4 爆竹少女の炸裂②
とどのつまり、それは肛門と氷のマッチングだった。
***
彼女の視線の先には、ズボンも下着も履いていない児玉少年が居た。丸出しのお尻を彼女の側に向けて、プールの水面を覗き込むように身を屈めている。
少年の傍らにはクーラーボックスがあり、そこには大量の氷が入っていた。家で作るような気泡だらけのモノではなく、透明度の高い高級なヤツである。
彼はそれを齧ったり舐めたりしたあと、自分の肛門に挿入していた。その手つきは手馴れていて、次から次へと肛門に氷が吸いこまれていった。
この時、長谷田は目前の光景を信じることが出来ずにいた。慣れぬ勉強に精を出し過ぎたせいで、おかしな幻覚を見ているのでは無いかと本気で疑った。
自分すら信じられなくなったのである。
パニックに陥った人間の行動とは、一見不合理なもので、彼女はスマホを取り出した。
そして、児玉少年の凶行を動画撮影し始めたのである。
別に、ゲスいパパラッチの真似ごとをしたわけではない。彼女のこうした不合理な行動は、事態を客観的に把握するというシンプルな目的の下に行われていた。自分の脳味噌は信じられなくても、デジタルデータは信用できる――という、彼女なりのロジックである。しかし、そのデジタルデータを認識するのが自分自身の脳味噌であることを失念しているあたりが、彼女の限界を物語っている。
一通りの凶行を録画し終えた彼女は、それを再生して見た。
肛門に氷を入れる児玉少年の姿が再生される。
当然である。
「超ウケるんですけど……」
思わず彼女は呟いた。
無論、本当にウケていた訳ではない。
彼は振り返った。
「長谷田ァ!」
彼女の名を叫びつつ、少年は少女に向き直った。
必然的に、オポンティーヌの全貌を公開する形になる。
「ギャー!」
少女は叫んだ。
肛門を見るのはギリギリ平気だった。しかし、リアルなオポンティーヌには耐性が無かったのである。いわば、この絶叫は、なけなしの女子力を解放したものとも評価できる。
しかし、そこは元ヤンである。
動揺をすぐに克服し、すかさずスマホの写真アプリを起動して、彼と彼自身の全貌を写真に収めた。
「児玉、ちゃんと予備校に来い。従わないならこの写真をネット上にばら撒くぞ。」
彼女はそう言って脅迫した。
しかし、それにも関わらず、少年はオポンティーヌを隠そうともしなかった。それどころか、少女の方にゆっくりと歩み寄って来る。水銀灯に照らされたオポンティーヌが、ゆらゆら揺れて迫って来るのが、少女の網膜に映し出される。
ある意味、危機的状況ともいえる。
それでも、少女は焦らなかった。
暴力沙汰ならむしろ彼女の十八番である。
スキあらば躊躇いなく他人を傷つけることが出来る。
その加虐的瞬発力において、彼女は絶対の自信を有していた。
『来るなら来いよ、フルチン野郎……』
心中でそう呟く余裕すらあった。
ただ、その余裕も少年の不可解な言動の前では無価値だった。
「タイムを計ってくれ」
と、彼は言った。
その手にはストップウォッチが握られていた。
意味不明である。
一体、何のタイムだというのか。
流石の長谷田も、その言動に対処することが出来ず、氷の様にフリーズした。
硬直する少女の手を、少年はフェンスの金網越しに握りしめた。そして、その柔らかな掌に、優しくストップウォッチを握らせた。魔女と契約した騎士が、忠誠のキスを施すように、怪しく妖艶な身のこなしだった。
平素の彼女なら、瞬発的に少年の爪を剥ぐくらいの芸当は可能だった。
彼はそれ程に隙だらけだったのだ。
しかし、彼女にはそれが出来なかった。
既に少女は少年の狂気に冒されつつあったからだ。
追い打ちをかけるように、少年は言葉を繋ぐ。
「そうか。長谷田はヌポッチャのルールを知らないんだったね」
「ヌポッチャ!? 何だそれは!?」
「知らないのか? 結構有名なスポーツだよ?」
「落ち着け、児玉……。たぶん、そんなスポーツは無い!」
「やっぱり、君は物事を知らないなあ……」
少年はそう言うと、その虚構のスポーツについて、熱心に語り始めた。
***
「いいか、長谷田。
ヌポッチャは体力と精神力が同時に試される究極のスポーツだ。
簡単に言えば、『どれだけ多くの氷を運ぶことが出来るか』という競技だよ。
ヌポッチャには5つのフェーズがある。順番に『チャージ』『キープ』『スイム』『エミッション』『ラン&ダンク』という。
まず、『チャージ』。
これは直腸に氷を詰めるフェーズのことだ。制限時間は無く、好きなだけ氷を詰める頃が出来る。
次に、『キープ』。
チャージ中に選手が「キープ」を宣言すると、そのままフェーズが『キープ』に移行する。キープ中、選手は10分間何もせず待機する。
そして、『スイム』。
キープ宣言後10分が経過すると、タイムキーパーの笛の音とともに『スイム』のフェーズに移行する。スイムでは、肛門から氷を漏らさないようにして50メートルを泳ぎ切る。
それから、『エミッション』。
無事、泳ぎ切った選手はプールから出ると即座に『エミッション』にとりかかる。『エミッション』は直腸内の氷を体外に排出するフェーズである。まったく氷を出せなかったらその時点で失格。また、プール内でエミッションしてしまっても失格になる。水が汚れるからね。
最後に、『ラン&ダンク』。
これは、エミッションした氷を素手で計量機まで持ち運ぶフェーズだ。無事持ち運んだ氷を、計量機に『ダンク』してゲームセット。
このとき計量機が示した氷の重量がそのままスコアとなるんだ。
実にシンプルなゲームだろ。
でも、意外と奥が深いんだ。
勝利のポイントは『チャージ』でどれだけ直腸内の温度を下げることが出来るかと言うことだ。
いくら、大量にチャージできても、『キープ』や『スイム』の時に体内で氷が解けてしまっては意味がないからね。
かといって、チャージに時間をかけ過ぎると低体温症を発症してしまう。
体温を維持しつつ、いかに直腸内の温度だけを下げるのかが勝機を分ける。
どうも僕はこのチャージが苦手でね。
なかなかベストのチャージングタイムに辿りつけないんだよ。
だから長谷田、タイムを計ってくれ。
一緒に、僕がチャージマスターになる手伝いをしてほしいんだ。」
***
児玉少年はそういうと、そそくさとプールサイドに戻り長谷田に尻を向けた。
そして、
「チャージ開始!」
と高らかに宣言し、尻に氷を詰めるという作業を再開した。
彼女はその光景に圧倒されつつも、言われるがまま、ストップウォッチのボタンを押した。




