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 ――流されやすい


 俺をどんな人間かと説明するのならば、この一言が妥当だろう。

 優柔不断で、流されやすく、押しに弱い、駄目な奴。そんな母のお墨付きのダメダメさ加減は、残念ながら自分でも否定できない。


 妖などと、普通の人間ならば見る機会さえも無い存在と、切っても切れない縁が出来てしまったのは、恐らくその流されやすい性格のせいなのだろう。


 初めて妖を見たのは、六歳の時だった。

 近くの公園で友達と夕方まで遊んで、一人で歩いた帰り道。近道として使った細い路地に人は居らず、少しだけ怖くなったのを覚えている。だけど、急がないと日が暮れてしまうので、そのまま道を進んだ俺は、ふと誰かの声が聞えた気がして、立ち止まった。


 怖いもの見たさもあったのだろう。恐恐としながらも面白半分、好奇心につられてその声の根本へと足を進めた。声の出所はちょうど細い路地が終わるところで、大きな電柱柱の傍には殻に閉じこもった蝸牛かたつむりのように蹲る少女が居た。


 怪我でもしたのかと気になって駆け寄ってみれば、その小さな女の子の頭に乗っかって、何やら悪戯をしているこれまた、ちまっこい生物たちを見つけた。某漫画の目玉おやじみたいで、不謹慎ながらも少しだけ興奮したのを覚えている。


 とにかく、その時初めての妖と出会った俺は、泣いている少女を助けようと、その小さな目玉おやじたちを追い払った。そうして、奴らが退散して改めて少女に声をかければ、少女が目を僅かに見開きながら、膝に埋めていた顔を上げてくれた。


 少女は、前から可愛いと思っていた『お隣の花耶ちゃん』だった――そう、俺、片瀬桐人の初恋である。


 それからと言うもの、花耶は俺にベッタリ、とはいかずとも、毎日二人で遊ぶようになった。家が隣同士のこともあって、よくお互いの部屋を行き来したり、こっそりと二人で箱根山まで遊びに行ったりもした。花耶と居ると、よく子妖怪たちがちょっかいを出しに来たりするので、その度に追い返していたものだ。だが、寄ってくる妖は別に悪い奴らばかりでなく、少し話せば直ぐに打ち解けた。


 思えば、この頃から妖と接する機会が増えてしまい、そのせいで段々と頼まれごとをされるようになってしまったのだろう。

 

 まあ、そんなこんなで『キリくん』『カヤちゃん』とお互いを呼び合い、何時の間にか立場逆転して、俺の方が子分のようになっていた時代もあっという間に過ぎ――中学一年。


 十三歳になった俺は、その時花耶がモテることにようやく気付いた。そして、急に焦燥感を感じた俺は、ある日つい勢いで彼女に告白をしてしまったのだ。


 その時の花耶の表情は、今も鮮明に脳裏にこびり付いている。心底驚いたように目を大きくした彼女は徐々に顔を曇らせ、戸惑ったように唇を震わせた。


『ごめん。桐人のこと、嫌いじゃないけど……その』


 ――ああ、やっぱり駄目か


 困ったように視線を逸らす彼女に、俺はやはりと言う諦めと、彼女が振り向いてくれることの無い事実に打ちひしがれた。けど、情けない自分を見せたくなくて、格好悪い自分を見せたくなくて、歪みそうになる顔を無理やり笑わせた。


 それで冗談だと笑い飛ばして今まで通りに接せれば良かったのだが、感情が上手く追いついてくれず、ごめんと有難うを言って、不甲斐なくも、俺はそのままスゴスゴと家へと帰ってしまったのだ。

 それからはお互い顔を合わせても挨拶するだけで、気まずい気持ちもあり、ぎこちない態度を取ってしまう日々を送るようになった。


 けど、失恋して二週間。朝バッタリと、久しぶりに家の前で鉢合わせてしまった俺たち。失恋の傷は一応癒え始めていたがやはり気まずく、挨拶をすると、そのまま避けるように日直だからとつい嘘を吐いてしまい、俺は足早に進もうとした。が、出来なかった。


 花耶が酷く傷ついたような顔をしたのだ。元々感情が顔に出やすい性格なので、恐らくポーカーフェイスを装うとしたのだろうが、逆にその行為は彼女の形相を更に複雑にさせていた。それがより悲壮感を漂わせていて、とてつもない罪悪感を更に感じてしまった。


 明らかな嘘をついたからだろうか、あからさまに避けてしまったからだろうか。もう既に二週間は経ってると言うのに、あの余所余所しい態度はやはり無いのだろう。悲しそうな顔をされたら、焦ってしまうのは当たり前で、どうすれば良いのか分からずアワアワとしてしまう。


 そうして結局、二人で学校へと登校することになり、帰りも何故か一緒で、そんな感じに流されるがままに花耶と接していくうちに、俺たちは告白する以前のような雰囲気を取り戻していた。

 そんな状態が正直、俺が失恋の後を引きずり過ぎなのか、最初は少しきつかったのだが、それも段々と慣れてしまい、しばらくしたら逆に男として見られてないのがハッキリと理解できたので、諦めもついた。俺の初恋はこうして終わったのだ。


