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隔離階層  作者: 魚の涙
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補給管

 補給管付近の雑然とした仮集落で、補給の不要な私は何もする事が無く呆けていた。

 人は呆けていると却って色々な事を考えてしまう。

 悩みがある時は往々にして忙殺されていた方が、こうして呆けているより遥かに気が楽なものである。

 最後の任に就いたその日、背後の扉が朽ちて全てが恙無く終わってからも自分はそこで構え続けると思っていた。

 それが自分達変異群純擬人の背負った業だと思っていたし、それが最善の選択である事、私の心に負担が少ない事もちゃんと分かっていたからだ。

 純人類は遥か昔に滅んだ。

 それは仕方の無い事だと私達純擬人は分かっている。

 そもそも純人類は古過ぎる生物となってしまったのだ。

 それでいながら、純人類が作り出した技術は、その後のいかなる人類でも横に並ぶ事さえ不可能だ。純人類が滅んでからはその叡智は継承すらままならず、その殆どが喪失技巧として過去には現実だったとされる幻想となった。

 我々第七三変異系純擬人群は、純人類から直接の任を受けた数少ない純擬人群系としての自覚と自負があった。

 全く、死ねるなら死にたい。まだ死ねないけど。

 私の身体は殻土と呼ばれる地域では普遍的だと言う、亜金属製の外套に包まれていた。

 一見して拘束等受けている様には見えないのだが、私の生殺与奪権は目の前に座る優男が握っている。

 生殺与奪権を握っているとは不正確かも知れない。

 正確には自殺件を奪われていると言う所だ。

 労六繊維全技研所属のうつつ。と優男は名乗った。

 労六繊維等と言う組織の存在は知らない。我が群があの縦穴に降りた後に成立した組織なのだろう。

 そもそもここ十世紀程の外界の動向等知る方法が無かった。

 我が群は引き籠っていたのだから。

「止めたのですけどね」

 補給管から汲み取った補給液をちびちびと飲みながら、優男は白い肌をほんのりと上気させてそう呟いた。

 この集落の補給液はこの優男の身体に何らかの干渉を行う様だ。

この優男から逃げるのに役立つかも知れない。覚えておこう。

『そもそも、喪失技巧は基本的に危ういのです。複製が効かないその希少性から大量に在庫があっても物理的に分解して研究される事はまずありませんし、そもそも現存する旧時代の自動工場は内部に侵入すら出来ない物が殆どですからね。とにかく研究が進んでいないのです』

 唐突に圧縮言語で捲くし立てられた。自称学者であるこの優男は、ラスタ領からここまでの道中では飄々として掴み所が無い物言いを貫いていたのだが、今日はやけに感情的に話をする。

 優男の思考制御系に影響するのだろうか、ここの補給液は。

『ラスタ領が時空間に干渉している施設だと言う事は割と早い段階で分かっていました』

 分かっていたのか。大した分析力だ。私達は全く分かっていないと言うのに。

 もっとも、それは意図的に継承しなかったが故なのだが。

『どちらにせよ領土の近くに不審な集落があれば調査団が結成されるのは当たり前なんですがね、今回は何故か内陸警察まで出張って来た』

 まだ存続していたのかあの詐欺集団。

『しかも派遣されて来たのは視察員二名ですよ。統治部でも治安部でも無く視察局ですよ、階級証持ちですよ。不自然の極みです』

 どうやら私の知る内陸警察に比べて、組織として随分多層化している様だ。ちょっとはまともな集団になっているのかも知れない。

『立退きに応じなかった集落を一晩で補給管ごと殲滅して、辺り一帯更を地化する様な組織の対応としては甚だしく不自然です』

 前言撤回。どれだけ時間が経とうと、組織と言うモノの体質は案外変わらないものだ。

『それを受けて取り敢えず視察員を処分して来いとの指示を私にする、と言うのが社の対応なのですよ。そもそも労六繊維の収入減が不死身詐欺ですからね。そりゃ時間を止めたら死なないかも知れないですけど』

