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隔離階層  作者: 魚の涙
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内陸警察中央署

 ぐるりと円形に二十基並んだ再生機。その内の一つの蓋が開く。

 内部に満たされていた青色の培養質は、空気に触れた瞬間昇華する。

 もうもうと青い煙が立ち昇り、天井の排気口から排出されていく。

 ルートはその煙を吸って、むせた。

 ルートの顔の横で階級証が回転し、青い煙が拡散される。

 再生機の中には髭を蓄えた男が入っていた。

「ラインさん、起き上がれますか?」

 ルートの声にラインが目を開いて身体を起こす。

 眼球等にもこびり付いていた青い培養質が昇華する。

「使えない」

 ラインは目と鼻と口かも青い煙をもうもうと吹き出しながら呟いた。

「…よく普通に喋れますね」

 青い煙が昇華する際、普通は凄く痛い。

「慣れだ」

 真っ赤な嘘である。本当は痩せ我慢だ。

 この二人、所属は視察局となっているが実際の所統治部と治安部にも籍がある。

 要するにスパイなのだ。

 元々内陸警察は統治部と治安部の二部体制で運用されていた。

 意味不明な戦闘能力を持つ自称課長が中央署に正面から強襲を掛けて、何故かそのまま居座った事によって作られたのが視察局なのである。

 内陸警察内の治外法権であり絶対強者でもある視察局を内側から潰そうと、統治部はラインを、治安部からはルートが送り込まれた。

 課長は全て分かった上でこの二人にコンビを組ませていて、当の本人達もそれには薄々気付いている。

「俺は死んだのか?記憶は引き継がれていない様だが」

 再生機から出て、ラインは硬直した身体を解す。

 警察関係者の頭部には記憶集積回路と呼ばれる直径数ミクロンの金属球が埋め込まれている。

 脳が死ぬと金属球から料理皿と呼ばれる場所に一度記憶が飛ばされ、再生機で肉体が再生される際に記憶は焼き直される。

「僕も同じ状態です。おまけに、我々の肉体が再生されるのが妨害された痕跡があります。そのため通常の倍以上の時間が掛かっています」

「誰がやった?」

 そう聞きながら、ラインは誰の仕業か見当が付いていた。

「履歴を解析しても分かりませんでしたから、まず間違いなく課長の仕業でしょう」

 ルートの報告を聞き流しながら、ラインは再生機から出て辺りを見回す。

「…取り敢えず服着ません?」

「妙に稼働率が高い様だが、どっかの中堅国家でも殲滅したのか?」

 ルートの発言は無視して、ラインは再生機を巡る様に室内をひたひたと歩く。どの再生機にも形成中の肉体が入っていた。

「…詳細は不明ですが、視察員が標的になる何かが起きている様です。直近の五十時間で四十人は死亡しています」

 ルートの言葉に、ラインが振り向き口を開きかけた時、署内に警戒放送が鳴り響いた。

「この建物は現在外部からの攻撃を受けています。戦闘可能な署員は外郭第二棟、第三棟、第四棟へと急行して下さい」

 ラインは警戒放送を聞くのが早いか、壁面のパネルを操作し階級証を三つ取り出す。

 生体認証により起動した二つの階級証が高速で回転し始める中、残った一つをルートに投げた。

 ルートはその階級証をお手玉する様に受け取った。

「ラインさん――」

 階級証は一人につき一つしか所持を許されていない。

「緊急事態だ。そう言う事にしておいて損は無い」

 獰猛な笑みを浮かべるラインに、そうじゃなくてとかぶりを振ってラットは指を差す。

 その指が指し示す先にラインは視線を向けた。

「服着ましょうよ」

 ルートの指先、自身の下肢部にぷらぷらと揺れているモノをラインは見詰めた。

「緊急事態だ」

「なんのだよ!」

 獰猛な中に僅かな比率で愉悦が含まれた笑みに、ルートが悲鳴にも似た叫びをあげる。

「階級証があれば服があった所で生存率は変わらん」

「普通は同じ理屈で服を着る方を選択します。で、本心は?」

 ラインの笑みの比率が少し変わる。

「全裸で署内を歩き回っても咎められないなんてチャンス早々来ない」

「そんなチャンス今も来てねぇよ!」

 ラインに向けていた氷点下の視線を、ルートは自身の掌で遮った。

「だめだこいつ……どうにもならない……」

 ずずん。と建物全体が揺れる。

「この建物は外部からの攻撃を受けています。行動可能な署員は内郭全域で防衛行動を取って下さい」

 一足飛びに警戒レベルが上がった警戒放送を聞いて、二人の纏う空気が固くなる。

 ルートの持つ二つの階級証も高速で回転し始めた。

「何かとんでもない事になっていますね。どこぞの中堅国家が襲撃して来たのかも知れないですよ」

「敵は少数だ」

 きょとんとしたルートの視線に、ラインが冷たく使えないと呟く。

