マコト、ナンパされる
商店街のアーケードの下、少し開けた広場でオレは男と対峙する。
相手は『ジェイク』
ゲームではボクシングと喧嘩殺法を使ってくる。
高速のダッシュから放たれる重いパンチとラフファイトが持ち味だ。
普段なら、この時間はまだ人通りが多いが、人の気配が無く街灯も明滅しているアーケードは薄暗い。広場からは外の大通りが見えるが、そこにも車は一台も通っていない。
やはり何かが起きているようだ。
「怖気づいたのか?かかってこい!」
オレは『ジェイク』を『挑発』する。
「うおああああッ!」
弾かれたように『ジェイク』が突進してくる。
間合いなど完全に無効にする凄まじい速さの突進と、勢いを殺さぬままのストレート。
本来なら女の細腕では受けられないはずの攻撃。
オレはその一撃を両腕でガードする。
重い。
若干『削られた』感じもする。
接近戦。この間合いなら投げられる。
オレは掴みかかろうとするが、『ジェイク』は体を沈み込ませて回避。
オレの手は空を切る。
「アッパーカッ!」
ジャンプしながらのアッパーカットがオレのアゴに命中する。
「あぐっ!」
景色がぶれる。重い衝撃が下から上に脳を揺らし、オレは上に向かって吹き飛ばされた。
激痛に、オレの意識は一瞬跡切れ、気が付いたら地面に寝転がっていた。
吹き飛ばされてそのまま、落下したらしい。オレは、違和感を感じながらも、立ち上がる。
じりじりと間合いを詰めるが、まだオレの投げの間合いからは遠い。
今度はオレから仕掛ける。
体をしゃがみ込ませると、左手を支えに、相手の足を払う。
だが
「アッパーカッ!」
『ジェイク』はオレの足払いにアッパーカットを合わせてきた。地面すれすれからのすくい上げるような拳が、オレの足首を撃つ。
完全にゲーム的な動き。
オレはまるで、畳返しにあったかのように足を跳ね上げられ、支えにした左腕を起点に半回転させられた。
オレは倒れたまま『ジェイク』を見上げる。『ジェイク』はオレを見下ろしたまま間合いを離し、構えを解かない。
「なるほど、ね」
これまでの攻防から、いくつか仮説を立ててみる。攻防と言っても結果的にオレが一方的にやられていたばかりなのだが。違和感の正体を思考し、仮説を立てる。
ひとつ、『ジェイク』の技の威力。一撃入っただけで意識をもぎ取られそうになった。
たったの一撃でこの威力は異常だ。
ふたつ、『挑発』に対しての行動。オレの『挑発』は必殺技スロットに登録してあり、システム的に有効な行動だ。『ジェイク』は挑発に対してすぐさま反応して攻撃を繰り出してきた。この反応は、商店街内で遭遇した雑魚敵と基本的に同じだ。
みっつ、異常な反応速度。オレの投げと足払いにきっちりアッパーカットを合わせてきた。
『ジェイク』のアッパーカットは投げ技の回避とカウンターの効果がある。
差し技による牽制や、乱戦時ではアッパーカットによるカウンターを狙うが、反射速度がよほどすぐれているか、完全に読み切らない限りは、ここまでの精度でカウンターを成功させることはありえない。
となれば導き出される仮説は一つだ。
オレは次に、仮設の検証に入る。
オレの技は投げ技ばかりだ。
間合いが離れていては機能しない。
通常は、間合いをいかに詰めていくかが立ち回りの基本だが、オレは間合いを離す。
相手から目を離さず、摺り足でじりじりと後退。
『ジェイク』は、前後にフラフラと動く。間合いをかく乱する動作だが、お互いの距離は次第に広がっていく。
十分に間合いを離したところで、オレは垂直にジャンプする。
「おおっ!?」
身長以上の高さに飛び上がったことに驚いてしまう。投げキャラとは言え、ジャンプ力はやはり常人以上だ。だが、驚いてばかりもいられない。
「うおらぁっ!」
オレの垂直ジャンプに反応して『ジェイク』が突進攻撃をしてくる。
「かかったな!」
予想通り!