「結果は人死だらけだけどな」

『ああ、死んだのは殆ど奴隷兵でしたから、結果的に被害は最小限です。元々生残りが居た場合は現地処分でしたし』

「………そうか」

 高々十世紀程度では世の中は変わらないらしい。嘆かわしい限りだ。

「ともかくだ、私の拘束をいい加減解いてくれないか?」

 優男に何度目かの申し出をしてみる。補給液の影響がある内なら或いは。

『内陸警察と労六繊維を殲滅するのを手伝って頂けるならいつでも』

 優男は感情の無い飄々とした物言いで定型文を切り返した。

 まだ目付きはおかしいが補給液の悪影響は軽減している様だ。早くも耐性が付いているのかも知れない。やはりこの優男、生身ではないのだろう。

 もっとも、補助器無しで圧縮言語を喋れる時点で生身の可能性はほぼ無いのだが。

「戯言はさておき」

 優男が圧縮言語から通常言語に切り替えるのと同時に私の顔に激痛が走る。発した筈の絶叫は喉を制御されているため音にもならない。

 涙すら制御されてクリアな視界に、ちらちらと赤いノイズが走る。

 そのノイズの中で、破砕音と共に私と優男の間を阻む机が蹴り砕かれた。

「内陸警察だ。動くな」

 カーキ色の見覚えのある様で初めて見る制服を着た警察官が、脅迫的な声音で凄みを効かせる。

 そう言われなくとも動けないのだが。

 もう一人の警察官が乱暴に私の胸を蹴り飛ばした。

 無抵抗な相手を取り敢えず攻撃する姿勢。清々しいまでに昔のままだ。

 時が止まったかの様に、周囲から声と動きが消えた。

「人違いじゃないか?」

 机を蹴り砕いた警察官は棍棒で優男の喉を抑えつけながら、緊張感の無い声でそう呟いた。

 優男は苦しそうに呻いている。

 どういった仕組みなのかは分からないが、私の抜刀を受け止めた外套。

 そんな外套の襟越しに喉を押さえられた所で苦しくも無いだろうに、中々の演技派だ。

 そして、激痛で私の意識がそれた一瞬で、優男は全く違う人相になっていた。

 恐らく私も別の人相になっているのだろう。

 意図しない肺の痙攣に咳き込み、顰め面にされた顔を不快に感じ、自分の意思から離れて胸を抑える右手を呪い、唯一自由になる目で警察官共に視線を巡らせる。

 警察官は二人。見た事の無い制服だが恐らく下っ端。武装は三十センチ程の刃物と棍棒。

 拘束が解かれれば抜刀無しでも一秒かからずに首をもげる。

 しかし今の私は指一本自由に動かせない。

 刃物を持った警察官が私の頭を無造作に掴む。刃物を逆手に持ち変え胸ポケットからケーブルを引き出し、帽子の飾りに繋げる。

 帽子の辺りで電波が発着信された事に伴うノイズを、私の第二鼓膜が検知する。

「顔が全然違う。人違いか」

 残念そうにそう言って私を投げた。

 天と地を交互に何度か拝んだ所で私の視点は逆さまで固定された。

「この付近に居るのは間違いない筈だ。多分」

 棍棒を持った警察官は優男に追加の暴力を奮う事無く立ち上がり、背と足に仕込んであるのであろう推進器官を使って、私の視界から消えた。刃物を持った警察官が無言でそれに続く。

 数秒後。何事も無かったかの様に周囲は動き出し、日常に戻っていた。

「酷い目に遭いましたね」

 優男がいつもの顔で半ば壁に埋まった私に手を差し伸べる。

 私の手が私の意識とは関係無くその手を掴み、優男は私を壁から引き剥がした。

 顔に激痛。またしても悲鳴は殺された。

 顔面の制御が私の元に戻って来た瞬間、正直泣き出しそうだったのだが、必死に痩せ我慢する。

「それにしても、昔に増して他人には冷たい世の中だな」

 痩せ我慢の結果、無理やりひり出した言葉はそれだった。

 周囲に居る全ては、私と優男を全く気にしていない。

 それは顔が変わった事に気が付かないくらいに徹底的な無関心。

「そうですね。でも、それ程不都合はないでしょう?」

 優男の顔は飄々とした顔でそう言った。

「ま、その内大暴れして頂きますので、今はしっかり体調を整えて下さいよ」

 この珍道中も八十時間を超えようとしている。優男が何を画策しているのか、私は全く掴めずにいる。

 そして、何故私は自ら死ななければならないのか、それもまた分からないままだ。

 取り敢えず死ねばこの様な稚拙な悩みは解決すると言うのに。忌々しい。

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