デート?その2
「ちょっとここで休憩しよう」
オレ達は、公園のベンチに座ると、缶コーヒーを開けた。
昨日と同じ公園のベンチ。
ここに座ると昨日の事を思い出す。
昨日と違うのは、まだ太陽は明るく昇っていて、人通りもずっと多い事。
お互い、一口、コーヒーを飲む。
会話は無い。
ショーコも昨日のことを思い出しているのだろう。
切り出すにはいいタイミングかもしれない。
「なぁ、ショーコ。昨日の連中。あいつらは一体何者なんだ?君は何故、アイツらに狙われた?」
オレはショーコの顔を見る。
ショーコは、缶コーヒーを両手で抱えるように持ったまま、正面を見ている。
今日初めて、彼女の真顔を見たかもしれない。
だけどそれは恐怖におびえた表情では無く、なにか思いつめた感じがある。
「言いたくなければ、無理に言う必要はないよ。怖かっただろうし」
ここで情報がつかめなくなるのは正直痛いが、彼女の怖い記憶を思い出させるくらいなら、無理に聞き出す気も無い。
人の声と、車の音が、風に乗って耳に届く。
まだ冷たいが、確かに春を感じさせる。
公園の桜の木のつぼみも、かなり大きくなってきている。
ショーコは絞り出すように話し出す。
「お姉さまも、その、『普通』じゃないですよね」
オレは聞き返してみる。
「『普通』じゃないって?」
「お姉さまは、あのヘンな男の人から、私を守ってくれました。その、沢山のビームみたいな弾から盾になって」
「うん、まあそうだけど」
「その後、落ちてきた瓦礫から、私を庇ってくれました」
「うん」
まだ二十四時間もたっていない、つい昨日の出来事だが、昔の事のようにも思える。
「普通の人なら、間違いなく死んじゃいます。でも、お姉さまは……」
そういう事か。
この子は怯えているだけのように見えたが、ちゃんと見ていたんだな。
「まぁ、そうだよ」
オレは短い言葉で肯定する。
「あんなビームをいっぱい出すような、凄い事は出来ないけど」
オレは力の事はあまり言うつもりもないが、この場合、必要以上に隠すのは不自然だろう。
それに実際、ショーコは見てしまったのだから、言い逃れも何も出来るわけがない。
また沈黙。俯くショーコ。
しばらくして顔を上げたショーコの表情には、ある種の決意が宿っていた。
次の言葉は、ある程度オレの予想の中には入っていたが、それでもオレを驚かせるには十分だった。
「実は、私も『そう』なんです」
「私もちょっと前から、少し人とは違うことが出来るようになって。それを、あの、アロハシャツを着た男の人に見られたんです」
「そうか、それで仲間になれとか、秘密をばらすぞとか言われて脅されたの?」
「はい、大体そんな感じです」
なるほど。
「最初は優しくて丁寧だったんですけど、嫌だって言っているうちに、だんだん機嫌が悪くなってきて」
あのアロハ、やっぱりそんな性格なのか。
オレの時も、最初はナンパした癖に、最後は思いっきりぶっ放しやがったもんな。
ああいうヤツが、DVに走るんだよ。
「全く、女の敵だな。あのソーイチローってヤツは!」
「お姉さまもそう思いますよね!こっちが先にやっちゃったからって、それで怒り出すなんて!」
ん?今、なんて言った?