オレは突進してきて間合いを自分からつめたジェイクの脳天に膝を落とす。
「ぐぅっ!」
『ジェイク』のうめき声。ここでもう一つ実験。オレの打撃に体勢を崩す『ジェイク』の腰に組み付くと、オレは背後に回り込みブリッジの姿勢で投げ飛ばす。ジャーマンスープレックス。
ほかの格闘ゲームでは有効な場合もあるが、ファイターズレジェンドでは打撃で仰け反っている相手を投げることは出来ない。
だがオレは、打撃で体勢を崩した『ジェイク』を、投げ飛ばした。
現実では当たり前の行動。
仮想と現実の割合を一つ一つ確認していく。
転倒した相手に対する追い打ちと共に、この技も使って行こう。
『ジェイク』は、オレの投げ技で、アスファルトにひびが入るほどの威力で、脳天から地面に突っ込んだ。
だがオレはホールドを外さない。
オレは『ジェイク』の首に手を掴みかえると、そのまま片手で吊り上げる。
片手ネックハンギングツリー。
通常は両腕で行う技だが、体重100kgを超える大男を、オレは片手で吊り上げる。
重力で親指が相手の喉に食い込む。
「ぶっ!ぐひゅっ!」
喉を攻撃され『ジェイク』はまともな悲鳴を上げる事も出来ない。
このまま落としても良いが、それでは全ての検証が出来るわけではない。
オレはあえて、地面に叩きつける事はせずに、『ジェイク』を広場の隅にある、路上駐車の自転車に放り投げた。
地面に直撃するよりは、衝撃は緩和されているはずだ。
「さて、次だ」
硬質ガラスの様な女の声。
人の気配のない、夜の商店街には、冷たすぎる響き。
だがこの声自体は『ジェイク』には何ら感慨をもたらさないだろう。何故か。
『ジェイク』は起き上がる。
どうやら、やりすぎてはいなかったようだ。
オレは違う意味で胸をなでおろす。
「お前の力はそんなものか?」
オレは『挑発』する。
「うおらぁっ!」
オレがセリフを全部言い切る前に、『ジェイク』は突進してくる。
明らかに不自然なタイミング。
『挑発』の言葉ではなく、『挑発』というアクションに対してリアクションを取った、そういう行動。
オレはあえてガードを下げて無造作に前進する。突進してきた『ジェイク』と交錯。
『ジェイク』の鉄の拳が弾丸の速度でオレの顔面を直撃する。
凄まじい威力。
当然こうなるのは分かっていた。だがいつかは試さなければならない。
オレは歯を食いしばり堪える。
痛みの信号が脊髄を焼き、脳にショックを与える。
脳が、これ以上のショックを受けないように意識をカットしようとするのを、オレは意志の力で堪える!堪える!堪える!
『ジェイク』の攻撃が打ち終わり体勢が崩れる。オレはその姿を確かに視認する。
堪えた!
