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隔離階層  作者: 魚の涙
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観測地点

 光の殆ど無い世界。裏弦面と呼ばれる場所に観測地点はあった。

 観測地点には子供が膝を抱えて座っていた。子供の足枷には鎖が繋がれ、その鎖の先には大きな鉄球が繋がれている。

 鎖は一つの足に四本ずつ。ぼろぼろの衣服は墨色に染まり元の色は判然としない。

 子供を傍に大の字で眠る奇抜な色彩がいた。黄と青と赤と白と紫と緑の縞模様の傭兵服を着たそれは、喪失文字で「泣」と書かれた仮面を被っていた。

 子供と傭兵服の周囲には白い自動人形が十体立っている。

 全ての自動人形の側頭部に子供の腰から伸びたケーブルが繋がれている。

 周囲一帯の隔離構成層には厚く堆積物が積もっており、時折主幹交軸から何かが剥がれて降って来る。

 前触れも無く子供が立ち上がり、主弦面基準で東の方向に顔を向けた。

 同時に一体の自動人形が腕の半分を主弦面基準で東側に向ける。自動人形の腕はその方向に何も検知出来ず、やがてだらりと落ちる。

 自動人形が感知出来ない程彼方、地平線の一番深い部分にチラチラと動く影が、子供には見えていた。

 子供が圧縮言語で指示を出すと、自動人形の首から円盤が射出される。

 円盤は回転しながら三段階の加速をして、地平線に向かって飛ぶ。

 数分で影の真上に到達した円盤はぴたりと動きを止めた。

 影の正体は黒焦の鎧だった。

 ぎしぎしと軋みながら動く鎧の兜が炭化した中身もろとも落ちる。

 制御部位を失った鎧は無秩序な動きを数秒行い、その動きで胸部が外れて足元に落ちた。

 ごうと音を立てて鎧から斥力が噴き出す。斥力は鎧自体を後ろへ吹き飛ばし、脆くなっていた鎧はばらばらになって飛び散った。

 枷から解き放たれた斥力は爆発して散り、巻き上がった塵がもうもうと立ち込めた。

 鎧の残骸がちりちりと熱を捨て、その熱を剥き出しになった隔離構成層が吸収する。

 音は即座に天と地に吸い込まれ、辺りには塵の積もる音がノイズの様にあるだけ。

 視界を遮る微細な塵は中々薄れず、徐々に拡散しながらその範囲を広げる。

 子供と傭兵と自動人形は定位置を動かず、ただそこに居る。

 三百時間程かけて塵が再び堆積するまで円盤はそこに漂っていた。

 塵が堆積し終わってから百時間。

 円盤は保持した電力を使い果たし、隔離構成層に落下していた。いずれは塵の一部となる。

「良く寝た」

 傭兵服が硬直した可動節をがりがり鳴らしながら起き上ったのは、それから五十時間程経過した時だった。

「約九千二百時間ほド寝テいましタ」

 自動人形の一つが合成された声で告げる。

「そんなにかー」

 傭兵服は呑気に欠伸をすると四つの肩をがちゃがちゃと揺らし身体に積もった埃を払う。

 右上の肩からケーブルを一つ引き出し、子供の側頭部の接続腔に差し込んで捻る。

 僅かに空気が漏れる音がして、子供は瞼を下ろした。

 内組織が硬化し始めた子供に自動人形が黒い布を被せ、傭兵服がそれを担ぐ。

 自動人形をその場に残して、傭兵服は薄く塵の積もった隔離構成層を主弦面基準で東へ向かって歩き始めた。担がれた布からこぼれた鉄球がふらふらと揺れ、時折 傭兵服の背面に当たりがしがしと金属音を響かせる。

 傭兵服は自身の残電量を計る。

♯蓄電量から逆算。途中に休止が必要。主弦面までの最速移動時間は三万二千時間♯

 主脳の弾き出した回答に傭兵服は文句も言わずに淡々と歩き続ける。

 傭兵服の胸部排気口が僅かに開き、音も無く廃液の蒸気が漏れた。

「まぁ、回収してもらえるだろう。多分」

♯背嚢主翼稼働演習終了、異常無し♯

♯警告、警告、蓄電量不足による主要器官稼働停止の可能性有♯

♯主要器官稼働率60%まで抑制、生体器官に深刻な障害♯

 傭兵服は全ての警告を無視して白い内骨格を外気に晒す。

 脇腹と二対の肩を突き破って展開された内骨格は、隣り合った内骨格同士で膜を形成した。

 常時五℃程に維持されていた内骨格がマイナス八十℃程まで急速に冷える。

 内骨格に浸透していた極僅かな水分が凍る事に伴う軽い破裂音は、静寂に呑まれて消えた。

 何の前触れも無く、傭兵服が飛び去る。

 衝撃波が周囲の塵を巻き上げ、子供を抱えた傭兵服は自動人形が瞬きする間に地平線の上へと消え去っていた。

 残された自動人形達は巻き上がった塵の中で観測を続けるが、塵に阻まれては何も観測出来ない。

 意思を持たない彼等はそのトラブルに何かを感じる事も無く、ただ計測器を省電力モードで稼働させ続けた。

 主幹交軸から一際大きな塊が落ち、無反応な自動人形の一体に直撃した。

 後には静寂だけが残った。

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