弾幕考察
商店街から少し離れた、駅に通じる道沿いの公園。
春も間近とは言え、まだ3月。日が暮れたこの時間は、さすがに肌寒い。
オレ達はそこのベンチに座っていた。
少女にジャケットを掛け、オレは温かい缶コーヒーを勧める。
「どう、落ち着いた?」
オレは努めて優しい声を出す。オレの声は、どうにも冷たい感じがしてしまう。
「はい」
少女は、さっきに比べればかなり持ち直した感じだ。
少女は両手で缶コーヒーを包むように持つと飲む。
こちらを見たり、目を逸らしたり、コーヒーを飲んだりをルーチンのように繰り返している。やっぱり緊張しているのかな?
オレは彼女がコーヒーを飲みきるのを待って、声を掛ける。
「オレ……、いや私は佐伯マコト。君は?」
やっぱりまだ、オレって言ってしまうな。これは徐々に直していこう。
「国村咲子って言います。咲く子と書いて、ショーコ」
少女、国村咲子はオレの顔をおずおずと見上げる。まだ少し目は潤んでいる。
「あっ、あの!」
突然国村さんは立ち上がると、直角にお辞儀をする。
「まだお礼を言っていませんでした!助けてくれてありがとうございました!」
「い、いや、いいって。当然のことをしたまでだし」
「それに……」
それに?
「私を助けてくれて、その、とっても素敵でした……」
ショーコはオレの顔から眼をそむけて、頬を赤らめて言う。
何か怪しい雰囲気になって来たな。
「ま、まあ国村さん、座って座って」
オレは国村さんを強引に座らせる。
「そんな、国村さんなんて他人行儀は止めて下さい。私の事はショーコと呼んで」
「あ、はい」
何故か敬語で応えてしまう。
「ところでお姉さま!お怪我は有りませんか!?」
お姉さま……。
隣に座ったショーコはキラキラした目で、オレの手を掴む。
「だ、大丈夫大丈夫。オ……私は頑丈なだけが取り柄だから」
「そんな、私に気を使わないでください。お姉さまは自分の事をオレって言うのでしょう?格好イイです……」
「そ、そういうものかな……?」
なんか彼女のペースになりつつある。ショーコがずいと顔を近づけてきた分だけ、オレは仰け反ってしまう。
「ええ、他の方が言っても痛々しいだけですけど、お姉さまみたいな凛々しい方だと格好よさ倍増です。言い方も堂に言って自然ですし」
まあ、オレの一人称はずっとオレだったからな。
「あ、ありがとう……」
何故か礼を言ってしまう。
と、
「へっくしょん!」
オレはショーコから顔をそむけると、くしゃみをする。
そういえばひどい恰好だった。
シャツは埃まみれでズボンは破けている。髪を縛っているのは、よりにもよって血染めの布だ。
さすがに冷えるし、この恰好のまま電車には乗りたくないなぁ。
「お姉さまは、私を守るためにそんなにボロボロになってしまったのですね」
まあ、当初の目的はそうではなかったけれども。結果的に彼女を守れたのはよかったと思う。
「私が服を買ってきます!」
それは助かる。ここは素直にお願いしよう。
「ありがとう。お金は後で払うから」
「それにもう一つ」
もう一つ?
「ノーブラなのはいただけません。お姉さまくらいおっきいと、すぐに垂れてしまいます!」
「はぁ」
オレは生返事を返す。それは仕方ないだろう。もしこの状況でオレがブラをつけていたら、HENTAIにも程がある。オレは紳士だが。
「ついでに買ってきます。サイズは把握していますから」
「は!?」
「私、おっぱいを揉んだらサイズが分かるんです」
「嘘!?」
何その特殊能力。
この子もに何か能力があるのか?なんかそういうの、居そうな気がするなァ。
「じゃあ買ってきますからちょっと待っててくださいね!」
声を掛ける間もなく、彼女は走って行ってしまった。
公園を抜ける風が冷たい。
あれから彼女は十五分ほどして戻ってきた。
女の買い物は長いと言うが、服一式を買うのにその程度の時間で済んだのは、ショーコがオレを気遣ってくれたのだろうと思う。
ショーコの言動から、何故かまともではない服を買ってきそうな予感がしていたが、彼女が買ってきたのは無難なセーターとシャツ、ジーンズだった。あと、ついでにブラも。
オレが当然のようにブラをつけるのを手間取っていたら、彼女がやたら嬉しそうに手伝ってくれたのは、気のせいだと思いたい。
下着も当然トランクスだったのだが、「パンティーも買ってきたらよかった!」などと喚いていたのも、オレの記憶からは抹消した。繰り返して言うが俺は紳士であって、HENTAIではないのだ。
着替えると、オレとショーコは駅に向かって歩いていた。
「家まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。そこまでお姉さまに迷惑はかけられません」
何故か彼女はうっとりと、オレと腕を組んでいる。背格好だけなら、確かに彼氏彼女だ。
公園の時計を見ると7時になろうとしている。
オレの感覚としては、中学生の夜遊びとしては遅い時間なのだが、塾に通っている学生はもっと遅くに帰ったりしている。
別に彼女を一人で返しても、問題は無いだろう。
精神的にも立ち直っているようだしな。
立ち直りすぎている部分も見受けられるが。
オレとショーコは駅前通りに来た。
たくさんの人間と、ネオンで明るく照らされた通りが、オレの気持ちを落ち着ける。
