デート?その1
「おはようございます!」
ショーコは俺を見つけると、大声で手を振る。
土曜日の十一時十分前。赤いダウンジャケットにフリルの付いたスカート。白いタイツに赤いモコモコした靴。
あざといくらい可愛い恰好をして来ている。
だがそれはオレじゃなくて、彼氏にアピールするときにして欲しい。
彼女は駆け寄ってくると、オレの胸にダイブしてくる。
「お姉さま~。お待たせして申し訳ありません~」
「い、いや、まだ約束の時間前だし!オレが勝手に早く来ただけだから!」
「すーはーすーはー」
彼女は顔をオレの胸にグリグリと押し付ける。この娘はなにをしているんだ。
オレはショーコを引きはがす。
「あー、私のお姉さまの爆乳が~」
爆乳言うな。そして私のをつけるな。
「お姉さま、今日はちゃんとブラをしてますね。合格です」
彼女は上気した顔で、親指を立てるサムズアップのポーズをする。
「は、はぁ。ありがとう」
何故かオレは礼を言ってしまう。開始一分もたってないのに、もう疲れた感じがする。
「じゃあ早速行きましょう!」
「ど、何処へ?」
「まずはお姉さまの服を買いに行きます!今日のデートプランは私がしっかり考えてきましたから任せてください」
君、今デートって言ったね!?
「ちょ、ちょっと!」
ショーコはオレの手を引いて駆けだした。
「はぁ、すげぇなあ……」
オレは店内を見渡す。色とりどりのフリフリの服が大量にある。ファンシーと極彩色の洪水。可愛いは正義を通り越して、これは可愛いの暴力だ。
溜息しか出ない。
オレも昔の彼女とのデートで買い物に付き合わされたことは何度かあるが、こんな店には入ったことが無い。
ショーコの方をみると、嬉々として服を選んでいる。オレも次第に理解しつつあるが、ショーコは可愛いもの好きだ。
女の子は大抵そうだとは思うが、彼女は少し飛び抜けているな。
オレはかわいいとは違う気がするんだが、彼女はいったい俺のどこを気に入ったんだろう。
ショーコの隣には店員がいて、これもまた嬉しそうに服を選んでいる。
店員もまた、フリフリのドレスにカチューシャと、狙ったかのような恰好をしている。
もしかしてここは、普通の服屋じゃなくてコスプレ衣装の店なんじゃなかろうか、そういう疑念が拭えない。
「お姉さま、これなんてどうですか?」
彼女が持ってきたのは、まるでドレスのような一着だ。
「あ、いや。オレが必要なのは普段着で、そもそもオレにそんなのは似合わな……」
「そんなこと無いです!まずは試着して見て下さい!」
オレはその後、1時間ほど着せ替え人形にされてしまった。
実際買ったのは、スカートとカーディガンをそれぞれ一着。予算の都合とか、いろいろ言って、これだけで押し切った。
スカートかぁ。
制服もスカートだから、遅かれ早かれ覚悟を決めないといけなかったのだが。
「なぁショーコ。何か欲しいものないか?服を選んでくれたお礼に、一つくらいなら何か買ってやるよ。あんまり高いのは、無理だけど……」
なんだかんだ言って、彼女は親身になってくれてるしな。最終的に彼女が選んでくれた服は、シンプルで品のいいものだった。
オレが選んだら、どうしたってちぐはぐになってしまう。
センスの差ってのは如実にあるものだ。
「ん~、じゃあこれで」
ショーコがしばらく悩んだのちに選んだものは、シンプルな飾り気のない髪留めだった。
「これで良いの?地味じゃない?」
彼女にしては地味な選択だと思う。
「あんまり派手なのにすると、学校に付けていけないし」
「ふーん、そういうもんか」
いろいろ考えるんだな。オレは自分の服と一緒に髪留めも清算すると、髪留めの包みをショーコに渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。大事にします!」
そんな大層なもんじゃないけど、喜んでもらえるとうれしいよね。
「あれ、お姉さま、笑った」
「そう?」
「クールなお姉さまも素敵ですけど、笑顔はもっと素敵です」
そういうショーコは、はじけるような笑顔で言う。
オレは『マコト』に笑顔を設定しなかったけれど、オレ自身も笑顔が得意かと言われると、そんな事もなかったし。
笑顔はやっぱり人を明るくする力があると、ショーコを見て思う。
オレも彼女みたいに、上手に笑えるようになるといいなぁ。
オレはショーコの案内で、喫茶店に入った。
「ここは喫茶店ですけど、ちゃんと食事もできるんですよ」
へー、そうなのか。オレなんて飯を食う店なんて、ラーメン屋と居酒屋と定食屋くらいしか知らない。こんな小洒落た店は、守備範囲外だ。
