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隔離階層  作者: 魚の涙
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境界

 視察局は内陸警察の中でも完全に独立した部署である。

 役職は局長が最上位で、その下に偽局長、複局長、実行会、執行班、視察室、階級証持ち、一般視察員と続く。

 内陸警察内部で仕事をする場合は出向視察員と総称され、外部で仕事をする場合は派遣視察員となる。

 その中で例外が一人だけ居た。

「課長。また派遣視察員が二人死にました」

 奇妙な機械を覗き込んでいた七本足の署員が顔をあげてそう告げると、課長と呼ばれたそれはぬるりと動いた。

 十七本の腕とも脚ともつかないものを動かして、課長は起き上がった。

 課長が言うにはそれは全て手である。

「また階級証持ちか?」

 全ての手の付け根には嘴状の器官があり声はそこでもないどこかから響き渡る。

 課長が言うにはそれは口である。

「今回は一般視察員です」

 七本足の署員の言葉に、課長は口の側面に七対並ぶ眼の様な赤い器官を露出させる。

 課長が言うにはそれらは鼻である。

「何故死んだ」

「今回も分かりません」

 用事は済んだと言わんばかりに七本足の職員は課長に背を向け、奇妙な機械を覗き込む。

 課長は少しの間ゆらゆらしていたが、不意に手を全方位に広げた。

 四方八方の壁に手が突き刺さる。

 全ての手が軋む様に音を立てた次の瞬間、課長の身体は上方に飛んで行った。

「また天井に穴開けて…」

 八つ目の署員がばらばらと落ちる天井の破片を浴びながら半眼で呆れた。

 天井を破り跳ね上がった課長の下には内陸警察の本部である中央警察署がある。

 七角形をした平たい施設。その周りには八角形をしたフェンスで囲まれた土地。フェンスの外側にはちらほらと警備官が見える。

 課長は十七本の手の内六本を振り回すように動かす。

 そうする事によって良く分からない原理で揚力が発生する。

 課長本人にも分からない原理だ。

 しかし、飛べる。課長にとってはそれで十分だった。

 課長は異常な加速を見せながらほぼ真上に上昇する。

 遥か上空に見えていた主幹交軸がぐんぐん近づいて来る。

 主幹交軸に近づく事によって体表温度が異常なまでに上昇するが、課長は体表を液化する事で熱を凌ぐ。

 液化した表面が蒸発する時に未知の化学反応が起きている事を課長は肌で感じていたが、結局その原理は課長にも分からない。

 際限なく加速した課長は最終的に主幹交軸の横を通過する。

 主弦面から裏弦面へと突入した瞬間、天地が反転する。

 同時に課長の全身を岩に衝突した様な激しい抵抗が襲う。

 辺りは暗闇の世界に変わっていた。

 見えない岩を削る様な音を立てながら、更に課長は加速した。

 あっという間に裏弦面の中心、視察局が観測地点と呼称する地点から少し離れた場所に塵を巻き上げずに着地した。

 激しい衝突音が響き渡る。

 傍から見ればそれは落下であったが、課長は無傷だ。

 鼻を利かせて周囲を観測するも、自動人形が居るだけで目当てのモノは課長の知覚域には居ない。

「どこへ行った」

 課長が呟くのとほぼ同時に、課長の口をぐるりと取り囲む様に緑色の光の帯が発生し、そこにいくつもの喪失文字が浮かぶ。

♯暴力的ストーカー補助システムver12.1体験版をDL頂きありがとう御座います♯

♯当製品ライセンスはサークル魚の涙に帰属します♯

♯無力な羊たる目標補足。襲撃先に設定します♯

♯この製品はβ版です。サークル魚の涙は製品の品質を保証しません♯

♯ダメ、ダイタイ。国際法は貴方が捕殺されない程度に遵守しましょう♯

♯警告、本製品を同意が無い対象に使用した場合の法的責任は使用者に帰属します♯

♯ナビゲーション機能の使用は追加パッチ(1700円)の購入が必要です♯

 数秒でそれらの文字が一度消え、何かの座標を示す図が映し出された。

♯表面上は国際法を守って清く正しく使いましょう。貴方の命を護るのは貴方自身です♯

 図に被せる様に一行の喪失文字が表示された。

「そんな所に」

 呟くやいなや、課長は塵を巻き上げながら真横に飛んだ。

 図は緩慢な速度で課長に追随しようと動くが、一定の距離離れた所で消えた。

 課長の周囲では塵が激しく巻き上がり、再び岩を削る様な音が響く。

 しばらくすると塵が巻き上がらなくなり、音は激しくなる。

 課長は徐々に回転しながら緩やかに上昇しつつ速度を増す。

 やがて課長は知覚域ぎりぎりに生体反応を見つけた。

 その直後にはいくつかの手が墨色の子供と極彩色の傭兵服を抱えていた。

「儂の息子ながら無茶をする」

 課長が呆れた声音でそう言った。

「息子じゃなくてあんたの変異複製体な」

 極彩色は若干疲れた声音で強がった。

「もうすぐ境界だ。儂も電力残量はあまりないから自力で発電しろ」

 課長の遥か前方から、明るい領域が迫る。

 ずどん。と、何かを突き抜ける衝撃と同時に辺りは僅かに明るくなった。