 そうやって、幼馴染と言うより腐れ縁に近い関係を築いていたら、高校生になったある日、怪我をした花耶が助けを求めるためか、部屋に押し掛けてきた。しかも何やらデカい図体をした鬼付きで。


 端正な顔はしていたが、ヤの付くような職業に就いていそうな輩にしか見えず、正直あの時は本当にビビった。自分の知っている妖怪たちと比べて、明らかに各が違うそいつは、阿魂と名乗り、花耶を嫁だのなんだのと称し、その日から彼女に付きまとうようになった。そして気のせいか、奴が現れてから中級以上の妖怪とよく出くわすようになり、平和だったはずの日常が僅かに危険度を増した。


 とにかく、だ。そんな奴が現れてから花耶の周りがやたらと今まで以上に騒がしくなり、そして何故か俺も度々巻き込まれるようになった。いや、俺、普通の人間なんだけど、という言葉は安定のスルーである。それが無くとも確かに俺は以前から、そういうものとの異様に遭遇率が高く、また花耶が襲われる場面にやたらと出くわしていた。


 まあ、そんな風に悪運が強くとも、力とか、霊力的なものは皆無なわけで、結局は最後にあの鬼に何とかしてもらうことで終わる。


 そんな、花耶のピンチを何時も救ってくれる鬼だが、常にセクハラ紛いのことをするせいで、毎日の様に彼女に怒られている。そして何故か、俺も巻き込まれるという理不尽で、不可解な連鎖が出来上がっていた。


 そんなこんなで、花耶と過ごしている時間が平均的に多いせいか、彼女を狙う妖怪によく出くわし、そのお蔭で、ついでに阿魂がどういう妖なのかも流れで判明し、土御門と名乗る陰陽師に出会うことで『陰察庁』の存在や、花耶と言う存在の重要さ、彼女の置かれている状況など、色々なことを知ることとなった。そして同時に自分にとっては遠い世界だと、漠然と感じた。花耶たちには、彼女たちのためにも関わらない方が良いのではないか、と思うほどに。……まあ結局、自分が優柔不断なせいで、花耶から離れることは出来なかったのだが。


 今は諦めもついたのか護身用にと札を渡されたりするが、最初の頃なんて、土御門にこんな事を言われていた。


 ――『君は、もう少し行動を慎んだ方が良い』


 任務で阿魂の監視と花耶の護衛をするために、学校にわざわざ転校してきた土御門は、俺の『事件遭遇率』に呆れ果てていた。


 自分ではそんなつもりはなかったのだが、妖関係の事件に俺は、花耶と行動を共にしてなくとも、何時の間にか関わっていて、それで怪我とかを偶にしていたりする。


 例えば、最近よく顔を出す女装癖の『からかさ小僧』だが、あいつはよく財布を盗まれただの、お気に入りのヒールを失くしただの、としょっちゅう何故か俺を頼ってくる。正直、面倒臭いのだが、頼まれたら断れないのがヘタレな俺で、結局は奴らのために一肌脱ごうとして、落しものとか探しているうちに、何時の間にか、花耶を狙う妖のアジトとかにたどり着いてしまったりしているのだ。


 そうして、運悪く事件が起きる現場に出くわし、それで、てんわやんわと巻き込まれ、土御門らの足を引っ張り、迷惑そうな顔で怒られ、注意とか散々されまくる。


 いや、もう、申し訳ないと言うか、なんと言うか……頭を下げるしかない。


 とりあえず、花耶絡みの事件に巻き込まれても、俺は何も出来ないし、何の役にも立てないので、常になるべく邪魔にならぬよう、隅っこで黙って事を見守ることに徹していた。その時の俺は言わばあれだ、道端の石っコロ。其処にあることは知っているが、背景に完全に溶け込んで、気に掛ける気にもなれない物体である。時々、軌道が外れたカマイタチとか飛んできて、危うく死にそうになったことはあるが……。

 

 そう。俺は道端の石っコロだ。特に目立つ特徴も能力も持たない、唯の人間。事件への介入を許されず、足を引っ張ることしか出来ないからこそ、大人しく傍観に徹するしかない『背景』――それが、俺なのだ。

 だが、何の間違いか。頭がイカれていたのか。

 そんな流されるがままに、事を見守っていただけの役立たずな俺は、つい最近、初めて土御門たちに反発してしまった。


 ――朽木文子と言う同級生が、ある教師に復讐するために、妖と契約し、奴を襲った時のことだ。


 仲裁に入った花耶たちに刃を向ける朽木を、素手で止めた女性が居た。その女性は、まあ、何と言うか支離滅裂で、口も悪く、朽木から意識を逸らすほどの迫力を伴っていた。


 ――『キレイごと言ってんじゃねーぞ、ビッチが』


 氷のような冷たい笑顔で吐き捨てられた言葉は、強烈なものだった。

 あの時の衝撃は、もう何と言ったら良いか。初めてその言葉を聞いた時、正直理解ができず、思考がフリーズした。『え、誰?』と言う疑問もフェードアウトどころか、キックアウトだ。


