隔離階層
朝霧は海を眺めてまったりと身体を溶かしていた。
カチョウに身体を貰ってから既に七万年以上の月日が経過していた。
寄せるさざ波が朝霧の身体を少しずつ奪って行く。
遥か頭上では主幹交軸の発光面が徐々に裏側へと消えつつあった。
主幹交軸を管理しているのはクリスと名乗る朝霧の子供である。
「結局の所、隔離階層は管理者が居ないと安定しないって事か」
朝霧の傍らでそんな事を言う仮面の傭兵服に、何を今更と朝霧は思う。
「七万年も経過しないと分からない事?」
朝霧の声に応じて溶けた身体がぶるぶると震えた。
「何万年経っても信じられない光景だよ」
仮面の傭兵服の視線の先で、多目鯨がその巨体を水上に持ち上げ勢いよく水面に打ち付ける。
大音響が水の上も中も問わずに響き、鋏鮫の群れが気絶して海底へと沈んで行った。
巻き添えを食らった他の海洋生物は水面に浮かぶ。
「人類以外の生物が自然発生するなんて、誰も想像してなかったろうに」
当の人類もまた、多様性を加速させていた。
朝霧がまだ人類の一員であった時代には二十を超えて増える事は無かった国家が、今や二百を超えて存在していた。
かつて裏弦面と呼ばれていた場所を覆う海にも、独自に適応をした人類が数十の国家を形成した事も小さくは無い要因である。
「人類はまだまだ進化して行くよ」
私がそうさせるからな、と言って朝霧は液状化した身体を構成し直す。
朝霧が十七本の手を持った新しい身体の扱いに慣れて来たのはここ二万年程の事だ。
ウシもニクカイもカチョウも去った隔離構成層の中で、朝霧は自らの子供と二人で隔離階層を管理し続けている。
「海はいいね。初めて見た時からお気に入りだ」
十七本足の身体は宙に浮かびながら緩やかに回る。
「たったそれだけの理由でここ七万年は海の発展に没頭するくらいだからな」
仮面の傭兵服はどこか諦観めいた含みを持たせてそう言った。
「次は陸地を変えて行こうと思うのだ」
朝霧は背後に広がる七万年前とあまり変わらない大地を見てそう言った。
未だに隔離構成層剥き出しの地域は少なくは無い。
「隔離構成層の上に新たな層を幾つか作ろう。加工のし難い層から徐々に加工のし易い層へと上積みするのだ。そこに新たな生物が発生するだろう」
あの日垣間見た旧人類の記憶の残滓。
美しい海、緑色の山々。
この世界の管理を一方的に言い渡された時には、いっそ破壊し尽くしてしまおうと思った朝霧だが、主に破壊したかったモノは粗方消え去っていた。
なんとなく。
そんな理由で隔離階層の管理を始めた朝霧だったが、結果がついてくると存外楽しかった。
理念も信念も無い。
ただただ独善的な管理者。
「きっと私もまだまだ良い神になって行くさ!」
朝霧は満足気に叫んで、豪快に笑った。
その声は広大な海に溶けて行った。
そこは隔離階層。
その時代の人もまだ一切加工出来ない隔離構成層と呼ばれる地層が存在する世界。