「敵の規模が掴めないと言う事は、恐らくそう言う事だろう」

 ラインの周りを高速で回転する階級証が光の帯をなびかせて飛び回る。

 光の繭に包まれるかの様な神々しい光景だが、中に透けて見えるのが毛深い全裸なのだから台無しだ。

 まさかと言いかけたルートの横で爆発が起こる。壁と天井と床が一斉に崩れた。

 爆発の余波で再生機が七基損壊を受け、青い煙がもうもうと吹き上がる。

 爆炎を潜り抜けて来た着物姿の子供に、二筋の赤い光線が照射される。

 光線はラインの腰付近で回転する階級証から発せられていた。

 光線が照射された場所を中心に子供の身体が青い炎に包まれ、黒焦げになったその身体を突き破って子供が飛び出す。

 飛び出した子供の側頭部に破損していない再生機が衝突する。

 衝突の衝撃で蓋が砕け散り、青い煙が子供を包み込む。

 総重量三トンの再生機を軽々と投げ飛ばしたラインは、念の為に横に飛ぶ。

 間一髪、何故か無傷な再生機がラインがいた場所へと投げ返された。

 投げ返された再生機は別の再生機を巻き込んで砕けた。

「成程ね。何度も同じヒトのを食べていて不思議だったけど、こんなカラクリだったのね」

 子供が感心する様で侮蔑する様な声で呟く。

 その周囲の青い煙が虚空に染み込む様に消えた。

 ラインが再度照射した光線は子供を避ける様に曲がった。数拍遅れて光線が曲がった個所を撫でる様に子供の右腕が横に振られる。

「ルート」

 青い煙に飛び込みながら、ラインは冷たい声で一言。

「俺のために死ね」

 ラインの言葉を引き金に、ルートの意識に埋め込まれていた仕掛けが作動する。

 ルートの眼球がぐるりと回る。ルートの表情が自我の崩壊したそれに変容する。

「ぁ――」

 ルートは声とも呼べないただの音を吐き出しながら、階級証を先行させつつ子供に肉薄する。

 先行した階級証が見えない何かにぶつかって二つとも割れる。

 割れたと思った瞬間、二つとも無傷で、しかし機能を停止して子供の足元に落ちる。

 子供の表情に僅かな焦りが混じり、異様な速さで繰り出されたルートの拳がその頬を掠めた。

 ダメージとも呼べない様な浅い傷が子供の頬に刻まれ、赤い血が滲む。

 同時に突き出された子供の右手は、ルート自身の勢いをその顔面に叩き込んだ。

 衝突点から生まれたのは骨が砕ける嫌な音。

 数拍置いてルートの身体が膝から崩れた。顔面は陥没し顔の中央にぽっかりと空いた穴から体液がだらだらと溢れる。

 子供も無傷とはならず右手の指は全て無茶苦茶に折れていた。

 その表情に痛みによる歪みは無く、僅かな焦りと強い不快感が占めていた。

 ぎろりとラインが飛び込んだ青い煙を睨み付けると煙は割る様に晴れた。

 そこにラインの姿は無い。

 子供の横からラインが飛び込んで来た。再生機から引き千切ったのか、壁や床の中にあった補強材か、金属製の歪んだ棒が子供の脇腹から入り肩に突き刺さる。

「手応えが無い?」

 ラインは確認する様に一言吐き捨て、とっさに後ろへ飛ぶ。ラインが居た場所に青い炎が湧き出してその後を追う。

【ETCカードが挿入されていません】

 ラインに付随する階級証の片方が喪失言語を発すると同時に、青い炎は散った。

「大凡だが、カラクリが読めて来た」

 離れた位置に腰に左手を当てて憮然と佇む子供に、ラインは勝ち誇った様な笑みと言葉を向けた。

「五秒位先を読めばいい。違うか?」

 その言葉に、子供の表情に違う感情が混じる。それは即座に無表情によって隠されたが、ラインは自分の考えが間違っていない事を確信した。

「一つ目。貴様は少し先の時間に居るがその実体は少し前の時間に居る様なモノだな?」

 そう言いながら、ラインは子供との距離を一定に保ちながらゆっくりと歩く。

 子供もまた、ラインとの距離を一定に保ちながらゆっくりと歩く。

 まるで巨大な二つの惑星が、お互いの重力に振り回されている様な、二人で踊る様なお互いに翻弄されている様な、傍から見れば優雅ですらある息の合った動き。

「下賎な種族だからこそ悪知恵があるのだな」

 子供の挑発にラインは陰湿な笑い声と解説を返す。

「二つ目。少し過去に起こった出来事にも干渉する事は可能だが、連続して干渉する事は出来ない」

 言い終わる瞬間、ラインはそれまでとは逆側に倍の歩幅で踏み出す。

 身体の軌道だけを見れば後ろに飛び退く行為だが、傍から見ている分には映像を巻き戻すかの様に自然な足取りだった。

 一方で、ラインが本来進んでいたであろう場所には空間の歪みが突き抜けていた。

 歪みは視覚的には検知出来ず、ただその軌跡に触れた場所が風化する。

「三つ目。干渉した直後は決定した出来事が覆るために、見えない」

 攻撃後の一瞬の隙をついて子供に詰め寄ったラインは、その左腕を切り取って離脱する。

 子供の形相が憤怒に塗れたその瞬間、その背後で階級証が爆発した。

