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――そう。
――君は絶望の淵に居て、なおロリコンを自覚する。
声だけが聞こえた。
それは、距離感の無い声だった。
遠くから聞こえるようで、耳元で囁かれたようでもある。
穴家林さんの声であって、自分自身の声の様にも聞こえる。
僕は顔を上げる。
穴家林さんは既に一歩踏み出していた。
彼はさらに一歩進んで、
「ロリコンとは変態であり、」と言い、
もう一歩進んで、
「変態とは性欲のカタマリである。」と続けた。
全身タイツ自体の異様さとは異なる、別種のオーラが、穴家林さんから漲っている。
彼はまた一歩歩くと、
「性欲とは人間が持つ根源的な欲求の最たる物であり、」と言い、
振り返って、
「生命が齎す精神のパワーそのものである」
と、結んだ。
何故だか体がアツくなった。
彼の言葉に心動かされたわけではない。
例えるなら、ハロゲンヒーターの発する遠赤外線。
なにか、物理的な熱エネルギーの存在を、確かに感じ取ったのだ。
「かくいう私も変態でね」
みっともない恰好のオッサンが、みっともない事実を、誇らしげに告げる。
「中二の夏、好きだった女の子の家の便座カバーを盗んだことがある」
怪物の気配はすぐそこまで来ているというのに、彼は微塵も焦燥を示さない。
むしろ、うっすらと幸福そうな笑みさえ湛えている。
「雨宮裕子ちゃん……。私の初恋だった」
――知らねえよ。
そう思った矢先、暖かな光が我々を包み込んだ。
オーラは、熱を持つ光となって、路地一帯を照らす。
光源は、彼の股間だった。
「見えるか? これが、曙光だ」
微笑みを湛えたまま、彼は輝く股間を指差した。
まるで小さな太陽が、彼の股から昇ってくるようだ。
なんとみっともなく、それでいて美しい光であろうか。
正直、僕はその柔和にして神々しい輝きに見惚れてしまった。
「これ以上は言葉では説明しない。逃げたいなら、そうしろ。戦わなくとも、その全身タイツがあれば生き延びられる」
それだけを言い残すと、彼は素早く身を翻した。
化物の姿は、もはや、数メートル先まで迫っていた。
声を掛ける暇もなく、彼は異形の群れに突進していった。




