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神は堕ち、そして  作者: 賢河侑威
プロローグ
9/9

かぐや姫 8

 殺人鬼の話を聞いた日の帰り道、ハナは一人ホームセンターに寄っていた。


「これなんかちょっと危ないよねぇ……」小鉈を眺めながらハナはぼんやりと言った。購入者からのレビューはまずまず、と言ったところだった。確かにカグヤを信頼しないわけではなかったが、それでも不安は消えなかった。


 友人の言葉が蘇り、自分自身の判断が間違っているのではないか、と言う思いが浮かんでくる。トイレの行動も気になった。カグヤは一体何者なのか。考えてみても、思考がぐるぐると空回りするだけだ。

―あの人は自分で何も決められない人だった。母親の声が何処からか響く。


 ハナは何度か迷ったうえでヘルメット売り場に足を運ぼうとすると自分を呼ぶ声に気が付いた。


 聞き覚えのない声にぎょっとしながら振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。


「吉井さん。遅いから迎えに着ましたよ」


「誰……ですか」


「ああ……すいません。私ですよカグヤです」色っぽい声で女性が言った。いつものカグヤの鋭く低い声とは似ても似つかなかった。雑音が一気に周りから消え、静寂に包まれるような錯覚に陥った。


 その何も表示されないプロフィールが不気味に輝いていた。


「カグヤ……なんであんたここに……」鍵を閉めずに家を出たのではと言う考えが一瞬でハナの顔を青くした。


「か、カギは……」


「ありますよ」カグヤはポケットから予備のカギを取り出すと指で弄んだ。金属音がいやに大きく聞こえた。


「それいったいどこから」ハナの声は意図せず震えていた。


「どこってタンスの奥ですよ」


カグヤの切れ目が怪しく輝いた。濡れた唇が卑しく歪む。


「どうして」冷たい汗が背中をつたうのが感じられた。


 そんな、隠していたのに。それを見られていたなんて。


「あんまり遅いので迎えに着たんですよ」カグヤと名乗る女性は動揺するハナなど目に入らないように微笑んだ。その笑みのぎこちなさだけがカグヤの面影を残していた。


「そ、そう」ハナは震える腕で携帯端末の時間を確認した。確かに普段家に帰る時間より大幅に遅れていた。


「じゃ、じゃあ……なんで私の居る場所がわかったの……」ハナは周りのことなど気にせず叫んだ。身体が髄から震えているのをハナは感じた


「そんなことより、早く帰りましょうよ」カグヤは何事もないかのようにハナに背を向けた。

「またコンビニ寄りましょう」


 振り返り微笑んだ。ハナは震えながらしながら拳を握りしめた。


「ね……ねぇ今日は銭湯に行かない?」


「え、せんとうですか……」カグヤの表情が一気に強張る。


「ええ……行かない?」ハナは周りに人がいるのを確かめ、強気に出た。


「ああ……銭湯ですか」カグヤは一瞬逡巡したような素振りを見せる。


「え……でも」


 カグヤの困惑した表情を見て、ハナは強気に出る。「行きましょうよ。楽しいわよ」


 カグヤは眉を寄せ、困ったように腕を組んだ。


「たまに良いよね、こういうのもさ」ハナは髪の毛を弄りながら、カグヤを挑発した。


「たまには……そうですかね」カグヤは口をへの字に曲げ、


「わかりました。行きましょう」


「よし」


 折れたカグヤを見て、ハナは小さな優越感に浸っていた。





 銭湯につくと、いつも通り賑わっていた。


「さ、行こうか」暖簾をくぐり、ハナはカグヤを呼んだ。カグヤは無言で周りを睥睨した。その無機質な瞳だけがカグヤの面影を残していた。


「私、トイレに行ってきます」カグヤが幽霊のようにトイレに消えて行った。ハナはわざとゆっくり着替えをし、カグヤを待った。


「お待たせしました」いつの間にかカグヤが横にいた。そこにはいつも通り、短髪でつり目のカグヤがいた。ハナは、ぎょっとし、早足でトイレに駆け込んだ。


「ごめん。先に行ってて」


 カグヤが茫然とこちらを見ているのが見えたがハナはそれを無視した。

勝った。ハナは自分でも抑えられない優越感を感じていた。まるで誰からから認められたような感じがした。


 カグヤはハナから目を離し、着替えを始めた。それを見て、ハナはポッケの中のボールペンを握りしめる。


 どんなに変装がうまくともあんな事が出来るはずがない。多分、中で入れ替わったに違いない。あいつの正体は男だ。


