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仮想浸食 ~ああ素晴らしきゲーム人生~  作者: 矢尾板
【ROUND1】弾幕シューティングとアイアンクロー
5/15

弾幕

 オレの前には二人の男。

 軽薄そうな金髪アロハと、いかにも堅物と言った白い学生服。

しかし学生服の方も、腰に大小の日本刀を携えている。一筋縄ではいきそうもない。


 こいつらもゲームのキャラか?


 少なくとも俺の知識にはない。

だけれど、単なる年季が長いだけのレトロゲーマーのオレが、全てのゲームを知っているわけではない。特に最近のゲームは、とんと追い付けない。


 考えろ。


 オレにあるのは、格闘ゲームの投げキャラの能力だけ。

しかも今は女の子を腕に抱えている。

あっちから、仕掛けられたら終わりだ。

放り出して対処したら、何とかなるかもしれないが、それはしたくない。

救出イベントの可能性もあるし、オレと同じ――人間――の可能性もある。


 だがその一方、これはチャンスかもしれないと考える。


 何故なら、こいつらは言葉を発した。

 今まで襲ってきた奴らは人間の姿かたちをしていたが、叫び声やうめき声ばかりで、とても意思の疎通が出来るとは言えなかった。

 人間の形をしていただけで、一種のモンスターだと思ったほうが良いだろう。

ゲームのキャラか人間かは分からないが、情報を入手するチャンスは逃すべきではない。



 アロハの男がひょこひょこガニ股で歩きながら近づいてくる。

「ねぇ、名前は?」

 手を伸ばせば届く位置。


 いいのか?


 その距離ならオレは、三十分の一秒あれば、お前を地面にキスさせてやる事ができるんだぜ。もっとも、今は両手が塞がっているが。


「人に名前を聞くなら、まずは自分から名乗るのが礼儀だろ?」

 オレは相手に応え返す。自分の口から女の声が出てくるのは、やはり慣れない。

それにもともとが、抑揚の少ない冷たい声なので、拒絶が一層強烈に感じる。


 アロハはニヤニヤ笑いを崩さない。

「オレはソーイチロー。ほら、ちゃんと名乗ったぜ」

 オレはもう一つ質問してみる。

「もう一人の名前を、まだ聞いてない」

 学生服の方を見ながらオレは問い返す。単なる名乗りイベントなら、ゲームのキャラクターでも返してくるかもしれない。

少し捻ってみる。

「二階堂雅人」

 思ったより素直に応えてきたな。ここでこれ以上ゴネても仕方がない。オレも名乗る。

「オレは佐伯、佐伯マコト」

 オレはあえて真ではなく、マコトと名乗る。読みだけなら何も変わらない。

聞いている方に何の意味も無いが、オレの気持ちの問題として、オレはマコトだと、そう応えた。

「ひゅう!オレッ娘か、いいね!君みたいなかわいい娘ならOK!」

 変なところで、ヤツの琴線に触れたらしいな。

 特に何も考えずに自分の事をオレと言ったが、今は女だった。

仕事では一人称を私としていたから、変えていくのは可能だろう。

今後は注意しよう。とはいえ、この会話中に急に変えるのは不自然だから、今のところはオレで通す。


「んで、どう?お茶してくれるの?」

 金髪の男がオレの顔を覗き込む。対人距離の近いヤツだな。

「お茶といっても、やってる店なんてどこにも無ェよ」


 普通ならまだまだ喫茶店でもファミレスでもやっている時間だが、商店街は既に暴動にあったかのように荒らされている。

 街灯も半分以上が消えて、アーケードを抜ける風は冷たく、人の気配は無い。


「ああ、そんなの『解除』したらすぐ元通りさ。付き合ってくれるならすぐ元に戻すよ、なあマサト?」

 アロハの男が学生服に呼びかける。

 『解除』? 新しいキーワードが出てきたな。

それに元に戻せると言った。


「いい加減にしろ、ソーイチロー。そういう話をしに来たんじゃない」

 学生服がうんざりしたように言う。

「いいじゃん、どうせショーコに逃げられた時点で失敗だよ。失敗。それにさ、予定外だけどもう一人、見つけることが出来たんだ。まずはお友達になっておくのが大事じゃない?」

 ショーコのいうのは、たぶんオレの腕の中で、気絶してるんだか、眠っているんだかしている子の事なんだろう。もう一人ってのは、当然オレ。


 こいつらは、このショーコっていう子を連れて行くなりしようとして、街をこんなに荒らしたのか?

