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橙色の光を発する竜が、ギガンティック☆ドラゴンから飛び出した。一気に天空まで舞い上がり、光の海の中を自由自在に泳ぎ回る。長い体をうねらせ、身を翻す度に、迸る光の粒が、近隣一帯に降り注いだ。それが、穴家林の股間から生じた光と相まって、幻想的な光景を織りなしている。その景色の中にあっては、西野家のゴミ屋敷ですら、荘厳な神聖さを纏って見えた。
「美しい…」
君は本当に綺麗なものを素直に「美しい」と称賛する喜びを知っているかい?
俺は知った。
今知った。
そうやって、しばし見惚れている俺の手を、何者かが握り締める。
死んだはずの妹だった。
「恵美!」
妹だけじゃない。
弟も、父も、母もいる。
「武彦! それに、父さん、母さん!」
俺の家族だけではない。
人喰いセーラー服の被害者達だろうか。
知らない少年少女やオッサンやオバサンまでもが、更地の上に集合している。
「人喰いセーラー服に喰わた悪霊たちだ。だが、怯えることはない」
穴家林言われるまでもない。
恐怖は無かった。
俺は妹の手を握り返した。
妹は弟の手を握り返した。
弟は母の手を握り返した。
母は父の手を握り返した。
そうやって、皆が手に手を取ってゆく。
少年が、少女の手を、
少女が、オッサンの手を、
オッサンが、オバサンの手を、
ヒューマンチェーンが繋がって行く。
最後に、穴家林の右手と、俺の左手が結ばれて、我々は一つの大きな輪になった。
輪の中心には、人喰いセーラー服。
「来いやあ!」
穴家林が天を仰ぎ、吠えた。
すると、天空の竜は泳ぐのをピタリと止めた。
まっすぐに輪の中心を睨み下ろしている。
そして、口を大きく開いた。
口の中は真っ暗だ。光に覆われた全身からは想像できない、底知れぬ闇が、その奥に広がっている。さながら、地獄のトンネルだ。
そこから奇妙なものが解き放たれる。
何とも形容しがたい、不思議な存在だ。
強いて言えば、暗い炎。
闇ではなく、『黒い光』を放っている。
それが、龍の口から迸ると、人喰いセーラー服に降り注いだ。
すると、セーラー服は、得体の知れない反応を起こし、途中『ゲゲゲェ!』と断末魔めいた悲鳴を上げた。辛抱たまらないのか、円の中心から逃れようとする。ただ、それ以上は何も起こらず、数秒とかからずに焼き尽くされた。
黒い炎は依然として燃え続けている。
我々はさながら地獄のキャンプファイヤーを囲んでいるようだった。
しかし、それも僅かの間のことだった。
頭上の竜は、光の粉を撒きながら一直線に急降下し――、
――自ら黒い炎に飲まれていった。
それを合図にするように、輪は解かれた。
そして、オジサンが一人、炎に歩み寄る。
先程の龍と同様、彼は自ら炎に飲まれて行った。
それが呼び水となったのか、一人、また一人と黒炎に身を投じていく。
その度に、火力は勢いを増して行った。
不思議と、熱は感じない。
むしろ凍えるような冷たさを感じる。
生身の人間にはとても耐え難い、刺さるような冷たさだった。
やがて、妹達も冷たい炎に歩み寄る。
「待ってくれ! 行かないで!」
俺は引き留めようとした。
だが、何者かに腕を掴まれる。
穴家林だった。
彼は涙を浮かべながら、一言「こらえろ」と口を動かした。
そんな風に制止されなくても、炎の冷気は耐え難く、俺は家族にそれ以上近づくことすらできなかった。
俺は、慟哭した。
いつだって、俺の伸ばす手は家族に届かない。
身を焼かれるような痛烈な悲鳴が咽喉元からせり上がってくる。
俺の声に気付いたのか、四人は振り返った。
そして、口々に――、
妹『キッショ』
弟『なんだよその恰好』
母『我が子ながら、無様ね』
父『勘当もんだな、こりゃ』
――と、罵った。
俺も穴家林もポカンとした。
最後の別れだというのに余韻もクソもなかった。
四人はまるで、自宅の玄関に歩み入る様に、何の躊躇いもなく炎に飲まれて行った。
やがて、光が収束し、元の暗闇が舞い戻った。そして、何も無い更地に、全身タイツの中年と、ショーツ一枚を身に纏った俺が残された。
「気にするな。変態とはそういうものだ」
穴家林はそう言って、俺の肩にポンと手を置いた。