「こっちが、先に、やっちゃった?」
「はい、あんまりしつこいから、思わず」
「何をしたの?」
「こんな感じです」
ショーコは両手を胸の前で、掌を向い合せるようにしてかざす。
両手の間に光が集まり、それが次第に大きくなっていく。
「ちょ、ちょっと!」
いったい何をしようというのか、オレは焦る。
ショーコの手の間の光の球が、拳ほどの大きさになった時、ショーコは両手をうちつけ、掌の間の光球を潰した。
光球はつぶれ、掌から光が漏れる光が強まる。
数瞬の後、ショーコの掌を中心に光の爆発が起こったように見えた。
「うわっ!?」
オレは光の強さに、目を閉じる。そして目を開けたとき、周囲の状況は一変していた。
公園の景色はそのままに、全体にシャボンの膜がかかったように、淡い七色の光が世界を覆っている。
灰色に緑がわずかに見えだした、早春の色彩が、無数の色で彩られた。
「すげぇ……」
オレは思わず声を上げてしまう。
「へへ、凄いでしょ。これって『局地改変』って言うんです」
「『局地改変』?」
「そうです。昨日、あの白い学生服の人、二階堂さんって言うんですけど、教えてもらいました」
オレは周囲を見渡す。ファンタジーのような虹色の世界。
だが、一つ、重要な違いがある。
それは、昨日の異世界との共通点。
「オレ達以外、誰もいない?」
「そうです。そして、私が昨日、アロハの男の人にやっちゃったのは、コレ」
ショーコは言うと、片手を正面に向ける。さっきと同じように、光が集まる。
「えいっ!」
ショーコの気合いと共に、光弾は一直線に飛び、正面の木の枝に当たると、枝を吹き飛ばした。
「えへへ~。あんまりしつこいから思わずやっちゃいました」
ぺろっと舌を出すショーコ。
これはテヘペロで済まそうとしても難しいんじゃないかなあ。
ショーコを見るオレの目が、若干ジト目気味になったのは、仕方のない事だと思う。
「で、逃げたけれど、やられちゃったと」
「はい。急に周りが廃墟みたいになって、沢山怖い人たちが出てくるようになったんです。最初は逃げたりさっきのでやっつけたりしたんですけど、だんだん追い詰められちゃって。それに、どうやっても商店街から抜けられなくなったんです」
「時間は?」
「夕方の6時くらいだと思います」
オレがゲームをしていた時間と一致する。
「逃げ出せないのは、二階堂さんの『局所改変』の力だって言ってました」
「その『局所改変』っていったい何?」
「なんでも、大げさに言うと世界の法則を替えてしまう力の事らしいです」
世界の法則を替える!
また凄い話が出てきた。
オレの中の中二魂が揺すぶられる。
オレもそんな事出来るんだろうか。
「でも人によって全然感じが違ってて、私のはこんな感じで、大きさも半径十メートルくらいなんですけど、二階堂さんのは商店街をすっぽり覆うほど大きくて、景色も廃墟みたいになるんです」
その違いは何処から出てくるんだろう。
本人の性格なのだろうか。
この七色メルヘン空間は、確かにショーコのイメージに合うと言えば合う。
「それに変な人がたくさん出てくるし、二階堂さんをどうにかしないと脱出も出来ないらしいです。私のは、そんな事無いんですけど」
その変な人たちは、ゲームのキャラだった。この辺、考える余地がありそうだ。
「じゃあ人がいなくなるのは、何故かわかる?」
「それは分からないです」
という事はショーコが特に、空間に残す人間を選別している訳でも無いんだろう。
「そっかぁ。じゃあもう一つ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「昨日、あれだけ商店街を壊したのに、その『局所改変』ってのを解除したら元に戻った」
「はい」
「理由は知ってる?」
「すいません、それもよくわからないんです。なんでも『復元力』がどうとか言ってましたけど。あの人たちは、この『改変』の力を使える人たちを探しているとは言ってました」
大暴れしても元に戻るってのは都合がいいよな。
都合が良すぎてご都合主義って言葉が浮かんでしまうくらい、都合がいい。
まあ、今のショーコから聞き出せるとしたらこんなところぐらいだろうか。オレの質問にも、分からない、って言葉が増えてきたし。
朧けながらに、あの二人の目的もなんとなく掴めた。こんな便利な力を使える人間を集めたら、凄い事出来そうだよな。
集めているってことは、多分あの二人だけじゃないんだろう。
他にも仲間か、組織みたいなバックがあると考えたほうが良いな。
謎の組織か。オレの中で久しく眠っていた中学生の心が目を覚まそうとしている。リアル中学生の発言によって。
静まれ、オレの中のドラゴンよ!
