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9

 ――そう。

 ――君は絶望の淵に居て、なおロリコンを自覚する。


 声だけが聞こえた。

 それは、距離感の無い声だった。

 遠くから聞こえるようで、耳元で囁かれたようでもある。

 穴家(けつげ)(ばやし)さんの声であって、自分自身の声の様にも聞こえる。

 僕は顔を上げる。

 穴家(けつげ)(ばやし)さんは既に一歩踏み出していた。

 彼はさらに一歩進んで、

「ロリコンとは変態であり、」と言い、

 もう一歩進んで、

「変態とは性欲のカタマリである。」と続けた。

 全身タイツ自体の異様さとは異なる、別種のオーラが、穴家(けつげ)(ばやし)さんから漲っている。

 彼はまた一歩歩くと、

「性欲とは人間が持つ根源的な欲求の最たる物であり、」と言い、

 振り返って、

「生命が齎す精神のパワーそのものである」

 と、結んだ。


 何故だか体がアツくなった。

 彼の言葉に心動かされたわけではない。

 例えるなら、ハロゲンヒーターの発する遠赤外線。

 なにか、物理的な熱エネルギーの存在を、確かに感じ取ったのだ。


「かくいう私も変態でね」


 みっともない恰好のオッサンが、みっともない事実を、誇らしげに告げる。

「中二の夏、好きだった女の子の家の便座カバーを盗んだことがある」

 怪物の気配はすぐそこまで来ているというのに、彼は微塵も焦燥を示さない。

 むしろ、うっすらと幸福そうな笑みさえ湛えている。


雨宮(あまみや)裕子(ゆうこ)ちゃん……。私の初恋だった」


 ――知らねえよ。


 そう思った矢先、暖かな光が我々を包み込んだ。

 オーラは、熱を持つ光となって、路地一帯を照らす。

 光源は、彼の股間だった。


「見えるか? これが、曙光(ライジングリトルサン)だ」


 微笑みを湛えたまま、彼は輝く股間を指差した。

 まるで小さな太陽が、彼の股から昇ってくるようだ。

 なんとみっともなく、それでいて美しい光であろうか。

 正直、僕はその柔和にして神々しい輝きに見惚れてしまった。


「これ以上は言葉では説明しない。逃げたいなら、そうしろ。戦わなくとも、その全身タイツがあれば生き延びられる」


 それだけを言い残すと、彼は素早く身を翻した。

 化物の姿は、もはや、数メートル先まで迫っていた。


 声を掛ける暇もなく、彼は異形の群れに突進していった。


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