堆積層
電磁放射帯の底には労六繊維から出た廃棄物を投棄する場所だった区域がある。
二十年程使用されていた最終堆積所は現在使用されておらず、堆積層と呼ばれていた。
そこに一人の背の高い社員が落ちたのは百時間程前の事である。
背の高い社員の保持する電力と堆積物を利用して七郎が仮初の身体を構築するのに要した時間は九十時間程。
労六繊維の秘匿素材で構成されていた以前の身体と違い、亜金属ですらないただの金属が主体のその身体は著しく強度が落ちる。
それを補うために、七郎は電磁放射帯の一部を利用した補助脳を構築した。
その結果七郎と言う存在は、堆積層から電磁放射帯の広い範囲を本体とする存在になっていた。
そして現在、七郎は一度用済みとした背の高い社員の肉体とかつての本体であった金色の飾り釦に大量の電力を備蓄していた。
「いずれナシも七郎も皆殺す気だったからいいんだけどね」
七郎は傍受したうつつの音声を何度も再生していた。
「いずれナシも七郎も皆殺す気だったからいいんだけどね」
七郎は暗い笑い声を堆積層に響かせる。音源は金色の飾り釦。
七郎は元々殻土の未開発地区で生きていた。
明日が来る保障の無い世界から七郎を拾ったのはうつつである。
一緒に拾われた十八人の内、生き残ったのは七郎とナシの二人だけだった。そして今は一人だけである。
ナシの生体反応が労六繊維本社と一緒に消滅したのは七郎も感知していた。
「実験素材だって自覚はあった筈なんだけどな」
金色の飾り釦から声が響く。
背の高い社員の肉体がむくりと起き上がる。防腐処理を施すのが遅れた分だけ、内部では腐敗が始まっていた。
そこにうつつが投げ込まれた。
まるで弾丸の様に落ちて来たうつつ、堆積物に半ば埋まる。
その身体は顔面と右半身が欠損していた。
七郎は簡易走査をうつつに向ける。
微かな生体反応が検出された。
「まだ、生きている」
自らの手で殺そうとしていた相手が虫の息で倒れている。七郎はその光景に約一秒何も反応する事ができなかった。
それでも逡巡は約一秒。堆積層全体の電磁波がうつつに干渉を始める。
「それはちょっと待ってもらおうかな」
落ちて来た声が聞こえるのと同時に、七郎の構成要素の二割が機能不全に陥った。
落ちて来たのは仮面で顔を隠した極彩色の男。
直立した姿勢でその場に落ちて、堆積物に完全に埋まった。
直後に爆発する様に堆積物を飛び散らせて、堆積物の中から出て来る。
その仮面には喪失文字で「泣」と書かれていたが、七郎にその文字を読む事は出来ない。
「折角そこまで削ったのに、復活されても困るんだよね」
傭兵服は手に四角い機械を持っていた。
「それ」
七郎が指を指して短く声を出す。
「そこで死に掛けている人から奪った物。あんたみたいな存在に有効みたいだな」
傭兵服は四角い機械のつまみを右側に捻る。七郎の構成要素の九割が機能不全に陥った。
背の高い社員の身体がその場に崩れ落ちる。
その機械が七郎の知っている物であれば勝ち目は無い。
七郎は逃げる事を真剣に考えながら、その意志に反して出力可能な最大量でうつつに電磁波を射出していた。
うつつを助けようとしたのか、或いは自らの手で殺そうとしたのか。
七郎の全てを込めた出力に四角い機械が壊れるのと、七郎の全てが霧散するのは同時だった。
傭兵服は周囲一帯に浸透していた存在が消えた事を繰り返し確認してから、仮面を外した。
そこに顔の構成要素は無く、ただぽっかりと空いた暗い穴と、そこから伸びる何本かの管足があるだけだった。
顔の無い男の頭上で主幹交軸がゆっくりと回転を始めた。