 地表における主弦面と裏弦面の間、境界と呼ばれる領域に出たのだ。

「時間稼ぎか?」

 傭兵服がむくりと起き上がって展開していた内骨格を収納する。

 同時に子供も目を開けて起き上がり、みしみしと内組織を軋ませながら解し始めた。

「派遣視察員が狩られているのだ。ここ百時間で半分死んだ。階級証持ちもそうでない者もだ」

 地面に手をだらりと広げてそう言う課長はどことなくしょげている様にも見える。

「階級持ちもって事はラインのクソ野郎も狩られたのか?」

 傭兵服は仮面の裏から無数の管足を生やして上を向く。

「真っ先に狩られた。適当な理由をつけて予備を廃棄してやったから、今頃やっと復活してるかどうかって頃合いだ」

 ぐはは。と課長は豪快に笑う。

「死んでしまえばいいのに」

 子供の呟きに課長は豪快な笑いを凍結さる。子供は宙を見つめて呆けていた。

「儂コレが喋るの初めて見た気がするぞ」

 若干興奮した声で課長。

「奇遇だな。俺もだ」

 冷え切った声で傭兵服。

 それはそうと、と傭兵服は話を戻す。

「使者様が解放されたのは知ってるぜ。明らかにアレに影響を受けたモノがこっちの方まで来て勝手に死んだ。一応隔離階層にぶちこんだが、あー、あんたならもう知ってるか」

「いや、儂もしばらく忙しくてな、あっちには顔を出してない」

【緊急回路作動条件を満たしました。緊急回路作動します】

 再び子供が喋る。その言語は喪失言語だった。

 同時に熱風が三人を襲うが、子供を中心にした半球状の領域には到達しない。

「なんだ?」

 傭兵服が立ち上がる。

「境界では儂の知覚域は当てにならんか」

 課長が未知の原理でぬるりと浮き上がる。どんな原理で浮いているのかは課長自身も知らない。

 三人の視線の先にうつつが佇んでいた。やや焦ったその視線は隣の女と課長達を見比べて、表情が若干険しいものになる。

「…正真正銘天地に誓って、ただの通りすがりなんですがね。まあ、それでも、チャンスではありますか、一応」

 一応攻撃はしないで下さい。と言ううつつの声を待つ程、うつつの隣の女は気が長くなかった。

「抜刀」

 うつつが制止する間も無く短く呟く。直後に熱風が吹き荒れる。

 傭兵服にはうつつの悲鳴が聞こえた様な気がした。

【対エネルギー障害装置作動継続中】

 熱風に対して子供が喪失言語を呟く。

熱風は課長達に届く前に、座標の歪みにぶつかって霧散した。

【脅威の隔絶を確認。緊急回路作動条件を満たしません。緊急回路を閉鎖します】

 唐突に、課長達とうつつ達の間にある時空間が歪む。

 正弦面と裏弦面の間に存在する境界と呼ばれるこの領域では、座標が安定しない。

 主幹交軸から正弦面側にだけ照射される光と、裏弦面を満たす出所不明の何かが交じり合うこの領域では、隣に居る者ですらいつの間にかはぐれてしまう事がある。

 陽炎の様な空間の歪みの中に、うつつのほっとした様な顔と、女の攻撃的な顔が消えて行った。

 再び座標が安定した瞬間、子供はぱたりと俯せに倒れた。

「あの気に食わない優男は労六繊維の幹部だったな」

 課長がゆるく脱力した姿勢でゆっくりと地面に落ちた。

 その声は疲れたとでも言わんばかりの気怠さを帯びていた。

「うちの局員を狩ってるのは奴等か?」

 傭兵服は格納した内骨格を展開しながらそう言った。

「多分違うな。恐らくラスタ領にいたアレだ」

 そのはっきりとした声音とは正反対に、課長の身体は溶けた餅の様にふにゃふにゃと潰れる。

「なんにせよ警察ごっこは終わりだ。電力が補充出来次第お前と儂はそれぞれ単騎で――」

「んな事よりさ」

 割と重要そうな課長の言葉を、傭兵服は気怠そうな言葉で遮る。

「結局こいつ何なの?」

 傭兵服の翼が倒れ伏す子供をばさばさ叩く。

「――玩具だ」

「ガング?」

 訝しげな傭兵服に、課長は心の中だけでニヤリと笑う。

 それを表情にまで波及させるのは不可能であるが故に心の中だけなのであり、わざわざそんな事をする理由は気分の問題だと課長は考えている。

「対象年齢九歳未満だそうだ。要するに喪失技巧だ【友達君】とか言う製品だ」

 喪失言語で商品名を言われた所で、傭兵服には理解出来る筈も無い。

 課長の言葉に傭兵服は無言で友達君を蹴飛ばしてみた。

 軽い金属音が響いかせて少し飛んだ。

「ふーん。で、さっきのばばばーっては何だ?」

 傭兵服が熱風を防いだ時の事を身振り手振りで表現する。

「喪失技巧だからな。大方幼児が怪我しないようにするための補助機能だろう」

 こいつ言動が馬鹿っぽいな。とか考えながら課長は投げ遣りに回答を投げる。

「何でそんなのを裏面のへそで演算機代わりに使ってるんだよ」

「丁度いい感じだったからな」

 二人の主脳は充電が完了するまでの時間を七時間前後と計算していた。

 特にする事も無い二人は延々と無駄話を続け、その間に蹴り飛ばされて距離の空いた友達君との間に座標の歪みが発生する。

 その歪みに引き込まれた友達君がどこか別の座標に転移した事に、二人が気付くまであと七時間程である。

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