かぐや姫 4
次の日もまた次の日も人が死に続けた。まるで畑を耕すかのように死体を増やし、ノルマがあるかのように人の命が奪われていった。
カグヤの嘔吐は殺人のニュースと何か関係があるのではと思い、ハナは食事中にニュースを見なくなっていった。
「ほんとっ怖いよねぇハナ」
ぼんやりとカグヤの事を考えていたハナは友人の声で我に返る。
「そ、そうだね……」
明るい日差しがキャンパスを照らし、大学内は穏やかな雰囲気に包まれていた。ここから数キロと離れていない所で殺人が連続で起きているなど信じられない。しかし、コンタクトの上には異常なほどの書き込みが表示されていた。
「あんたぁニュース見てないの?」
「う、うん……」
ハナは街をうろつく無人警備機械の多さに異常事態であることは感じていたのだが、携帯端末で検索をするほどの事ではないだろう、と思っていたのだ。
それにハナは情報を調べると同時に現れる掲示板を見るのが嫌いだった。もちろんそんなことは大きな声では言えない。今の社会、と言うより世界中は拡張現実とSNSの立ち位置が大きいのだ。
確かにどこに行ってもすぐに皆の意見を聞けるのは便利だが、なんだか掲示板はぎすぎすした感じがする、とハナは思っていた。それにいつも他人の意見が付きまとうというのはハナにとっては良い感じがしなかった。
「たく、ハナちゃんは相変わらずおこちゃまですね」友人が肩をすくめた。
「監視カメラが町中で蠢いているこのご時世で殺人を連続で起こすなんて相当の手練れらしいよ」
「なんか『堕天』の日を思い出すね」
「あれは大量に行方不明になっただけじゃない」
「だけって何よ」友人の口喧嘩を聞きながら、ハナは今もすすり泣き続けるカグヤの事を思った。
「犯人は短髪で長身らしいよね」
友人の言葉がハナの脳裏を駆け巡り、何度も反芻した。脳裏には殺人のニュースを見て過敏に反応したカグヤの姿が浮かんでいた。
すぐに殺人事件の情報を表示する。どこのクリップにも、犯人像は短髪で長身と言われていた。
「え……」ハナは思わず、友人たちの顔を凝視していた。
「どしたの……ハナ」友人の一人がハナの目の前で手を振った。
「でもさ……そんな人どこにでもいるよね」ハナははっとして、友人に訊いた。指が震えるのが感じられた。友人はハナを見つめ、
「大丈夫?」
「最近、元気ないよ」友人二人がハナの顔を心配そうに見つめていた。
「うん。大丈夫」ハナは一瞬、脳裏に浮かんだビジョンを必死に振り払った。
そんなはずはない。
ハナの脳裏には手を血に染めるカグヤの姿が浮かんでいた。その顔は哀しみに暮れていた。カグヤの顔と父親の顔が重なり、ハナはそれを頭から飛ばそうとした。
カグヤはその日も何かに怯え、涙に顔を濡らしていた。食事中も瞳はまだ濡れていた。ハナは震える指で必死に箸を掴んでいた。
「ねぇ……何がそんな悲しいの?」ハナは箸を止め、カグヤに訊いた。なるべく優しく訊くつもりだったが、それは少し怒鳴る様な感じになってしまった。
口座に振り込まれた大量の金、家に転がり込んできた少女と類似する殺人犯、謎のメール。不安になる要素は一杯だった。
それでも自分を、幼稚な自分を晒すわけにはいかない。
「ご……ごめん」
ハナは自分の声が震えていることに気が付いた。
カグヤも箸を取り落し震えていたが、「わ……私だって……私だって好きでやっていたわけないじゃない……」
カグヤの震える腕には無数の傷が刻まれていた。その傷は生々しく引きつり、官能的に赤く輝いている物もあれば、無残に茶色く変色している者もあった。
「え……」ハナは思わず立ち上がり、近くにあったハサミを掴んでいた。握る指ががくがくと震えた。
カグヤの瞳には震えるハナの歪んだ顔が映っていた。
「ご、ごめん……つい熱くなってしまって」カグヤは涙を拭き、食事を始めた。
ハナはハサミをポケットにしまい、携帯電話を手繰り寄せ、震える手で食事を再開した。好きなはずのかぼちゃの煮つけ甘みが全く感じられなかった。
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