飯というのは、孤独で、豊かで、救われていなければいけない時間だとばかり思っていたオレには、一人で入るには少々敷居が高い店だ。なんといっても客は女性ばかりだ。
洋服屋で時間を食ったのか、食事時からは少し時間がずれた為、オレ達は待たずに座ることが出来た。適当に食事と飲み物を注文する。
「そういえばお姉さま。お姉さまって何をしているんですか?どこに住んでいるのかも知らないし」
料理が届くのを待って、ショーコがオレに尋ねる。
そういえばお互い名前とメアドくらいしか交換していなかったな。
あまりにも怒涛のように時間が過ぎて、考える事も沢山あったので、そういう基本的な事をすっかり失念していた。
「確かにそうだ。じゃあ改めて自己紹介を」
「わーい」
ぱちぱちとショーコは手を叩く。オレはそれに乗っかる。
「えー、ゴホン。名前は佐伯真琴」
ちょっと大げさに、咳払いから始めてみたりする。
「真実の真に楽器の琴と書いて真琴」
そう、オレの名前は読みは一緒だったが、漢字は変わっていた。
「今年の春から、冷泉学園高等部に入学するために、湊市に来ました」
湊市というのは、この市の名前だ。首都圏のベッドタウンとして発達してきた街で、オレはこの市の市役所に十年以上勤めてきた。
だけれど、湊市に来たばかりだと、そういう事にする。
実際、この世界ではそうなのだから。
「えー、お姉さま!冷泉なんですか!すごーい、頭も良いんですねー!」
「い、いやぁ。そんなことないよ」
実際、この地域で冷泉と言ったらちょっとしたブランドだ。
一応それなりの大学の院を出たオレでも、着いて行けるか不安な部分もある。
だからこれは謙遜ではなく本音。
まあ、いくらなんでも高校生になったばかりの子供に負けるわけにはいかないという思いも、ある。
折角勉強をやり直せるんだから、凡人は凡人なりに頑張ろう。
「美人で格好いい上に頭も良いなんて、ますます憧れますぅ~」
なんかますます、オレをきらきらした目で見るようになってしまった。
キミのそれは吊り橋効果ってやつだよ。
極限状態でオレに助けられたから、必要以上に好印象を抱いてしまったというだけで、オレの中身はただのぼっちさ。
その後、実家は隣の県で、これから一人暮らしをするという話をしたらなぜか、じゅるりと舌なめずりをしていた。背中に冷たいものが走ったが、忘れよう。
「じゃあ次はショーコの番だよ」
「はいはーい。名前は国村咲子。これは言いましたね。それで~~」
女の話は長い。いや、彼女の話が長いのか。
彼女は中学二年生らしい。リアル中二か。
もっと下かと思っていたが、それは黙っておいた。
とりとめの無く脱線しつつも、楽しそうに話し続けるショーコ。
でも何故か不快じゃない。
オレはもともと、自分が話をするより人の話を聞いているほうが好きだし、なにより彼女には周りを明るい気分にさせる才能があると思う。
ニコニコと笑いながら嬉しそうに最近あった事、友達の話、家族の事を話すショーコ。
オレはそれに適当に相槌を打ち、その合間に適当に食事を喉に流し込む。
彼女が無事で本当に良かったと思う。
この子は幸せにならなくてはならない。そう思える。
自分の事だけを考えるなら、彼女を見捨てて逃げるという選択肢もあった。
そうしてもきっとオレは、彼女をゲームのキャラクターの一人だと思いこんで、後悔もしなかっただろう。
「それでね、お母さんったら~」
「うんうん」
なんか本気でデートっぽくなってきたな。周りからはどう思われてるんだろう。
彼女は実年齢より下だし、オレは上に見える。
まあ、オレの場合は、本当の実年齢からしたら十歳以上は下な訳だが。
最初は話の流れで、ソーイチローや二階堂の事を聞こうと思っていたが、止めておいた。
オレももうちょっと、この幸せな時間を過ごしてもいいよな。
「じゃあお姉さま、次は何処に行きます?」
そうだな。折角だからあそこに行ってみよう。
「じゃあゲームセンターに行ってもいい?」
ちょうどいい機会だ。目的がある訳でも無いが、行ってみようと思う。
ここには昨日も来たはずだが、ずっと昔の事のように思える。
割れたガラスに破壊された筐体。
もちろんそんな事も無く、派手なネオンの、いつも通りの空間がそこにはあった。
「あ、一緒に撮りましょうよ!」
ショーコが店の入り口にあったプリクラの指差す。
オレはプリクラとは、全く縁が無かったな。
オレ達はプリクラの暖簾を潜る。
