帯電塔
「――」
棍棒を持った警察官が言葉を発する前に、その頭部が唐突に爆発して飛び散った。
二拍程遅れて着物姿の子供が振りぬいた右腕は、慣性に耐え切れず振袖と一緒に引き千切れた。
重金属基系種において頭部の欠損は必ずしも死に直結しないが、修復や換装が困難な部位の一つでもある。
高価な改造が施されていたのなら尚更だ。
報復は素早く実行される。
頭部以外の感覚器で子供の位置を確認し、手刀を子供の胸部に突き立てる。
警察官の手には柔らかい生体組織を貫く感触。易々と手刀は突き刺さった。
胸中の罵声は発声器官が破損しているため音声には出来ない。
追加改装したばかりの頭部に対する未練。
意訳すればそんな内容を代弁するかの様に手刀が爆発する。
子供の上半身が消失する。
頭部に比べて、手等の単純な組織の修復や改造は安価であるが故に、通常使い捨てされるのは大抵この部位である。
しかし、その爆発は設定された範囲を超えて本人の上腕部までを巻き込んだ。
外皮が肩まで捲れ上がり内部骨格ごと下腕部が消失した。爆発に伴う熱で胸部の感覚器は片方死んだ。
自身の損害状況を走査しようとした所で、何の脈絡も無く警察官は死んだ。
子供が右袖で口元を隠して、妖艶な笑みを浮かべた。
理解不能な現象を目の当たりにしたもう一人の警察官は、刃物を構えたままどう動くかを決めかねていた。
子供と目が合った。
その足元には朽ちた金属基系種の同僚が倒れていた。コマが切り替わる間に錆びだらけになった同僚は死んでいる様にしか見えなかった。
とても今死んだ様には見えない。何千時間も前に死んだ様に見える。
「あらあら、そこはかとなく見覚えのある衣服だこと」
顎の下、吐息すら掛かる距離に子供の顔。
ガキン。
重い金属音が鳴り響いた。
慌てた警察官が手にしていた刃物で子供を切ろうとした結果発生した音だ。
重金属基系の手刀で易々と貫けたその子供は、喪失技巧の斬撃に対してただ後方に吹き飛んだ。
そして帯電塔の手前で加速しながら急上昇し、中腹に激突して一旦静止してから今度は下向きに急加速して地面に落ちた。
警察官は刃を振り下ろしたその姿勢で、またしてもどう動くか決めかねていた。
警察官の思考には次から次へと疑問が湧いて、湧いて、溜まって行った。
どうやって数メートルの間を詰めたのかも分からない。
どうやって身体を修復したのかも分からない。
どうやって隔離構成層以外何でも両断する斬撃から身を守ったのかも分からない。
どうやったら下向きに振り下ろしたその攻撃を、仮に受け流したのだとしても、後ろや斜め上方に飛んで行けるのかも分からない。
そもそも間合いを詰められる過程が全く知覚できなかった。
何度視覚情報を再生しても突然眼前に現れた様にしか見えない。
しかし、異常だと言う事は理解した。
警戒しながら刃物で前方を薙ぎ払う。
帯電塔が根元の数十センチ、子供が落下した辺りを失い警察官側に倒れて来た。
警察官は慌てる事無くもう一度刃物を振るう。今度は縦に。
鉄塔は中心から二つに切り離され、警察官を避けてその両脇に落下した。
帯電塔の残骸が巻き上げる塵で視界を失っている間に、警察官は頭部を潰されていた。
子供が背後に立っている事に気づく事無く、二人目の警察官は死んだ。
追加骨格で補強された頭部に収納された節足も発煙筒も使われる事無く、主脳も補助脳の区別も無くピンポン玉程の球体に圧縮された。
頭部を失った身体が子供の足元に倒れた。
二拍程遅れて、子供が何もない空間を握りしめる様な仕草をした。
その手が開かれた時、ピンポン玉大の頭部は子供の掌にあった。
「全く、何もかも無茶苦茶ね。物理的法則とかあったもんじゃないわ」
警察官達の死体は、それは我々の台詞だと言わんばかりに沈黙している。
崩壊した帯電塔からは既に電力は得られなくなっていた。
ブレーカーが落ちたのだろうと、子供は納得した。
まだ十分なエネルギーは確保出来ていなかった。
その僅かなエネルギーでは本来の機能を取り戻すのは無理だった。
もっと効率の良いエネルギー収集方法が必要だと子供は結論付けた。
何か無いかと辺りを見回しつつ、子供はピンポン玉大の頭部を口に放り込んで犬歯で磨り潰す。
その瞬間、子供に衝撃が走る。
莫大な量のエネルギーが子供の内部に侵入したからだ。
その総量は帯電塔一つを枯渇させて得たエネルギーの五倍程だった。
驚きつつ磨り潰された頭部を舌の上で転がして解析した結果、その内部に埋め込まれていた異物がエネルギー源だと子供は結論付けた。
子供は錆びて朽ち果てた警察官の傍に駆け寄ると、這いつくばって地面を嘗め回す。
数分程地面を舐めていた子供は目当ての物を見つけた。
それは直径数ミクロンの金属製の球体だった。
犬歯で丁寧に磨り潰して飲み込むと、先程と同じ量のエネルギーが得られた。
子供の顔が歪に微笑む。
同じ物を後百個程集めれば足りる。子供の回路はそう結論付けた。
任務を達成出来るかも知れない。
そう思った子供は愉しそうに、叫んだ。それは獣の咆哮にも聞こえる獰猛さだった。