オレは体制の崩れた『ジェイク』に組み付くと抱え上げるように持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。
ボディスラム。
シンプルだが十分な破壊力。轟音と共に埃が舞い上がり、ジェイクを中心に地面が陥没する。
「まだだ!」
オレは『ジェイク』の喉に膝を落とす。
「ガハッ!」
その一撃で、『ジェイク』の両手足が跳ね上がり、しばらく痙攣した後、『ジェイク』の姿は明滅して消えていった。
オレは片方の鼻の穴をおさえ、息を勢いよく噴き出す。もう片方の鼻から鼻血。
「CPU戦は得意なんだよ。バカ野郎」
オレは消えていく『ジェイク』を見下ろしながら言った。
『ジェイク』の行動には不審な点がいくつもあった。
異常な技の威力と反応速度。本来ならば、オレと『ジェイク』のスペックは、それなりにバランスが取れていなければならないが、さっき戦った相手は真っ向勝負ではとても勝ち目のない戦闘能力を有していた。
この世界はゲームのパターンをある程度踏襲している。
ならば相手は高レベルのCPUではないかと仮説を立ててみた。
それならば異常な反応速度も、威力も説明がつく。
そして高レベルになればなるほど、プレイヤーの行動に過剰に反応するようになってしまう。
たとえば、単なる垂直ジャンプを撃ち落とすために、即座に突進攻撃を仕掛けてくるように。間合いが近ければジャンプした瞬間撃ち落とされていただろうが、間合いを離すことで、ジャンプした瞬間を撃ち落とすことが出来ず、逆に技の終わりの隙を晒してしまう。
高レベルのCPU『ジェイク』戦では、当たり前のテクニックだ。
次にオレは、ジャーマンスープレックスから、片手ネックハンギングツリーに繋げた。通常は転倒した相手には、特定のダウン攻撃しか当てることは出来ない。ネックハンギングツリーはダウン攻撃ではない。だがしかし、この仮想と現実が一緒になった世界では、そんな制限は存在しないことが確認できた。一度、雑魚戦でも確認したが、これで決定的になった。これは、相手によっては自分が不利になる可能性もある。ゲームのルールだからと、今後は過信しないことを肝に銘じた。
最後は、アーマースキルを試してみた。
これは、打撃を喰らっても吹き飛ばずに耐える技で、相手の攻撃を喰らいながら反撃することが出来る。
その際喰らったダメージは、時間で回復していくが、回復中に追加ダメージを受けると、実ダメージとして反映されてしまう。
この技をオレは使える事は分かっていたが、さすがに試すのは気が引けていた。
技の直撃を、あえて貰わないといけない。
しかしこの技は有効だ。どこかで試さなければいけない。
いきなり高レベルCPU『ジェイク』の技で試すのは気が退けたが、次のチャンスがいつ来るとも限らないので、確認してみた。
ゲーム的には制限も色々ある技だが、現実では、気合があればある程度はなんとかできるようだ。痛みはそのままくるので、本当に根性の世界になるなぁ。
オレは鼻を拭う。
鼻血は割とすぐに止まった。
きちんとダメージ回復の効果もあるようだが、過信はしないでおこう。
オレは気絶した女の子に近寄ると、口元に手を当てる。
呼吸はしているようだ。顔色も悪くない。
オレはジャケットを女の子にかぶせる。埃まみれで破れているけど、ないよりはマシだと思う。オレは紳士だからな。
「大丈夫?」
オレは女の子の頬を軽く叩くが反応が無い。
まあ、いつまでもここにいるわけにもいかない。
オレは女の子をお姫様抱っこすると立ち上がる。
……軽いな。いや、オレの腕力が普通じゃないのか。
オレは立ち上がると大通りに向かう。このまま駅に行けば何とかなるかもしれない。
だが
「ひゅう、やっつけちゃったよ」
「見事なものだな」
背後からかけられる、軽薄そうな声と、低い落ち着いた声。
オレは振り返る。
金髪のアロハの男。
両耳に大量にピアスをつけている。
軽薄そうな声はこっちからだろう。年齢はよく分からないが30台という事は無いだろう。
そしてもう一人、白い学生服に、腰に大小の日本刀。落ち着いた声の主はこっちか。
刃物とか、本当にやめて欲しい。
まだ刃物に対する検証は出来ていないし、したくもない。
「いやー、戦争みたいだな。ひでーや」
アロハの男がガニ股で、きょろきょろとあたりを見回している。確かに広場は、クレーターの様なひび割れが何か所もあり、壁にも大穴があいている。
「暴れているやつがいるって来てみたらさ、どんなゴリラみたいなヤツかとおもったら、君みたいなかわいい娘だから驚いたよ」
なんだコイツは?
「ね、この後ヒマ?一緒にお茶でもどう?」
は、ナンパ?
後ろでは、白い学生服の男が、さすがに苦笑したようにこちらを見ているが、声を掛けるでもない。
無表情が売りのオレだが、さすがにこれは、困惑の表情を隠すことは出来なかった。