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十九

「からかさ!」

「んひいぃぃぃぃぃぃ!!」


 轟音が町中に走る。

 赤い巨体と共に豪風が横切るたびに、巣から顔を見せ始めた妖たちが振り返った。


 古めかしい通りは大きな手形と罅だらけだ。店の軒先もいくつか破壊され、無残な姿になっている。

 赤い巨体の前を走るのは桐人とからかさ。どうやら二人とも、赤い化け物の標的にされたらしい。


「なんなんですか、あれは!?」

「知らねぇよ!!」


 いや、桐人は知っている。あれは十中八九、蟲に寄生された妖だ。

 恐らく、例の《薬》を服用してしまったのだろう。


 焦ったからかさが己の懐となる、傘の下を探る。


「な、なにか。なにか無いかな!? なにか無いかな!?」


 チョコ○ールに、ネックレス、○○雑誌、ピンヒール、口紅、携帯、ムチ、仮面、網タイツ、スタンガン、花火、と多種多様なものが赤い懐から零れ落ちる。


「お前はドラ○もんか!?」

「あったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 雄叫びと共に丸い物体を掲げ、からかさは後ろを振り返った。


「ちょっ、からか」「くらえ!! 必殺ラブローションンンン!!」


 ぶにゅりと手の中の容器を潰せば、中から夥しいほどのピンク色の液体が噴出した。

 それは「一体、その中身はどうなっているんだ」と他人が見ればツッコみたいほどの糧で、辺り一面に大きな水溜まりを作る。

 勢いよくそこに踏み込んだ四つ足の化け物が、足を滑らせてひっくり返った。


「ふはははははははは! 見たかケダモノめ!! 貴様ごとき、この変態おとこ・からかさの手にかかればっっっっっぎゃああああああああああ!!」

「……」


 ふんぞり返りながら勝利を謳おうとしたからかさだったが、強風が頬をかすり、背後の壁に穴が空けば、途端に悲鳴を上げた。

 桐人は何も言えずに、静観している。


「いぃやぁぁぁ!!」

「ちょっ……!」


 やたらと執拗にからかさを追いかけまわす巨体は怒ったのか、先ほどよりも勢いを増していた。

 断末魔の叫びを上げながら唐傘たちはまた走り出す。

 巻き込まれ、からかさと共に逃走を図っている桐人も息が切れ切れだ。


「っしつ、こ!!」


 曲がり角を見つけては曲がり、細い路地に潜り込んでも、怪物はどこまでも二人の後をついていた。例え道が細くともお構いなしだ。壁に穴を空けながら猛追している。

 かれこれ十分以上は全力疾走している桐人達もそろそろ限界だ。このままでは二人ともあの怪物の餌食となってしまう。

 危険性を感じた桐人はからかさを横目に、叫んだ。


「からかさ! 次の角で別れるぞ!!」

「えええええ!?」

「このままじゃ追いつかれる! 二手に分かれて追われなかった方は助けを呼ぶ! 分かったな!?」

「む、むむむむりでっ!」


 泣き言を口にしようとからかさが唇を震わせるが、次の瞬間には曲がり角で桐人と別れてしまい、叫んだ。


「あっぎゃあああああああああ!!」

「からかさ!!」


 巨体が追いかけてきたのだ。

 大口を開けた怪物がよだれを零しながら、赤い傘へと食らいつく。その寸前。


「……あぇ?」


 巨体が吹っ飛んだ。

 半泣きとなっていたからかさが恐る恐ると振り返れば、華奢な背中がそこに立っていた。


「め、女神殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」

「やめろ、気色悪い」


 滂沱の涙と鼻水を零すからかさに、颯爽と現れたのは万葉だった。


「先輩!」

「ちょっと目を離したすきにまた随分と偉いのを誑し込んで……さすがは妖怪ホイホイ」

「そんな、ゴキブリみたいな!?」


 容赦のない万葉の言葉に桐人が傷ついたような声をあげた。だが、万葉は構わず眼前の巨体を睨みつける。

 吹き飛ばされ、地に転がった巨体が、よろよろと起き上がる。

 四つん這いで這うその姿は、蟲のような悍ましさはあるが、肉体は辛うじて《鬼》の形を保っていた。赤い肌に一本角のそれは元は普通の体型をしていたのかは最早定かではない。細い足を残して、肩から腕までの筋肉が膨張していた。《薬》を服用してから大分経っているのだろう。


 ここまで症状が悪化していると、陰察庁へと保護しても元の形態に戻すことは難しい。いや、そもそも妖を《戻す》思考が、果たして彼らにはあるのか。

 どちらにしろ、捕まえなくてはならないことには変わりない。

 万葉は一つ息を吐くと、一歩、踏み込んだ。


「ぎゃあああああ!!」

「あ?」


 瞬間、赤い巨体が飛びかかってきた。瞬時に構えようとする万葉だったが、巨体の目的が自分ではないことに気づき、すぐさま背後で腰を抜かしていた唐傘の足を引っ張り上げた。

 風圧が迸り、万葉の頬を叩く。見れば巨体の歯によって地面が抉りとられていた。咄嗟に万葉が庇っていなければ、からかさは喰われていたことだろう。


「……あかがさ。あんた、何かした?」

「からかさです女神殿!! 知りません!! 私は何も知りません!!」

「気色悪いからその呼び方やめろ、カスかさ」


 恐らく何かしたのだろう。桐人の苦い顔を見れば、万葉にも自然と何があったのか察せた。

 とにかくこれ以上あの巨体に暴れまわれてしまうとまずいので、なんとか鎮めようと万葉が動き出す。


 すると、赤い巨体が威嚇するように喉を鳴らし、後退をしはじめた。

 その行動に万葉が眉を顰めた瞬間、巨体が飛んだ。


「あ!」

「え!?」


 桐人とからかさが戸惑ったように声をあげた。

 巨体が逃げたのだ。


「え、えー……」

「逃げた……?」

「やっかいね……」


 万葉を警戒して逃げたのか、巨体が消えた方向を睨みつけ、万葉は舌打ちをした。

 このまま逃がしたら面倒なことになりそうだ。そう思って後を追おうと踏み出すが、思わぬ妨害を受け、立ち止まる。


「……どなた?」


 どこに隠れていたのか。或いは今、到着したのか。

 ぞろぞろと万葉たちを囲むように妖の群れが現れた。


 万葉の眼前。蟲の後を追おうとした彼女の前に立ちはだかるかのように現れた妖怪を、万葉は睨みつける。

 するとからかさが声を荒げた。


「あ、あなた! 玉子さんにからみついていた!!」


 どうやら知り合いらしい。

 帯のような布っ切れがゆらゆらと漂いながら、道を塞いでいた。


「――佐々木万葉殿、ですね?」


 もごもごと口端のような形を作りながら喋る布。

 それを無機質な瞳で見つめながら、万葉はただ黙っていた。

 沈黙を肯定ととったのか、布の妖は続けた。


「私は《椿会》の蛇帯。わけあって貴女を探しておりました」


 ――ご同行、願います。


 その言葉には、拒否を許す気配がなかった。






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