オレの横を、仕事帰りに早速一杯引っかけたのだろうサラリーマンの集団が、ご機嫌な様子で通りすぎる。今日は金曜日だしまだまだ宵の口。これからまた、別の店に梯子だろう。
通りのベンチでは、カップルが身を寄せ合って、笑い合っている。
ついさっきまで、廃墟と化した商店街で、殴り合いの死闘を演じていたのが嘘のようだ。
感慨もひとしおに、オレ達は駅に着いた。
「なぁショーコ。明日、時間あるか?」
「も、もちろんです!お、お姉さまからデートのお誘いなんて、ショーコ、感激です!」
デート違う。急に片言になってしまった。
どうやらこの子は、すこしアレな子らしい。
そしてこの子といると、オレもだんだんアレな感じになってしまう。
「いや、今日の事を詳しく聞きたくてさ。今日は疲れただろうから、明日」
「今日の事なんて、どうでもいいじゃないですか。大事なのは私たちのこれからです」
あーそう。
ショーコはブーたれた顔をする。
真面目なところ、どうでも良くない。
あの、アロハの男は三日後にまた来ると言っていた。
どこまであいつ等が本気か分からないが、対策を立てなければならない。
オレの見立てが確かならば、アイツの能力は至極厄介だ。
オレにとって現在の所、彼女が唯一の情報源だ。
「ダメだよ。あいつらがまた来るかもしれないし、オレはあいつらの事を何も知らないんだ。ショーコが助けてくれないと、オレが困る」
「私がお姉さまのお役にたてる……?」
もうひと押し行くか。
「それにさオレ、あんまり服とか持ってなくて。ショーコに見立てて欲しいんだ」
「そういう事なら分かりました!」
この子は、結構チョロイのかもしれないな。
オレはショーコとその後、明日の待ち合わせ場所と時間を確認して、携帯番号メルアドその他を交換した。
「それじゃあお姉さま!また明日!」
大声でお姉さまとか言うのはやめて欲しい。
周りの視線が少し痛い。
「あ、ああ。また明日」
ショーコと別れると、定期を通してホームに向かった。
オレのアパートの最寄り駅に向かう電車の中。
目の前で空いた席にオレはするりと座る。
立っている人もまばらにいるなかで、座れたのはラッキーだ。
オレのアパートまではほんの数駅だが、今日は色々あった、有りすぎた。座りたい。
朝、仕事場に向かう電車の中で、帰りは女の子になって帰ってくることになるとは、どこのだれが予想しただろう。
夜の闇を背景にしたガラスは、鏡のように俺の姿を映す。
冷たい美貌の少女がそこに映っていた。
正直、オレ好みの姿に設定したから変な意味でドキドキしてしまうが、そのガラスの正面に座っているのは紛れも無くオレだ。
男のように足を広げて座ってしまいそうになるのをこらえて、オレは足を揃える。
疲れてこのまま眠ってしまいそうになるが、まだまだ考えなければいけないことは沢山ある。折角座ることが出来たこの時間も、有意義に使わなければならない。
まずは、オレの今後だ。オレは女になってしまった。仕事場にはどう説明する?最近流行のオネェ化して、性転換したとでも言うか。だが、わずか土日で整形したというには不自然すぎる。最悪、退職しなければいけない。戸籍は、免許はどうするか。
なにより、親父とお袋にはなんと説明するか。これが一番、気が重い。
そして差し迫った脅威としては、三日後だ。あのアロハの男、ソーイチローがもう一度来ると言っていた。いい加減そうな性格だから実際の所はどうなるかわからないが、女にはマメなのかもしれない。
オレはこの体なら大抵の事には対処できる自信はある。
あの、コンクリートの壁をぶち破った、トラックの突進の様な『ジェイク』の攻撃を幾度となく耐え、瓦礫の山に埋もれても耐える耐久力。
片腕で大男を軽々と担ぎ上げる怪力。
一般人を相手にするなら、何を恐れるまでも無い。
だが、オレの相手は違う。
商店街を一瞬でがれきの山に変えたソーイチロー。
空間ごと切って見せた二階堂。
オレはこんなヤツらを相手にしなければいけないのだ。
そしてオレの見立てが正しければ、ソーイチローの能力は「弾幕シューティング」
あの凄まじい量の光弾は、とても格闘ゲームのキャラのそれではない。
まるで流星雨の真っただ中に突入したかのような、光の奔流。
圧倒的な弾数に恥じない、凄まじい攻撃力。
オレ自身にもいくつか命中した。一発一発は致命傷には程遠いが、それでもあれだけの数を受けては、オレの耐久力でも耐える自信は無い。
もっとも、大抵のシューティングは一発でも当たればアウトなので、その点は恵まれていると言っても良いだろうが、他の点での不利が大きすぎる。
弾幕シューティング相手に格闘ゲームの投げキャラが、何が出来るのか。
相手は異常な量の光弾を無制限に発射し続けることが出来る。
それに引き替えオレは、単発の飛び道具の回避すらやっとだ。
何かの奇跡が起きて接近することが出来れば、まだ勝機はあるかもしれない。
しかし相手が空中を飛行することが出来るならばどうか。
もはや近づくことすら不可能。
遠距離から光弾を打ち続けるだけで、オレは簡単に倒れてしまうだろう。
ちょっと考えただけでは絶望的な組み合わせだが、何とかしなければいけない。
いや、何とかできるはずだ。
オレはマコトなのだから。
ワンチャンスあれば勝利をもぎ取って見せる。それがオレのスタイルのはずだ。