表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

13(第一章 了)

7月15日(水)07:45頃。


 恐る恐る目を開けると、周囲には異形達の死骸が四散していた。燃え尽きた蛇花火みたいに、黒くて脆い存在に変わり果てている。やがて、一陣の風が吹くと、それらは質量をもたない灰となって、夜の空気に溶けて行った。


 その途端、濃厚だった暗闇は引いて行った。

 pH(ペーハー)の変化を敏感に察知した指示薬が、あっと言う間に透明になるようにスゥっと明るくなる。

「見ろ、もうすぐ夜が明ける」

 穴家(けつげ)(ばやし)さんが言い、僕は空を見上げる。

 東の方が随分と明るくなっている。

 

 知らなかった。

 世界が、これほどの輝きに満ちていたなんて。


「結界が破れたんだ。もう誰も迷うことはない」

 穴家(けつげ)(ばやし)さんは、テカテカした顔を綻ばせて言った。


 気が付くと、僕たちは集団登校中の小学生の隊列の中にいた。

 黄色い帽子とランドセル。

 その一団の中で、ピンクと白の全身タイツ男二人が並んで歩く。

 後列の子供たちが「ワッ」とざわめき、それに反応して、前列の子供たちが振り返る。

「おはよう、諸君」

 穴家(けつげ)(ばやし)さんが紳士的に挨拶した。

 二・三人の子供たちは「おはようございます」と小声で応えてくれた。

 僕がロリコンであることとは関係なく、そんな彼らを可愛らしく思った。


 すべてが、通常の状態に戻っている。

 道は完全に分岐している。

 普通に、そして複雑に、入り組んでいる。

 路地を横断するサラリーマンや女子中学生達の姿が見える。

 彼らにも、僕らが見えている。

 僕たちが居る場所に皆が居る。

 ありふれた路地。

 それが、何処にでも繋がっている。


 民家から朝の慌ただしい気配が伝わってくる。

 食べ物の匂い。

 ゴミ袋のカサカサいう音。 

 何の変哲もない平日の朝だ。

 

 僕らは、そんな日常を全身に浴びる。

 全身タイツを着ていることを失念するほどの清々しさだ。

 いや、全身タイツを着ているからこそ得られる快感なのかもしれない。


「気分はどうだ。下呂(げろ)(いずみ)君」

 穴家(けつげ)(ばやし)さんが馴れ馴れしく肩を組んできて言った。

 不快ではなかった。

「最高の気分ですよ。」

 僕もまた、彼の肩に腕を回し応えた。

 全身タイツを隔ててのスキンシップは思いのほか心地よい。


 制服姿の女の子が『長谷田はぜた』という表札のかかった民家から出てきた。

 おそらく高校生くらいだろう。

 彼女は肩を撫で回しあう我々を見ると、

「うわ、キッショ」

 と吐き捨て、家の中に舞い戻った。

 奥の方から、

「おかーさーん、110番してー」

 という声が聞こえた。


 我々は改めてお互いの姿を確認し合い、笑いあった。

 本当に、みっともない恰好である。

 みっともないから、最高だ。


「また、会えますかね?」

 僕は穴家(けつげ)(ばやし)さんに問う。

「さあな。人生が一本道でないならば、また巡り合うのかもな」

 我々はそれ以上言葉を交わさなかった。

 交わさなくとも、解り合える。

 

 会えるさ。

 きっと。

 

 僕たちは帰れない通学路を克服した。

 その未来は、何処にでも繋がっているのだから。

「じゃあな」

 穴家(けつげ)(ばやし)さんはそう言うと、尻をポリポリ掻きながら背を向け歩き出した。

 通路を横断する女子中学生の一団が、ギョッとした様な顔をして逃げて行く。

 僕は無言でそれを見送った。


***


 僕はきっと、今後もロリコンのままだろう。

 だけど、ロリコンでありながらも、大人の女性も愛せる自信があった。

 なにせ、あんな化物でも愛することが出来たのだ。

 普通の人間を愛せないわけが無い。

 勿論、僕自身を含めて。


 もしも、こんな僕であっても、人を愛する権利があるのなら、大きな姿見を一枚買って、モテ仕草の練習をしてみよう。

 バイトもしよう。

 合コンにも行こう。

 愛の狩人になってやろう。

 そして、いつか心から愛せる女性(ひと)が出来たら、全身タイツのペアルックを着て、海の見える教会で、永久の愛を誓い合おう。

 想像するだけでハッピーになれる。


 僕は、素敵な夢を手に入れていた。

 生まれて初めて、自分を肯定していた。

 もはやかつての卑屈な僕ではなくなっていた。


 見ると、前方から婦人警官が駆け寄ってくる。

 さっそく僕は、彼女に微笑みかけ、求愛のウインクを飛ばしてみせた。


***


《余談》


 連行された僕と穴家林けつげばやしさんが交番で再会するのは、それから10分後の出来事であった。




【帰れない通学路・了】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