ラスタ領
推定人口三十人程とされる集落、ラスタ領に派兵されたのは、四つの勢力から寄せ集められた部隊だった。
ラスタ領西の殻土が保有する鎧装遊撃隊十名、工兵二名、労六繊維社員一名。
ラスタ領北の平原諸国連合が雇った傭兵十名。
ラスタ領南に駐留するアラル正規軍付属の奴隷兵百名。
内陸警察派遣視察員二名。
結果から述べると、斥侯となった奴隷兵百名は五分と持たずに全滅した。
ラスタ領を見降ろしながら、連合部隊の指揮官として派兵された殻土の軽鎧兵、朝霧は兜の下で苦い顔をした。
「工兵。あれは何だ?」
感情を隠さないその性格は自国兵からもあまり良い印象を持たれてはいない。
「…眼鏡には今までに見た事の無い記号が並んでいます。何かを認識したのは確かなのですが、何分喪失技巧ですので」
顔の上半分を眼鏡と呼ばれる機器に覆われた工兵が、見たままを伝える。
眼鏡には喪失文字でこう表示されていた。
♯不明な脅威を検出しました♯
この時代の人にその文字は読めない。
「良く分からない攻撃でこの有様か」
ラスタ領は深さ十キロに渡って陥没した、一辺が一キロの正四角形の領地である。
要するに深い縦穴だ。
ラスタ領周辺の地殻は隔離構成層と呼ばれる加工不可能な地質が表層まで隆起している。
横穴を掘る事は不可能なため、穴の壁面に作られた螺旋状の足場が唯一の侵攻ルートである。
上り下り可能な足場は全部で七カ所あるが、遮蔽物の無い足場は安全とは程遠い。
最大の問題は領地の中央に聳え立つ高さ五キロの柱にあった。
柱の最上部にある小屋の様な施設からの狙撃によりラスタ領は誰であろうと、人であろうとなかろうと、例外無く侵入者を排除すると言われている。
そこで朝霧は数任せの無謀な突撃を指示した。
奴隷兵は百名。アラルからの奴隷兵取扱説明書には損耗率を考慮しなくて良いとの但し書きがあった。
領土が異常なまでに肥大したかの国は、有り余る人の処分に余念が無い。
二十人程生き残れると踏んだその作戦は、一人も生き残らないと言う結果に終わった。
奴隷兵の半分近くが消し炭になり、残りは蒸発した。
「事前に調査した通り、何かの熱源が柱の最上部から射出されたのは確かだね。それにしたって隔離構成層剥き出しの場所で炭化ってのも異常過ぎるけれどね」
殻土から派兵された人間の中で唯一軍所属でないうつつは呑気な口調で工兵の発言に捕捉した。
ひらひらした意匠が酷く場違いな労六繊維の制服が風に吹かれてひらひら揺れた。
「因みに傭兵連中はこの有様を見て逃げたよ」
言われた朝霧が辺りを見れば、極彩色の服を纏った連中が居なかった。
「使えない」
白い髭を蓄えた派遣視察員が惨状を見降ろしながら呟いた。
「まぁ、お陰で弊社の飛翔体射出装置の試作品を試す機会が出来ました」
うつつは嬉々として片手で持てる程度の筒を構えた。
筒には『労六第二技研』と文字が表示されている。
筒の側面には二カ所の持ち手が付いており、肩に筒の端を担いだうつつは両手で持ち手を掴み、大雑把に照準を合わせる。
「持ち手を下に引くと発射です」
うつつが持ち手を下に引くと、筒の文字が『飛翔体集積・発射準備』と切り替わる。
その姿勢で数分。
「発射までの時間が掛かり過ぎるのが今の所の難点です」
うつつがそう補足してから更に数分。
表示が『衝撃に備えて下さい』と切り替わる。切り替わった瞬間、ばきんと鈍い音をたてて筒の先端から飛翔体と呼ばれる何かが射出された。同時に後端からはどおおおと音を立てて粉塵が噴き出る。
粉塵に巻き込まれた十層兵が悲鳴を引きずりながら五メートルは飛んだ。
「使い捨てと言うのも難点です」
両端が捲れる様に変形した筒を、うつつはラスタ領に投げ込んだ。
筒は狙撃される事無く穴の底まで落下し、砕け散った。
最上部の施設は全壊し、中に居たと思しき人が瓦礫の中から這い出てきた。
施設部分と柱本体は造りが違うのか、柱本体には傷一つ無い。
内陸には類似した様式の無い民族衣装に身を包んだ老婆は、左半身が抉り取られた様に欠損していた。
流れ出た体液と流出した内部組織に粉塵がこびり付き、口からも体液を吐きながら、右手をうつうへと向けた。
「おや、殺し切れていませんでしたか」
音も無く発射された三十センチ程の針が狙撃手の頭を貫通した。
朝霧の横に控えていた重鎧兵が撃った針である。
「噂通り、ラスタ領に住む種の外殻は異様に脆いな」
狙撃手は柱から落下した。
最後の狙撃は狙いを逸れて壁面に当たり、焦げ臭い熱風が穴の淵を駆け昇った。
「改めて、ラスタ領の制圧に向かう。斥侯は十層兵」
朝霧は淡々と残った者に指示を出す。
卵の様な愛嬌のある鎧を纏った兵隊、十層兵がのそのそと穴の奥へと降りて行った。
そこからラスタ領の制圧までには五時間も掛からなかった。
そして、ラスタ領は連合部隊の殆どを巻き込んで消滅した。