 いや、ビッチって。え、ビッチって。あれ、どういう意味だっけ? ……みたいな感じに、衝撃から解放された時は混乱したものだ。


 そうして、そんな彼女の突然の登場に俺が目を白黒させているうちに、何時の間にか朽木に憑りついていた妖は取り除かれ、事件に収拾がついていたわけだが、問題が解決したわけではなかった。


 突然現れた女性に注意を奪われた土御門が、あっという間に、彼女を青白い四角陣で囲っていたのだ。その瞬間、血の気が引いたのはよく覚えている。

 以前、同じ術式で土御門が一体の妖を捕えていた時の光景が、脳裏を過った。


 半径五センチ、約一メートル程の長さの、身体を貫く何本もの槍。首、腹、手足の関節と、柔らかい急所を貫くそれは、死に至らしめるほどのものでなくとも、術者が解くまで永遠に続くと言われた所業は、死より残酷な刑に見えた。


 生きながら何も出来ずにただ苦しむしかない、人の形を模したその妖は、今まで奴が犯した所業を忘れてしまいそうなほどに、憐れで可哀想な存在に、俺には思えた。

 

 初めて目にした――恐らく花耶も、知らないであろう土御門の冷たい一面。


 花耶と出会ってから、最初は冷たい印象があったそれも段々と柔らかいものになっていたが、やはりこういう所は変わっていない。


 土御門に限らず、陰察庁に務める輩は規律を乱したとされる妖に平気で、ああいう術を施すところがあった。きっと、それくらいのことをしないと、ああいう妖は、反省もせずに同じ行為を繰り返してゆくのだろう。


 俺には何が正しいのかなんて分からないから、土御門が間違っているとは言えない。けど、あの女性が陣に囲われた時、どうしても納得できなかったのだ。

 確かに彼女は怪しいし、もしかしたら何か良からぬことを考えているのかもしれない。だけど、だからと言って、まだ何もしていないのに、あんな術を掛けようとするのは、あまりにも理不尽な行為に思えた。


 だから思わず、叫んでしまったのだ。やめろ、と。


 あの時の花耶や土御門、それに阿魂の顔は、かなり驚いていたように見えた。それもそうだろう。今まで、どんな事があっても黙って、部外者のように傍観していた俺が、突然大声を上げて奴らの間に割って入ったのだから。そりゃあ、誰だってそこら辺の石っころが突然喋り出せば驚くし、戸惑いだってする。

 花耶なんて、あの後も俄かに動揺したままの様子で居たのだ。


 まあとにもかくにも、俺の言ってることに一応一理あったのと、阿魂からの意外な援護により、無事、蟲喰いの女性を解放することが出来た。


 女性、否、ウチの学校の生徒だったらしい蟲喰いの先輩は、解放されると、読めない笑顔で俺に礼を言い、そのまま朽木を放置して、その場を去った。何とも、訳の分からない嵐のような人で、しばらくポケッとしてしまったのは仕方がない。

 

 そうして、事件が粗方収まり、陰察庁に朽木を一時的に保護してもらって一月、俺は自分でも何かが変わり始めているのが分かった。


 きっかけは、あの朽木文子の事件。あの後、今までどんなことも、傍観視してきた俺は花耶と数年ぶりに喧嘩をした。というのが、以前は多少口を濁しながら苦言を足していたのが、この間、はっきりと単刀直入に彼女に意見してしまったのだ。

 例えば、人を助けるのは良いが、無鉄砲に動くよりもまず考えてから行動しろ、とか、誰かを説得するなら、ただ自分の考えを押し付けるのだけではなく、相手のこともまず考えろ、とか、まあ、偉そうにもそういうことを言ってしまった。

 そしてそれに対して、花耶も花耶で反論してくるため、喧嘩が勃発した。


 そんな感じで、今まで一歩引いて、事を見守るようにしていた俺は、花耶にだけでなく、妖にも口答えするようになった。そう、例えば、人の弁当をかっさらう鬼とか、あの蟲食いの先輩、とか。

 今迄の自分なら、よく見知った妖にならともかく、見知らぬ者には口出しするようなことは、恐れと面倒くささ、それとほんの少しの『どうせ、聞いてくれないだろう』と言う諦めで、一切しなかっただろう。


 だけど、俺はしてしまった。しかも、良く知らぬ女性、それも妖に、だ。


 あの事件から彼女のことは少し気になってはいたが、正直、あのような支離滅裂とした……恐らく面倒臭いきまわりないタイプを相手にするのは気が引けた。いや、だってビッチとか、あんな言葉を面と向かって使う女性って、やっぱり怖いと言うか……。


 眼鏡を掛けた、何とも大人しそうな文学少女に見えたのだが、ああいうこと言われるとギャップが凄すぎて、正直、怖い、関わりたくない、と思うだろ普通。


 そう、俺は恐らく彼女のことが苦手なのだ……苦手だというのに、何故か自分は、口を滑らせていた。

 しかも、思惑がどうであれ、結果的に朽木文子を救ってくれた彼女に、らしくもなく熱くなってつい、随分なことを言ってしまった気がする――。



 


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