかし、大量の水しぶきとともにプールサイドに降り立ったのは、件の全身タイツおじさんだった。
その手には何故かテニスラケットが握られている。
「私の名前は穴家林茂。ボランティアで除霊を行っているサラリーマンだ」
男は何の脈絡もなく、唐突に自己紹介を済ますと、握手でも求めるようにラケットを差し出した。




