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 遠ざかる光を前に、僕の鼓動は高鳴っていった。

 恐怖でも、驚愕でも、怒りでもない、不思議な感情のエネルギーが、全身に熱い血潮を巡らせる。

 その循環の作用か定かではないが、僕は時が止まったかのような錯覚を覚えた。ある種の走馬灯の様なものを、体験していたのかもしれない。

 停止した時間の中で僕は思考する。

 それはこの異常事態に対処する方法論の探求ではなかった。

 その状況にあまりにも不釣り合いな、過去の人生の諸々を想起していた。 


***


 思えば常に及び腰の人生であった。

 下呂(げろ)(いずみ)家の第2子として生まれた僕は、常に親や姉の顔色を窺うようにして育った。特に虐待や折檻を受けていたわけではないが、家庭内の環境の不和に僕は人一倍敏感だった。姉が優秀だったこともあり、自尊心より依存心が優越して行った。誰よりも僕自身がそのことを自覚しており、子供の頃から既に卑屈だった。

 家庭外でもその卑屈さは健在であった。自分に自信が無かった。モノゴトの『主体』になることが恐ろしかった。だから、いわゆる『空気を読む』という作業に徹することが多くなった。いつしかその作業は、僕の生活の殆ど全てを占めるに至った。あらゆる場面で、他者の期待や場の雰囲気に沿った行為と選択を繰り返した。そうしなければ、不安でたまらなかった。それでいて精神の安寧には程遠く、しばしばゲロをスプラッシュしていた。

 あらゆる場面で、僕は主張をしなかった。僕の主張は何時だって必要とされていなかった。僕自身、必要としていなかった。欲求や願望は、邪魔でしかないと思っていた。大学受験の時でさえ、僕は自分の主張をしなかった。親は僕の希望を必要としなかった。彼らは悪くない。それでずっとうまく行っていたのだから。おかげで親の進める大学の親の進める学部に合格し、何の興味も持てない学問の習得に明け暮れ、度々ゲロをスプラッシュする日々を勝ち取った。何も問題ない。今まで通り、すべて、うまく行っている人生だった。


 そんな僕の人生に、たった一つだけ、汚点がある。


 僕は一度だけ間違えた。

 自分の主張をしてしまった。

 小5の夏からずっと好きだった西野にしの()()さん。


 僕は彼女に告白した。


 高2の夏。

 校舎裏の桜木の下。

 木漏れ日に射されつつ、上ずった声で、6年間の好意(・・・・・・)を紡いだ。

 誠心誠意。

 その、一生懸命の求愛は、

「キッショ」

 というシンプルな拒絶の音節によって打ち砕かれた。


 あまりのショックに、ゲロすら吐けなかった。

 かわりに、脳裏に深い悲しみの火花が散った。

 その瞬間、西野さんは僕の頭の中で分裂した。

 外の西野さんは、中の西野さんから乖離した。

 外の西野さんは、醜く変わり果ててしまった。

 変わってしまったのは、僕の方だというのに。

 変わってないのは、僕の中の西野さんなのに。

 小5ロリの西野さんは、僕に優しかったのに。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。


***


 気付けば、僕はロリコンになっていた。


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