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隔離階層  作者: 魚の涙
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規制領域

 民営傭兵部隊ドッグピッグの副隊長ラッツは、ラスタ領があった場所を見て呆然とした。

 四角形の縦穴があった場所は存在していなかった。

 埋められた訳でも大きく抉られた訳でも無い。

 四方の壁が反対側の壁まで押し出されたのかと思い、そうではないと気付く。

 周辺の地形は変わっていない。地面に不自然な個所も無い。

 ラスタ領は最初から無かったのだと、そこに縦穴があったのはまやかしだったのだと。

 そう言われた方が納得出来るくらいに自然な、ラスタ領が無い風景に、ラッツは呆然としていたのだ。

 もし本当にラスタ領が無かったのならば良かったのにと、そんな事を考えながらラッツは自分の手の中にあるアンプルを見遣る。

 禁止強化剤のアンプルが三本。

 平原連合が傭兵一人に一本ずつ配布した物である。


 ラッツ達逃げた傭兵が何をしに戦場に舞い戻ったかと言えば、保身のためである。

 一つには平原連合は逃げた傭兵を殺すかもしれないと思ったからだ。

 ただの調査隊や討伐隊として雇われたのならまだしも、殻土とアラル連邦と平原連合の合同部隊である。

 悪く考えれば、ラッツ達は平原連合の面子を潰したとも言える。

 深い霧の中、その事に思い至った時点で十人居の隊員中六人がラッツと共に居た。

 四人ははぐれた。恐らくは生きてはいない。

 ラスタ領に近づくのは難しい。

 正体不明の霧がラスタ領の周囲を覆っているからだ。

 行きは殻土のひらひらした男が何かをして霧を晴らしていたため、逃げた傭兵は気付けなかったのだ。

 ラスタ領から離れるのもまた、近づくのと同じくらい難しい事に。

 原因は分からないが、取り敢えず四人が消えた。

 霧がどこまで続くのかは分からないが、三国の定めた規制領域に入ってからラスタ領にたどり着くまでに七百時間は掛かった。

 四人消えるまでに掛かったのは三時間。単純に計算するなら、生き残る方法は一つ。

「引き返そう」

 誰が最初にそう言ったのか。いずれにせよ選択肢は選ぶ程無かった。

 ラスタ領に戻るのには三時間掛かる計算だった。

 結局二時間引き返した時点で霧が晴れた。その時点で更に三人消えていた。

 霧の消えた後に見えた光景は三人を呆然とさせただけだった。


 亡羊と辺りを眺めていたラッツの背後から悲鳴が響いた。

 振り返ると、生き残った一人がもう一人の頭に噛みついていた。

 噛みついた方は、死の恐怖に自我を失いかけていた隊員だった。

 悲鳴を上げたのは噛みついた方。噛みつかれた方は、即死か。

 ラッツの記憶が正しければ、噛みつかれた方は壊れかかった頭部を換装せずに使い続けていた奴だ。補助脳も使っていなかった。

「壊れたか」

 ラッツは感慨深く呟いた。それはどっちの事を言っていたのか、噛みつかれた方の頭部か、噛みついた方の自我か、それともラッツ自身か。

 ラッツは各種制限を解除して、殴った。

 ラッツの右手と、隊員の頭が二つ。全部壊れた。

 しばらく呆然と二つの死体を眺めていたラッツは、アンプルを二つ回収した。

 自分の生存率が上がるかも知れないと考えての行動だが、ここが危険なのか安全なのかもラッツは分かっていなかった。

 その傍らで、空間が歪んだ。

 ラッツは歪みを一瞥して、ラスタ領があった場所に視線を向けた。

 歪みは大きくなり、そこから艶やかな着物を着た子供が現れた。

 しかしラッツは無反応である。

「久しぶりにあの部屋の外ね」

 子供の呟きに、ラッツは視線を少し動かし、結局元に戻した。

「あら?貴方何をしているの?」

 子供がラッツに声を掛けた。すぐに殺さなかったのは外に出られたのが嬉しかったから。理由はあっても理屈は無い。

「そこに縦穴があった」

 ラッツが言葉を返したのは聞かれたから。理由はあっても意味は無い。

「あったわね」

「私の仲間は、戦場では死ななかった」

 子供が遠くに目を向ける。まるで消えた七人を探すかの様に。

「そうみたいね」

 そして、消えた七人のなれの果てを見つけたかの様に肯定の言葉を紡ぐ。

「私の人生に意味等あったのか?」

 目の前に居るそれが、色々あって一時的に後ろ向きになっているだけだと、子供は理解していた。

「無いんじゃない?」

 なら、壊しても問題はなさそうだと、子供は考えていた。

「でも、これからの人生を意味のあるものにしてあげるわ」

 ラッツがその言葉に反応した瞬間、ラッツの手にあったアンプルは三本ともラッツの首に刺さっていた。

「がふあ?」

 ラッツ達は禁止強化剤の効果を身体負担の非常に大きい反応速度強化剤と聞かされていたが、実際の効果は使用者の自我を破壊した上で身体を極限まで活性化させるものだった。

 投薬された者は自身が壊れるまで周囲を壊す衝動から逃げられない。

 もちろん子供は薬剤の正しい効果を把握していた。

「どっちが強いのかしら」

 子供が何も無い所を掴むような動作をすると、下から黒焦げの鎧が落ちて来た。

「魂を無理やり繋ぎ止めて作ったこの仔と、どっちが強いのかしら」

 楽しそうな子供の視線の先で、ラッツの身体が変質する。

 肥大化した筋に耐え切れず薄い外殻は割れた。

 穴や罅から体液が染み出しながら、ラッツだったモノは凄まじい速度で左の拳を繰り出した。

 朝霧だったモノはその拳に交差させた両腕を差し出した。

 鎧の両腕は砕け散り、ラッツの左腕も同時に液化崩壊した。

 その左腕の崩壊が引き金になり、全身が液化崩壊する。

 ラッツはアンプルを受け取る際一つだけ注意すべき点を聞いていた。

「用法容量は正しく守って使いましょう」

 標準的人類に対するアンプルの使用量は、一回につき一本。

 アンプルの側面にそう書いてある。

「どっちも弱いのね」

 どっかにもっと丈夫な仔はいないかしらと言って、子供は空間を歪ませてどこかへと移動した。

 歪んだ空間が戻る際の余波で、朝霧だったモノもまたどこかへと移動した。

 ラッツはただの水溜りになり、頭部の欠損した二つの死体がその場に残った。

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