 不意打ちの爆発に子供の頭部が吹き飛び、力を失った身体はその場に倒れた。

 倒れた子供を見ながらラインは無言で警戒の視線を向ける。

 何度か肩を竦めて数歩移動したり背を向けたり。子供が起き上がらないのを確認してラインはようやく警戒を解く。

「使えな――」

 使えない、と言おうとしたラインの頭部を、四本の不可視化された突起が貫通した。

 ライン自身の血が滴る突起の先を見ながら、その意識はその動きを緩やかにして行く。

 正しく思考が出来ないなりにもラインは無理矢理に身体を動かそうとしたが、最早脳からの指令は身体に伝わらない。

 突起が後頭部に引き抜かれるとラインの身体は崩れ落ちる。同時に階級証が床に落ちる。

 その頭部を亜金属製の槌が叩き潰した。

【まもなく、三番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりください】

 喪失言語と共に不可視化されていた二人の署員が階級証と共にその場に姿を現した。

 七本足の署員は針状にした四本の足に付着したラインの体液を振って払い、巨大な槌を持った八つ目の署員は臼を引く様に槌を回す。

「不意打ちをして正解でしたね先輩」

 七本足の署員は先程の戦闘を思い起こして身震いした。

 ラインの分析は相手の反応を見る限りほぼ当たっている。そう仮定するとラインの異常さが際立つ。

「まともにやって勝てる相手じゃないからね。この不意打ちも再生直後の純擬人種だったからどうにかなったものの、重金属種への転換手術が行われていたらこうはならなかったでしょうね」

 八つ目の署員はよっこらせと槌を持ち上げる。ラインの体液が床と槌の間でねちゃりと糸を引いた。

 持ち上げた槌はゆっくりと慎重にラインの脇へと置かれた。

 そして二人の署員はピンセットとルーペを装着し、ぐちゃぐちゃになったラインの頭部を這い蹲る様にして漁る。

「…実際軽金属種でも厳しいかもね。トラップも考慮せずに記憶集積回路探せな、あ、あった」

 目当ての物は直ぐに見つかった。

 直径数ミクロンの金属球。記憶集積回路と呼ばれるそれは、埋め込まれた脳が活動を停止してから五分後に料理皿に情報を送る様に設計されている。

 この仕様は誤送信を防ぐためのもので、記憶集積回路の開発に関与した職員と執行班以上の役職に就く職員しか知らない。

 この二人の署員は開発室の主要メンバーだった。

「これ初めて使うね」

 七本足の署員が弾んだ声で薄い亜金属製の板を取り出した。

 板の中央には小さな窪みがあり、二つの板を重ね合わせる事でその窪みは記憶集積回路が丁度収まる形になる。

 記憶集積回路を破壊する方法はこの二人と偽局長以上の役職に就く者しか知らない。

 八つ目の署員がピンセットで摘んだ記憶集積回路を窪みに嵌め込み、七本足の署員が二枚の板を重ね合わせる。

 微かに板が震え、鈴が鳴るような小さくて高い音が板の隙間から漏れた。

「破壊完了」

 二つと八つの眼を合わせて無邪気に笑う、記憶集積回路を含む内陸警察の備品の殆どを開発したこの二人の署員。

 現行の内陸警察の備品の仕様を網羅している二人にも知らない事が二つあった。

 一つは二人の背後で倒れ伏す子供が記憶集積回路の電力を欲している事。

 もしそれを知っていたなら、子供が再起動する事は無かっただろう。

 破壊された記憶集積回路の電力は板から緩やかに放出される様に設計されている事を二人は知っていたのだから。

 そして記憶集積回路はこの二人の頭部にも埋め込まれている。再起動出来るぎりぎりの電力を得た子供の目の前には別の二つの電力源がある事になる。

 当然の帰結として子供に頭部を破壊された二人が、死ぬまで知らなかったもう一つの事実。

 記憶集積回路からの情報を受信する料理皿と呼ばれる機械は、中央警察署の再生機が設置された部屋の地下に設置されており、子供の攻撃により完膚なきまでに破壊されていると言う事。

 再生した肉体に記憶を焼き直す際の電力喪失は両機械の距離に比例して増えると言う資料。署員も職員も全て記憶集積回路を使用している現状では一番内部からの破壊工作が起きにくいのが再生機周辺だと言う判断。中央署が最も防衛力が高いと言う自負。

 これらの理由で執行班以上の役職が合議して料理皿の設置場所を決めた。

 この判断は結果的に完全に裏目に出ているのだが、執行班以上の役職もまた今回の襲撃で殲滅されているために責任を負う者はどこにも居ない。

 これらの事を知っていたならば二人はラインの記憶集積回路を破壊する必要もなく、仮に保険として破壊を試みたとしても子供の傍でそんな愚挙に及ぶ事は無かった。

 そしてそれらの不幸な過程を二つの記憶集積回路を犬歯で磨り潰す子供は知らない。

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