 ハナは乱暴にドアノブを引いた。その音に反応してカグヤがこちらを見た。ドアノブは鈍い金属音を立て、中からカギが掛かっていることを告げた。


 ハナはカグヤを見てにやりと笑う。やはりか。犬歯をむき出しにして、ハナは再びドアノブを引いた。カグヤがじっとハナを見ていた。


「入ってます!」中から低い声が聞こえ、ハナは思わず身構えた。横目でカグヤの位置を確認し、それでも汗でぬめる手でノブを回す。


 するといきなりドアが内側から開き、ハナはつんのめった。


「なんなのよあんた!」


 低い声でハナを罵倒したのは、どこにでもいるようなおばさんだった。怒りに顔を歪め、おばさんはハナに近づいてくる。


「へ?」ハナはきょとんとしておばさんを見た。明らかに身長が低い。小さいハナよりも小さいくらいだ。


「あ……ありゃ」


 おばさんの顔は少しずつ怒りで歪んでいった。「ちょっと!何すんのよ」


 ハナは言い訳できず、おばさんに5分程度怒られた。それをぼんやりとカグヤが見つめていた。カグヤはまだ着替えを済ませていなかった。


「カグヤ……なんで着替えてないの」


 ぐったり疲れ、ハナが訊く。


「あの……」


カグヤは恥ずかしそうに顔を朱に染めた。ハナは別の可能性に気が付き、震える。「まさか……」


「銭湯では服は脱がなきゃいけないの」ハナはそう言って、服を脱ぎ始める。


「そうですよね……」カグヤは少し、恥ずかしがりながら服を脱いだ。そこにあったのは絞られ、鍛え上げられてはいるが、正真正銘女性の肉体だった。


 私はなんて、勘違いをしていたのだろう。ハナは大きくため息をついた。


「ごめん」髪を弄りながら、ハナは謝った。


「どうしたんですか?」カグヤは周囲を見つめている。


「なんでもない」ハナは気を落ち着け、浴槽に向かった。


 カグヤもふらふらと付いてきた。その眼は周りに興味津々だった。


 本当はカグヤの荷物を確認したかったのだが、もうその気は萎えていた。


「なんだか不思議な気持ちですね……」所々で水の流れる音が響き、湯気が熱気を運んでいた。


「銭湯は初めて?」体を流しながら、ハナが訊くとカグヤは静かに頷いた。


 カグヤは食事と同じような機械的な動きで素早く体を石鹸の泡で包んでいく。カグヤの身体は傷だらけで肌は黒ずんで生気を感じさせなかった。


 ハナはふと自分の姿を鏡で眺め、腹の肉をつまんだ。カグヤって体の大きさの割に食べないのよねぇ。私は体の割に入っちゃうんだけれど。


 ハナはがっくりと肩を落とした。体を洗い終えたのだろう、ぼんやりとカグヤはハナを見つめていた。


「浴槽に行こうか」ハナはお湯を被り、カグヤに言った。カグヤは興味深く浴槽を眺めていた。


「入りなよ」

ハナはお湯に体を沈めながら、カグヤに言う。腕につけたメータが動機や血行のめぐりを表示する。こんなに気持ちいいのに、なんでこんなに早く上がらなきゃいけない計算なんだろう、とハナは表示を見て思う。


 カグヤはお湯を眺め、自分の体を弄ってはっと赤面した。まるで体につけた物を外すかのような動作だった。


「どうしたの?」


 カグヤは照れ笑いをしながら、「い、いえ…癖で水の中にはいると装備を……」


 カグヤは静かに浴槽に体を沈めた。数分経ち、窓に映る自分を眺めていたかと思うと、ふとカグヤが、

「あの……これっていつまで入っていればいいんですか」


 平静を装いながらも顔は真っ赤に染まり、視線はゆらゆらしている。


「いつまでって……」ハナは湯気を振り払い、「あと10分」


「え…ぇ…」カグヤは赤くなった顔を揺らして言う。妙に苦しそうな顔をしていた。


「我慢とかじゃないんですよね……」


「でも、780円も払ったんだからもっとは取らなきゃ」


「これじゃ脱水状態になると思いますよ」真っ赤な顔を揺らしてカグヤがぼやく。少しずつだけれど、人間味が出てきたな、とハナは思った。


「あのですね」カグヤはいきなり早口で、「人間の体と言うのは50から70パーセントの水で構成されていると言われていて、体温調節をしていたり、筋肉を動かしたりと需要なんですよ、それを無駄に垂れ流すことは危険でしかないわけでして、私なんて―」


「結局、早く上がりたい、と」


 カグヤは言葉を遮られ、赤い顔をもっと赤く染めた。


 ハナは勝ち誇った幸福感に襲われ、さらに体をお湯に沈める。


 カグヤはぽかんとしてそれを見ていたが、頭を洗うといって、浴槽から出た。その足取りはふらふらとして、頼りなかった。


 読んで頂き、ありがとうございます。

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