「オレは付き合うとは言ってない。それに、お前らはうさん臭すぎる」

 当たり前だ。アロハは当然として、学生服だって日本刀を下げている。誰がのこのこ着いて行ってお茶なんかするものか。

そもそもオレに、男と付き合う趣味は無い。

「この子と一緒に帰らせてもらう。その解除とやらをして貰おう」

「だってさ、振られちゃったよ、オレ」

 学生服の方に顔を向け、アロハは肩をすくめて、両手を天に向けたポーズをする。

「まあいきなりじゃ、びっくりしたよね。でもさぁ、折角会ったんだから、次はきちんとデートしようよ」

「するか」

 硬質ガラスのような冷たい声。拒絶の意思を表すにはぴったりだ。

「ハッハ、そんなこと言っちゃっていいワケ?」

 アロハの男がこちらを振り向く。両手を大きく広げたポーズ。

 目は笑っていない。


すると両手から光弾が飛び出し、アロハの男の周囲を飛び回る。

その数は次第に増え続ける。数個から十数個、そして数十個。もはや数えることも出来ない数。

 そのままアロハの男は、掌をこちらに向ける。


 光弾が一斉にオレに向かって飛んでくる。光弾が大量すぎる為、一本の光線のように見える。それが鞭のようにしなり、軌跡を描く。


その線は一本だけではなく、十数本。


 オレはとっさに女の子の前に立ちふさがる。


 爆音と衝撃。


 オレの体に光弾が命中する。

 一発一発は大した威力ではないが、何より数が凄い。

 オレの耐久力でも、弾幕を集中させられたらひとたまりもないかもしれない。


「ぐっ!」

 オレは痛みをこらえる。


「オレの背中から動くな!」

 オレは背後の女の子に声を掛ける。聞こえたかどうかは分からない。オレはただ、その場で耐えるだけだ。


「ハァーッハッハッハ!」

 アロハの男の哄笑。

 光弾の数がさらに増える。あまりの弾数に数条の光線がアロハの男から発せられてるように見えた。


 光弾が床に、建物に、アーケードの天井に着弾する。

 着弾した箇所が砕け散り、残った街灯も粉砕された。瓦礫とガラスの破片が降りそそぐ。


「まずい!」


 正面から怒涛の光弾。上からは瓦礫。そしてオレの後には女の子。

 このままでは彼女に当たる!回避する場所も無い!


「くっそお!」


 オレは腕の中の女の子を庇うと、その場に屈みこんだ。


「ぐあっ!」

 背中に重い衝撃がいくつも加わる。オレは、腕の中の子がわずかに身じろぎをするのを感じた。


 瓦礫の隙間からわずかに光が見える。攻撃はやんだようだ。


 オレは背中でがれきを支えて、空間を作ると、その空間の中で屈みこんでいる女の子に問いかける。

「大丈夫か?」

「……はい」

 か細い、小さな声。

「痛いところは無いか?」

「ありません」


 よし。


気合一閃、オレは背中にのしかかった瓦礫ごと立ち上がる。

瓦礫がまるで、噴水のように跳ね飛ばされる。


「オレの後ろに隠れてて」

 

女の子を立たせると、オレは女の子を庇うように前に立った。

 目の前にはにやけたアロハの男。

 街灯は全て破壊され、建物も原形をとどめているものの方が少ない。

 もはや周囲を照らすのは、月明かりだけだ。

 あの一瞬で、ここまで破壊したのか。


それにしても、あの弾数と軌跡はまるで……。


「断られたら、力づくってか?そんな事してたらモテそうもないな?」

 オレは『挑発』する。

「ハッハッハ!ちょっとオレの力を見せただけさ。今日はこれで帰るよ」

『挑発』には乗ってこなかった。人間ということか?

「次のデートを楽しみにしてるよ、そうだな、三日後のこの時間に。じゃあ帰るぜ、二階堂」

 アロハの男は振り向くと、手をヒラヒラさせて、ガニ股歩きで去っていく。


 学生服の男は刀を抜くと、横薙ぎに一閃した。


刀の軌跡に沿って、周囲の建物が断裂する。いや、空間ごとズレている!?

断裂が広がり、まるで断裂から壁紙をはがすかのように景色が変わっていく。

音。圧倒的な音。そして目を閉じていても分かる光量。



そこには、何事も無かったかのように、元の商店街が存在していた。



 オレ達の周囲には、大量の人、人、人。突然現れたその人ごみにオレは圧倒される。さっきまでのは、夢だったのだろうか。

 

だが、そうではないのは明らかだ。

商店のガラスに映った俺の姿。

 血染めの布でまとめた、腰まである長い黒髪。硬質ガラスを思わせる冷たい美貌の少女。すすけたYシャツに片足が破れたスラックス。妙に、それだけ新しいスニーカー。


 オレはマコトの姿のままだった。


 夢じゃない。そうなればまず確認することがある。

オレは後ろを振り向くと、確かにさっきの女の子が立っていた。

 オレの胸までしかない頭の高さ、色素の薄い茶色のショートヘア。くりくりとした大きな目は、いかにも人懐っこそうだ。全体的にリスを思わせる、小動物系。


年齢は中学生くらいか。

その大きな目は、僅かに潤んでおり、頬は紅潮している。体もふるふる震えている。

 

怖かったのだろう。


 オレは、女の子の頭に手を当てて、撫でる。

「もう大丈夫だ」

 優しく微笑んでみる。微笑んでみたつもり。

上手く微笑むことが出来ただろうか。どうにもこの体は、表情が乏しい。オレがきちんと設定しなかっただけなのだが。


 ガバッ!


 少女は、オレの胸に顔をうずめてグリグリしだした。

「うえ~ん!怖かったです~!うえ~~~ん!」

 オレの胸の中で泣きじゃくる少女。

 オレはしばらく少女の頭を撫でていたが、通行人の視線を集め出したことに気が付いた。

 さすがにこれだけの人間がいても、泣きじゃくる少女と、ボロボロの恰好をしたオレだと、さすがに悪目立ちしつつある。

「ちょ、ちょっと場所を移そう、な?」

「ぐしっ、は“い”~、ぐしっ」

 オレは少女を抱え上げる。


オレは愛想笑いを浮かべて、その場を逃げるように後にした。

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