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2

 無論、会社を辞めたことは家族には秘密である。

 エンターテインメントにサプライズはつきものだからだ。

 ネタバレなどという失態は、ファンキー自殺のパイオニアには許されない。

 だから、俺は卵かけご飯を3杯もおかわりし、スーツを着込んで元気に家を飛び出した。


 失業中の自殺志願者なのに、だ。


 いつもとは別のホームに立った。

 いつもとは逆向きの電車に飛び乗った。

 いつもとは異なる駅で降り、改札へ向かった。


 それだけのことなのに、何故かわくわくした。

 無性に楽しい。


 ――おっと、いけない。


 俺は自殺志願者なのだった。それも、ただの自殺志願者ではない。気高きファンキー自殺のパイオニアなのだ。


 希望は、敵である。


 若干乱れ始めた精神に平静を齎すため、俺は無心になることに努めた。お坊さんなんかは、歩行禅といって、歩きながら座禅イズムをブーストさせることが出来るらしい。それにならって、脳裏に満ち溢れる愉快な気持ちを、次々と滅殺して行った。

 ほとんど無意識でICOKAの定期券を翳す。

 残額が足りなかったらしく、自動改札機の突破防止板がバインッと作動した。

 太腿ふとももををはたかれつつ急停止する。

 その弾みで、カロリーメイトを咥えたOLが俺の背中に激突した。

 肩甲骨の下あたりが、むにゅっとした。

 おっぱいである。

 その感触を瞬間的に反芻しつつ、俺は思った。


 ――やっぱりハッピーじゃねぇか、畜生。


 乗り越し精算を済ませ、駅を出た。

 ラッキースケベの礼を述べるため、駅の外で件のOLを探した。

 歩行禅ごっこは中止である。

 しかし、残念ながら彼女の姿を探し出すことは出来なかった。

 めまぐるしく撹拌される朝の喧騒の中に、彼女は飲み込まれてしまったらしい。代わりに警察官に追われる全身タイツの男を見かけた気がしたが、それは多分気のせいだろう。


 仕方がないので、以降は公園で野良猫やハトを追いかけたりして時間をつぶした。スーツ姿で無邪気に遊ぶ俺の姿は、近隣住民に束の間の癒しを与えたことだろう。不意に『裸の大将放浪記』の主題歌『野に咲く花のように』が脳内アイポッドから流れ出す。昔から憧れていた山下画伯に少しだけ近づけた気がした。


 セブンイレブンで100円の塩おにぎりを購入し、ハトと分け合って食べた。

 それはとてもおいしかった。


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