「ところでお姉さま!お姉さまって何が出来るんですか?」
ショーコはキラキラした目でオレを見てくる。
その目を見るのは辛い。
なぜなら、ショーコの方がよっぽど凄いことが出来ると思うからだ。
オレの力は投げキャラだからな。
「オレは力が強いのと、打たれ強いってだけだなぁ」
分かりやすい部分でオレの力を言うと、こういう事になる。
投げ成立時間が三十分の一秒だとか、地対地でも地対空でも空対地でも投げられるとか、地対空の投げ技は飛び道具無敵だとか、そんな話はゲームをしないであろう彼女にはどうでもいい事だろうしなぁ。
「ショーコの方がずっと凄いよ。ビームなんて出せないし、オレはこんな『改変』みたいなことなんて出来ない」
「でも私の代わりに何十発も攻撃を受けて、瓦礫から庇ってもらって。私を助けてくれました!」
そう言われると、くすぐったいな。
「ショーコ、この世界では物を壊しても元に戻るんだよな?」
「そうですけど」
「じゃあ一つ実験してみていい?」
「はい、けど何を?」
「見てれば分かるさ」
オレは近くの標識に歩み寄る。ショーコの改変の有効範囲は、半径十メートル。
この標識は十分内側だ。
オレは標識を片手で握ると力を込める。
「んっ!」
ギリギリとなる金属音。握った箇所が、へこむのが分かる。オレの握力で鉄棒がひしゃげているのだ。
標識の根元からヒビが走る。行ける。
「よっと!」
オレは少し力を入れると、標識が音を立てて歩道から抜けてしまった。
「おおー!」
ショーコが目を丸くする。
標識の根元にはコンクリートの塊。基礎がくっついてきているんだろうな。
オレは片手で引き抜いた標識を頭上にかざすと、バトンの要領でくるくると回す。
感覚的にはまだ余裕がある。
オレは基礎の部分を引き抜いた穴に、そのまま叩きつけるように入れた。
土煙が上がる。
叩きつけた拍子に、標識が俺の握っていた箇所を起点に少し曲がってしまった。
握った時の指の跡もついている。
「とまあ、オレの出来る事はこんな事くらい」
「お姉さま、凄いです!」
いや、驚いてくれてるけど、君の方がよっぽど凄いよ。
ハルクとサイクロップスを比較しているようなものだもんね。
……そういう比較をすると、オレも意外と凄いのかな?
「じゃあ解除しますね」
ショーコが言うと、あれだけ静かだった世界に音が洪水のように溢れてくる。
人、車、風の音。
そして、折られた木の枝も、曲がった標識も、何事も無かったかのように、元の場所にあった。
「へぇ~」
昨日も一回、その場面に遭遇したが、意識して目の当たりにすると不思議な感じだ。
「これってオレも出来るようになるのかなぁ」
「どうなんでしょう。出来る人は出来るけど、出来ない人は出来ないって二階堂さんは言ってました」
ああ、そうですか。
オレは考える。
ショーコの能力は、多分ソーイチローと近いかもしれない。
光弾を撃つ攻撃に共通点が感じられる。
だけど、限定して考えるのも危険だ。
昨日、あからさまにゲームのキャラクターに襲われたから、ゲームの能力が身につくと考えていたが、今日のゲームセンターの感じから、ショーコはゲームの事を良く知らないらしい。ゲームの能力だけと、限定して考えるべきではない。
『改変』の能力。これは便利だ。便利だが、それだけでは無さそうだ。
きっとなにか、次がある。それに、『改変』された空間からは人の姿が消えたが、オレ達だけは残された。
ショーコは特に選別している風ではなかったので、特殊能力を持つ人間が残されると考えられるが、昨日の二階堂の空間に取り込まれた時点でオレは、今の能力を身につけてはいなかった。ここも思考の余地アリアリ。
あとはショーコ。半年前にこの能力を使えるようになったと言ってたな。
きっかけはなんだったんだろう。まあ、これを聞くのは後でいいや。
当面、明後日に迫ったソーイチローをなんとかしなければいけない。
無事だったら聞いてみよう。
あとは、能力を使っているのを見られたとか、思わずぶっ放したとか言っていたが、これは本人に注意した方がいいのかな。
「ショーコ」
オレはショーコの肩を掴んで、真面目な顔で言う。
「普段はあまり、能力を使ったりしないほうが良い。昨日みたいに変な奴に目をつけられる可能性があるからね」
もうバレてしまっているから、遅いのかもしれないが。
「お姉さま……私のことを心配してくれてるんですね!感激です」
ショーコはオレの胸に顔をうずめてグリグリする。
そういう事じゃ無くてな、分かっているのかな、この子は。
オレもグリグリに慣れてきたのか、なんとなく悪い気はしなかったので、しばらくショーコの頭をなでてやった。
「お姉さま!今日は楽しかったです。じゃあまた!」
ショーコは手を振って別れる。ショーコの家の最寄り駅は学園前駅だ。文字通り、冷泉学園前の駅らしい。駅名になるあたり、歴史の古さを感じさせるが、オレの学校と家が近いから、今後も何かと一緒に行動する機会は多いだろう。というか、出来るだけ密に連絡を取り合うべきだよな。折角できた、マコトとしての初めての友達。
友達かぁ。オレ、あんまりいなかったもんな。ぼっち属性が強すぎて、ゲームでもMMOですらソロプレイ状態だったからなぁ。
「さて、明日は親父とお袋が来るか。掃除でもしておくか」
慌ただしい日々だが、一つ一つを着実にこなしていこう。
オレのモットーは「きちんと生きる」だ。
たとえ、明後日には、破滅が待っているとしても。




