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神は堕ち、そして  作者: 賢河侑威
プロローグ
4/9

かぐや姫 3

 ハナが目を覚ますと、残りの講義の時間はもう半分もなかった。入学早々これかよ、とハナはよだれが垂れていないか確かめ、ほっとした。


 大きなあくびをするハナを見て、友人が笑った。昨日は案の定一睡もできず、ハナは寝不足だった。


 あれから予備の布団をカグヤに貸したのは良かったものの、カグヤは壁を背に毛布をかければ眠れると言い張り、結局布団は使わなかった。


 なんだかおかしな子だなと思いながら寝たのはいいものの、それからすぐ、カグヤは静かにすすり泣きをはじめ、それが気になって眠ることができなかったのだ。


 眠る前に飲んでいた錠剤の事も頭から離れなかった。精神安定剤のような表示が載っていた。


 カグヤは実家の事を聞かれると過敏に反応した。ハナには何となくその気持ちがわかる様な気がした。父親の不在を友人に問い詰められるのが嫌で嫌で仕方がなかった頃がハナにもあった。


 あんな父親は居なくても問題ない。ハナは自分に言い聞かせる。


 カグヤには多分、複雑な事情があるのではないか、とハナは考えた。だからこそ、今日はカグヤを笑わせてあげたい、とハナは思った。


 講義を終えたハナはスーパーに寄って、一人なら買わない食材を買って帰った。帰るとカグヤは朝と同じように布団ですすり泣いていた。真っ暗な部屋の中で一人毛布にくるまって。


「ただいま」


ハナが声をかけるとカグヤは赤い顔を上げ、「ああ……」


 目が真っ赤だった。一日中泣き明かしたのだろう。その顔は無残にやつれていた。

「今日は美味しい料理を作ってあげるからね」


 ハナは優しく微笑むと、カグヤの毛布を取った。やはり何だか放っておけなかった。


「何がそんなに悲しいの?」


 ハナはカグヤに近づいて呟いた。カグヤは無言でうつむいていた。


「ねぇ一緒に料理をしましょうよ」ハナはカグヤに微笑みかけた。


「うん」カグヤはふらふらと立ち上がり、ハナと共に台所へ向かった。カグヤはぼんやりと虚ろな目でハナの買ってきた物を見た。すると一瞬、苦悶に顔を歪め、「肉食べられない……んです」


 かくかくと歯が震える音がした。


 震えているのだろうと、ハナは思った。あまりの動揺ぶりにハナは何も聞かず、「わかった。肉は私が食べるよ」微笑みながら、自分の脇腹をつまみ、肩を落とした。二人は気を取り直して、調理を始めた。


 カグヤはかなりうまい手つきでてきぱきと調理をこなした。ハナの方が圧倒されてしまうくらいだった。


「料理うまいね……」ハナは愕然としながら呟いた。

「別に……そんなことは」


 二人は狭いテーブルに座り、食事を始めた。


「テレビつけようか」


 カグヤは無言で頷いた。


 ハナの気づかいなど目に入らぬようにカグヤは素早く食事を始めた。それは食事と言うより、機械が燃料をてきぱきと補給していると言ったほうが適切だった。箸使いも下手で口に運ぶというより口に直接放り込んでいた。獣のような食事だった。


 ハナはその余りに効率的で機械的な食事に茫然と箸を止めていた。


 カグヤはニュースなど耳に入らぬように食事を続ける。


「お、おいしい?」


 ハナの問いにきょとんとしてカグヤが応える。まるで味など一切気にしていない様子だった。二人の間に重い沈黙が流れた。


『次のニュースです。今日午後2時に○○県○○地区で人が倒れているという通報があり、警察が駆け付けたところ三浦秀和さん(28歳)が倒れているのが見つかり―』


「怖いね……これで三件目だよ、ここら辺の地域の殺人事件」携帯端末をいじり、コンタクトの拡張現実にそれと関連のある情報を表示する。


 それに関する各種SNSの情報が端に蓄積されていき、ハナの年齢設定や性別に合わせて抽出された情報がさらに溜まっていく。外のいるとずっと他人を感じ続けることになる。しかし、家に居てもコンタクトを外さない限りは他人の影を感じ続けることになる。


「殺人……ですか」カグヤは箸を止め、小刻みに震えはじめた。


『三浦さんは病院に搬送され、死亡が確認されました』


「大丈夫?」


 カグヤはさっきとは別人のようにニュースに釘つけになっていた。その手はがくがくと震えている。テーブルがそれに合わせて揺れる。


『犯行には刃物が使われたと―』


 カグヤは震えながら突然立ち上がった。その顔は汗に濡れ、真っ青だった。


「どうしたのカグヤっ!」


 ハナが捕える暇もなく、カグヤは走って部屋を出てトイレに駆け込んだ。


「ちょっと……」ハナが駆け付けた頃には、カグヤは便器に頭を突っ込んで嘔吐を繰り返していた。


「だ、大丈夫……」


 嗚咽と嘔吐を繰り返し、ようやく便器から顔を上げたと思うとカグヤの瞳は涙で濡れていた。その顔は恐ろしい殺気で強張っていた。その表情にハナは言葉を失った。


「ごめんなさい……せっかくの料理を……」幼い少女のようにカグヤの瞳からは涙が滴り続けた。涙は傷跡のように腫れた跡を伝っていく。


「大丈夫……さ、食べましょうよ」ハナは何でもない事のように取り繕い、カグヤを部屋にいれた。


 私がしっかりしなくては。そうだ。私は大人なんだから。


 結局、なぜカグヤが突然吐いたのかはわからなかった。


 その日の夜もカグヤは泣き続けた。ハナは自分では到底わかりえない悲しみを背負っているのだと考えて、その日は眠った。


読んで頂きありがとうございました

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