中は外以上にきらびやかな空間だ。
オレはコインを入れる。
「えっと、なにこれ?キラキラ?デカ目?」
さっぱりわからん。文字を書く機能くらいしか、オレには認識できない。
「お姉さま、プリクラやった事無いんですか?」
その通り。
「うん、無い……」
何か悪い事をしたかのように、オレは小声で応える。
「えー、珍しい。いまどきそんな人いるんですね~」
オレの心が抉られる。
ショーコは器用に次々と、なにかを選択していく。
オレの脳が理解する事を拒否している。
「じゃあ取りますよ~」
オレに顔を近づけてVサイン。
もはや何が正しいのか分からなくなってきたオレは、すでに彼女のなすが侭だ。
「さん!にー!いち!」
アニメ声のアナウンスが流れる。
シャッター音とフラッシュ。
しばらくした後、受取口から出てきたプリクラをショーコは、備え付けのハサミで半分に切る。
「はい、どーぞ!」
オレはプリクラを受け取る。笑顔のショーコと、まあそれなりに笑ってるオレ。
ゲーセン通いをしてウン十年。オレの初のプリクラ体験だった。
オレとショーコは、ゲーセンの奥に向かう。
オレの目当てはもちろん、ファイターズレジェンド。
「一回だけ、いいかな?」
「いいですよ。私、ここまで来たのは初めてかも」
女二人連れは最近のゲームセンターでも少し目立つのか、視線をやや感じてしまう。
ちょうどオレの前で、対戦台が開いた。オレは席に座るとコインを投入して、カードを入れる。
『マコト』のカード。
本来あったはずの、キャラクターグラフィックも、キャラ名も、ランクも表示されていない。
オレはそのカードを入れる。
筐体の画面には「認証中」の文字。しばらくすると画面には「このカードは認証できません」との言葉が出てきた。
やっぱりか。
予想していた事態だが、やはり穏やかではいられない。
「お姉さま?」
ショーコが、オレの顔を覗き込む。
上手く隠したつもりだが、彼女に心配を指せるような顔をしていたのか。
「あ、いや。なんでもないよ」
オレはカード無しプレイを選択する。
キャラクター選択画面では『デルガド』を選択。
『マコト』のもとになったキャラで、悪人顔の屈強なプロレスラーだ。
『マコト』と外見は、似ても似つかない。
オレがカスタマイズし倒したからな。
調整で『マコト』の方が『デルガド』よりピーキーにしているが、このゲームはバランス重視だから総合的な強さには変わりはない。
「ファイト!」
電子音声が試合開始を告げる。
相手は主人公格の青年格闘家。
オレを近づけないように、飛び道具と牽制技を振ってくるが、飛び道具の量が多すぎだ。
オレは相手が飛び道具を使うタイミングを読むとジャンプで接近、画面端に追い込む。
『デルガド』の端に追い込んでの畳み掛けは強烈だ。
オレはそのまま一ラウンド先取」。
続く二ラウンド目も飛び道具のタイミングを読み切ったオレが、難なく勝利した。
「これって勝ったんですか?」
ショーコが聞いてくる。
「そうだよ」
「ふーん」
反応が薄い、彼女はゲームをしない人っぽいし、まあそんな反応なんだろう。
続いて別の対戦相手が入ってくる。
キャラクターは今度はヒロイン格の女性。
スピードタイプのキャラだ。
相性的には苦手な相手なのだが、相手はそんなにうまくない。
これも順当に勝利。
ここで少し周りの視線を感じるようになる。
女の子がデルガドを使って、それなりに勝ってるんだからちょっと目立つかもな。
この昼の時間帯は、いわゆるガチでやっている人が少ないから、オレ程度の腕前でもそれなりに勝てる。
次の相手は『ジェイク』
周りのギャラリーたちは、昨日オレとコイツがリアルで戦ったと知る訳も無い。
そう考えると、少し愉快な気分にもなってくる。
隣のショーコを見ると、少し詰まらなそうだ。
ここらで止めにしようか。
「ファイト!」
オレはわざと接戦を演じると、体力ギリギリで逆転負け。
舐めプレイって思われなかっただろうか。
オレはわりと、そういうのは嫌いなのだがこの場は仕方がない。
これもリア充体験ってヤツなのだろうか。
「じゃ、行こうか」
「はい」
オレはショーコを連れると、ギャラリーの視線を浴びながら、席を立った。
財布から何も書かれていないカードと、さっき取ったばかりのプリクラを取り出す。
「どうしましたか?お姉さま、さっきから少しヘンです」
ショーコがオレに問いかける。
しばらくカードとプリクラを見た後、オレはそれらを財布にしまう。
「なんでもないよ」
オレはショーコの手を取ると、出口に向かった。